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【禍話リライト】誘いの傘

 今週の禍話は、「これは怖いのか?特集+怪談手帖新作」と題して、不思議な話や怪異の肝がはっきりしない話の特集だった。
 怪談と一口に言っても、怖い話、幽霊が出る話ばかりではない。稲川淳二氏のライブを聞きに行っても、心温まる話が必ず1、2篇入っている。これが絶妙な順番で話されるのだからたまらない。
 今回は器物に魅入られ、行動を左右されるという話。

【誘いの傘】

 A子さんは潔癖の気が強く、人が触ったものを触るのが小さい時から苦手だった。だから、知らない人が直接握ったおにぎりは食べられないし、不特定多数が触るドアノブは苦手の最たるものだった。
 そんなA子さんが、見ず知らずの人が触ったものを持って帰ったことがあると話してくれた。

 その日は、朝から快晴だった。
 仕事帰りの帰路、いつも通り、商店街を抜けて駅へと急いでいた。
 何の気なしに、狭い路地に目を向けた。途中家と家との間、猫しか通らないような道に張り出している雨どいに一本のビニール傘が引っかかっていた。
 誰かが雨が降った時にコンビニなどで購入して、止んだ後に置いていったものだろう。
 普段はそんなものを見かけても絶対に触らないのに、そのときは、何の迷いもなく近づいて行って、ヒョイと左腕に掛けて家に帰った。
 潔癖症気味であることは自覚していたので、家に入って、扉を閉めたくらいのところで、「あれ、私こんなの持って帰ってきてる。気持ち悪いな!」と気付いたという。といっても、再度外に捨てに行くのもおっくうで、そのまま玄関先の傘立てに突っ込んでおいた。

 この傘立てには、普段使うような傘が何本か入っていた。
 もちろん、このビニール傘よりも上等な普段使っているものもあった。
 しかし、例えば朝起きて出勤や出かけるときに「雨が降ってる」となった時に、絶対にそのビニール傘を選んでしまうのだという。それは無意識で、外で使う段になって選んだことに気が付く。そのときにわざわざ戻って傘を取り換えることもせず、ビニ傘を使ってしまう。そういうことが数回続いた。
 さすがに、4回目になって「おかしいな。これは捨てたほうがいい」と思い立った。しかし、その日も翌日もごみの日ではない。
 翌朝、出かける前に申し訳ないという思いを抱きながら、傘を持って住まいのごみステーションに向かう。このまま投棄してもいいのかと逡巡する間に、近くの壁に少し出っ張っている部分が目に入った。何気なくそこに引っ掛けて出かける。

 その日の外出からの家路についた。自宅マンションはすぐそこ、時刻は夕方だ。ごみの日でもないのに、拾ってきたものとはいえ、そのまま捨ててしまったことに多少なりとも良心の呵責を感じていた。内心、『次のごみの日まで家に置いておいて、それで出そうか』とも考えていたという。
 たまたま帰路は、ごみステーションの前を通る道だった。目の前を自分と同年代か少し若いくらいの女性が歩いている。天気はまるであの傘を拾った時のように雲一つなかったという。
 目の前を歩いていた女性は、ごみステーションの前まで来て、朝にA子さんが置いた傘をそのまま左手にポンと掛けて、何事もなかったかのようにそのまま歩いて行ったという。まるで、A子さんがその傘を拾った時のように。
「うわ。気持ち悪い!」
ーー極力声には出さずに、そうつぶやいた。

「まあ、あのままあそこに置いてなくて、次の持ち主を見つけてもらってよかった」
ーーA子さんはそう言って続けた。
「傘を拾うときに、私が拾った時と同じように左手の手首に引っ掛けて歩いて行ったのが気持ち悪かったです」
 前を歩いていた女性は、A子さんのマンションの住民ではないという。

 街中で、降水確率が極端に低いのに長傘を持って歩いている人を見たことはないだろうか。その人は、傘に魅入られているのかもしれない。

                       〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド ライブ後夜祭まったり怪談(2023年5月13日配信)

5:15〜

※「本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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