【禍話リライト】花子さん譚?「きしむ音の元」/足元のゴミ箱
ごみ箱にまつわる話は意外に存在する。身近なだけに、見ない日はないだろう。
それが怪異の扉となったら……。これは、そんな話。
【花子さん譚?「きしむ音の元」】
女子トイレで起きた怪異なのだが、花子さんの話ではない。
今も教師をしているAさんがまだ駆け出しの頃、関東の中学校に勤務していたときの話だという。
平成も前半、まだ冷房が教育機関には完備されていなかったころ、暑さ対策は、窓を開ける、うちわであおぐ程度だった。御多分に漏れず、廊下側の窓や、校庭側の窓も開け放して涼をとっていた。誰かが、廊下を歩こうものならその足音が聞こえる、そんな状況が夏の授業の形だったという。
その夏の日も、同じような状況で、他のクラスの先生の授業の声がうっすらと聞こえるのどかな午後だった。
すると、トイレの方から「キィー、キィー」と金属のすれる高い音が聞こえた。
トイレは近年改築したところで、扉などの開閉でそんな音はしない。
しばらく放っておいたのだが、定期的に5、6回も繰り返されるとさすがに気になってくる。風で鳴るようなものなどあっただろうか。おぼろげな記憶をたどるが、心当たりはない。
Aさんが廊下に顔を出してみると、普段は閉めてある女子トイレの扉が開いていた。しかし、扉自体が動いているわけではない。どうやら中から音がするようだ。異音に気づいた生徒たちが少しづつ反応している。
「お前ら、この問題解いとけ。ちょっと見てくるわ」
内心『何の音だろう』と思いながら、トイレへと向かう。
開け放たれた女子トイレの中へ声をかけた。
「教師のAだ。入るぞ」
中に入ると、人は誰も見当たらない。
個室を一つひとつ確認しても異常は見当たらなかった。トイレの扉も個室の扉も動かしてみるも、摩擦音が鳴るようなところはない。つまり風などで扉が動いて鳴っているのではない。用具入れを見るもここも比較的新しいままだ。
「何の音が鳴ってるんだ?」
もう一度ぐるりと見渡すと、手洗い場の足元にひざ丈くらいのごみ箱があった。つま先で小突くと先ほどの「キィー、キィー」という音が鳴る。ごみ箱の上が小屋根のようになっていて、押し込めば動く部分が擦れて音を出しているのだ。
「これか!」
生き物でも入っていては、と上の部分を取り外してみると、中には古びた紙が何枚か入っているだけだった。といってもトイレットペーパーやちり紙ではない。
「どうしたんですか、先生」
トイレの中をうろうろしながら、ブツブツ独り言を言っていたのが聞こえたのだろう、他の先生たちもトイレに駆けつけてきた。
「音がしてたんでね、どうやらごみ箱が音源だったんですが、中にこれが」
クシャクシャになった紙は、文字が記されていた。広げて見ると、本の一部をちぎったものだった。よく読むと国語の教科書の一ページだ。
授業に使う物語の一部だが、紙が古い。
ただ、今使っている教科書と比べるとページが微妙に違う。
結構前の教科書であることが、後に資料室にある古い国語の教科書と比べてわかった。その資料室の教科書は無事だったために、それをちぎり取ったのではない。
この中学のOBやOGがやっているのか、やっているのだとしたら校舎への無断侵入で、これは比較的セキュリティの甘かった当時としても問題だった。この時は窓から侵入してごみ箱に捨てて逃げたのだろうということになった。
職員会議で取り上げられるほどの問題ではあったものの、無用な不安をあおりたくはないため、生徒への情報開示は行われなかった。当時のこと、防犯カメラなどない。警備は企業に頼むのではなく、先生たちで考えようという方向性に落ち着いた。
ただ、生徒の中には先生と仲のいいものがいる。ポロリとA先生が信頼する女生徒に漏らしたものの、その場では「大変ですね。そりゃ言っちゃだめですね」で済んだ。ただ、表情は暗かった。
数日して、その生徒が別の女の子を4人連れて来た。
暗い表情でこう言う。
「あの事件の原因、私たちかもしれません」
「どういうこと、さっぱりわからん」
とのA先生の質問に、
「校則で禁止されているこっくりさんをしてしまったのです」
と返した。
「はぁ? おぉ、駄目は駄目だが……」
確かに生徒手帳の一番奥の禁止事項に書かれていたが、ほとんどの先生は気になどしていない。
聞くと、生徒への禁止事項なので、その時は電気を消して見つからないようにこっくりさんをしていたのだという。もちろん、禁止されたことを見つからないようにするという一種の背徳感が原動力ではあるのだろう。
金属音の出来事がある前日にも同じようにこっくりさんをしていて、そのときはなにがしかのモノが、50音を記した紙上に降りてきていたのだそうだ。
中の一人が聞くこともなくなった終盤に、「イライラすることがあるけどどうしたらいいか」と問うた。
すると一言、返事があった。
「私のやり方があるから、教えてあげる」
「教えて、教えて」
と返したものの、そのまま帰ってしまった。
理解できないまま、翌日の授業中にトイレからきしむ音がする事件が起こった。
「か、関係ないと思うぞ。けど、もうこっくりさんはするなよ。駄目だぞ」
話を聞いたAさんは、形だけの言葉を投げたものの、内心はかなりドキドキしていたそうだ。
それ以降、トイレから音がすることはなかったという。
【足元のゴミ箱】
現在40代のBさんは、お酒は好きだったがもっぱらビール党で他はあまり飲まなかった。
飲み会で、とあるお酒の緑茶割を教わった。
これが美味しくて、ついつい深酒をしてしまったという。
ただ、そのお酒が悪かったのかつまみが悪かったのか、帰りの電車で強烈な腹痛に襲われた。
その車両にトイレはなく、移動するにはリスクが伴うため、あわてて駅のトイレに駆け込んだものの、運悪く清掃中だった。
回らない頭で、近くのトイレを考えると、公園にあることを思い出した。そこに飛び込む。紙もあって、何とか事なきを得た。
個室を出て、安心して少し足をぶらりと遊ばせたら、右足に何か当たって転がった。見ると、小さなゴミ箱だった。
こういう公共空間にあるごみ箱は、普通は質素なものだと思うが、このごみ箱には少女漫画のキャラクターのシールがベタベタと貼ってあった。
男性トイレにもかかわらず。
家にあるようなものだ。
「酔ってんのかな」
口に出すも、別に消えるわけではない。
ただ、蹴倒してしまったので、元に戻す。外れた蓋も戻そうとして、ごみ箱の中が見えた。
男子トイレにあるごみ箱の中身など大体決まっているだろうが、そうした予想を裏切って、小学生が使うような自由帳の折り曲げられたものやちぎられた折り紙が入っていた。
完全に子ども部屋にあるごみ箱の体だ。
酔っていることもあって、自由帳を手に取り、くしゃくしゃに折り曲げられたノートを手で戻してみた。
外側には名前も何も書かれていない。
中を開いてみる。
そこには、升目に沿って、大人の字で何らかの恨み言が書きつけられていたという。
一瞬、『家を突き止めた』と書かれている文章が目に入って、慌ててごみ箱に戻す。
そして、そのまま見ないようにBさんは慌てて家路についた。
数日後の昼間に行ったが、もうゴミ箱はなかったそうだ。
きっと誰かに見せたい人が、そこに置いたのだろう。
もしかしたら、Bさんの仕草はどこからか見られていたのかもしれない。
〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第四十四夜(2024年5月18日配信)
35:00〜 (2話連続)
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……
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