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【禍話リライト】ひとんちのおかあさん

 子どもの頃に、友人のところへ遊びに行ったときに奇妙な体験をしたことはないだろうか。あまり行かない家ならなおさらだ。それぞれの家に独自のルールや文化があるので、それが違和感のもとに感じることは大いにあるだろう。
 これは、そんな子ども時代の奇妙な体験の話。

【ひとんちのおかあさん】

 現在アラフォーの男性、Aさんがこの話をかぁなっきさんにしたとき、「さっぱり解釈もできなくて意味が分からないが、奇妙で後味の悪い話があるんですが」という前置きがあったという。
 小学生の頃、仲の良い女の子のBちゃんがいた。友達という感じで、彼女の家にゲームをしに遊びに行っていたのだという。
 夏休み前に同じように遊びに行った折、専業主婦のBさんのお母さんが何度か声をかけてきた。普段は、今で二人でゲームをしていても、挨拶くらいで干渉してくるようなことはないのだが、その日はやけに話しかけられたのだそうだ。
『おばさん、今日はやけにかまってくるな』と思いながらゲームに興じたのだという。何度かの声掛けの後、こう言ってきた。
「ジュースでも飲む?」
「じゃあ、お願いします」
 居間の隣の台所で、準備する音が聞こえる。冷蔵庫の開け閉めの音の後、「あらぁ、アイスが一本しかないわ」と言い出した。どうやら、ジュースと一緒にお菓子を出そうとしてくれていたようだ。スリッパの音をパタパタと響かせて居間へ顔を出しておばさんはAさんにこう言った。
「私、アイスを買ってくるわ」
「いえ、悪いですよ」
「いいのよ、他にも買い物もあるし」
 そう口にし、手早く準備をしてから出て行った。
 ただ、この時、Bちゃんのお母さんは玄関からではなく、サンダルを履いて勝手口から出て行ってしまったのだそうだ。AさんはBちゃんのお母さんの行きつけのスーパーがどの方向にあるのかも知らず、そちらから出て行った方が近いのか、程度に思っていたのだという。
 もう一つ気になったのが、勝手口の扉を開けっぱなしで出て行ってしまったことだったのだそうだ。普段の性格から少し違和感を感じたものの、それを見ていたBちゃんが閉めて、ゲームの続きを始めた。
「今日、お母さん何か変だな」
「あ、やっぱりそうなの?」
 ゲームを続けて30分が過ぎ、1時間が過ぎ2時間が過ぎた。ふらりと近所のスーパーに買い物に出たにしては長い時間だろう。買うものがアイスなら、それほどの時間がかかる訳がない。
「私、ちょっと近くのスーパーに見に行ってくる。ちょっと待ってて」
 Aさんは誰もいない家に取り残された。
 結果的に、Bちゃんは「探したけどいなかったから帰ってきた」と自宅へ戻ってきたのだが、彼女が返ってくる前に、家の裏庭に敷いてある砂利を踏む音が聞こえた。その足音は、勝手口へと向かっていたため、『おばさん帰って来たんだ。Bちゃんとすれ違っちゃったんだ』と裏手のドアをあけるも、誰もいないということが、2度ほどあった。
 結局、困った顔のBちゃんが返ってくる頃には、日もだいぶん傾いて夕方になっていた。門限のあったAさんは、そのことをBちゃんに相談した。
「いいよいいよ。そろそろお父さんも帰ってくるし」
 後ろ髪を引かれながら、Bちゃん宅を後にした。

 翌日、学校でBちゃんに会うと、表情はひどく暗かった。また、対応も何かにつけて答えてくれない。それは、Aさんに対してだけでなく、クラスの全員に対してそうだった。
「今日、Bちゃん機嫌が悪いね」などと皆で言い合っていた。
 だから、一番聞きたい「お母さん帰ってきたの?」という質問を投げられないでいた。
 しかし、そんな悩みを小学生が抱え込みたくない。だから、家に帰ったときに、自身の母に相談してみた。
「昨日、Bちゃんの家に遊びに行ったときに、おばさんが帰ってこなくて……」
「でも、今日PTAの寄り合いに来てたわよ。あなたたちが学校の時間だから知らないかもしれないけど」
「来てたの?」
「うん、普通に居たけど」
「なんだ、そうなのか。よかったー」
「会話もしたし」
「帰ってこなかったわけじゃないのか。本当によかった」
 一件落着だが、逆にそのことを知ってしまったら、Bちゃんにいつ・どのように帰ってきたのかも聞きそびれてしまったという。なにか、その家の事情があるのかもしれない、と思ったのもあるのだそうだ。

 Aさんは、小学校を卒業して中学2年になった。
 もちろん、同じ地区に住み続けている。年齢もあり、クラスも変わったことから、以前のようにBちゃんの家を訪問するというような関係は途絶えてしまっていた。
 ある晩、Aさんは近くを通りかかった。
 久しぶりに見たBちゃんの家に『全然行かなくなったなぁ。まぁ、思春期だし』。そんなことを思いながら、時計を見ると、7時ごろだった。
 ふと、目をやると勝手口が見えた。おばさんが出て行った扉だ。たまたま裏通りをあるいていたから目に入ったのだそうだ。すると、まさにそのドアを開けてBちゃんが出てきた。ごみでも出すのかなと思って足を止めて見ていると、扉を開けっぱなしにして、そこに突っ立っている。
『ちょっと気まずいな』と思う。
 向こうはAさんのことに気付いていないので、そのまま、自宅への道を急いだ。ただ、途中で気になって何となく戻ってみた。
 すると、通り過ぎて数分が立つのに、さっきの姿勢から全く変わっていなかった。内心驚いたものの、そのままそっと帰宅したのだという。

 このことを、内容を話してもふざけたりおちょくったりしないような知人Cに相談してみた。小学生の頃のことから先日のことまで通してだ。
「ひたすら気持ち悪い話よね。その日たまたまということはない? 確かめてみるとか」
 その可能性も考えて、別の日、同じような時間にCとともに裏道へ赴くと、やはり同じことをしているBちゃんがいた。
 帰る道すがら、Cがこんなことを言う。
「あの家には、Bちゃんのお母さんがいるのだろうけど、あの子はそれが本当のお母さんだと思っていないのなら、ああいう行動をしてもおかしくはないんじゃないかな」
 その説明が、ストンと腑におちたそうだ。
 Aさんは、その地区に高校卒業まで住んでいたが、たまにその時間に通ると、同じことをしているBちゃんの姿を見たという。
 今も同じことをやっているか、そもそもその場所に住んでいるのかどうかは分からない。
 もちろん、原因はほかにあるのかもしれないが。
                          〈了〉
──────────
出典
禍話インフィニティ 第四十五夜(2024年6月1日配信)
24:00〜 

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/794825908

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……


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