見出し画像

【禍話リライト】おはじきくずし

 どんなことでもそうだが、後になって振り返らないと、渦中ではむしばまれていることに気が付かないということがある。
 これは、そんな話。

【おはじきくずし】

 現在20代のAさんが大学生の頃というから、それほど昔の話ではない。5、6年ほど前の話だろうか。
 Aさんは、小学生のBくんの家庭教師のバイトをしていた。教科は算数。その家が後になって考えてみると、ずいぶん変だったという。
 Aさんの算数以外の教科は別の人が担当していた。かなり割のいいバイトだったので、
「小学生なので、他の教科も教えられますよ?」
と問うも、
「いえ、算数だけで」
と返されるような状況だったという。
 だから、後になってAさんは、『必要以上に家庭教師名目で、大学生くらいの年頃の人が出入りするように仕組まれていたのではないか』と思ったのだそうだ。
 そう思うに至った出来事があったのだと推察された。
 バイトは週に2回ほど。Aさんのバイトが終わった時に、次の大学生が入れ替わりで訪れるようなこともあった。
 こう聞くと、子どもが大変なように思えるが、Aさんはそうでもなかったと言う。Bくんはよくできる子で、あっという間にドリルなど解いてしまう。だから、複数の家庭教師など全く必要としていなかった。
 もちろん、心配で付ける金持ちの親というのは居るだろうから、最初は『そんなものなのかなぁ』と思っていた。

 一つ不思議なのは、Bくんの家は2階建ての家で、トイレが1階、2階両方にあったものの、2階のトイレは使えないようになっていた。だから、必然的に1階の奥のトイレを使うことになったのだが、このトイレがあまり使われている形跡がなかった。
「下種の勘繰りではないですけど、Bくんの家の人は、2階のトイレしか使っていなかったんじゃないか」
ーーAさんはそう思ったのだそうだ。アルバイトの大学生だけが使わされている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、といったような。
 もちろん、掃除が行き届いていないわけではない。汚れもなく、きれいにはなっているものの、明かりが点いていても、何となく四隅が暗いような気がする。
 嫌な感触がするとでもいうのだろうか。
 昔の家ではないのですき間などないのだが、何となくすき間風が吹き込んでいるように感じるというか。全体的に薄気味が悪い。
 例えば、トイレに腰を掛けて大の方をしていると視界の隅を何かがよぎり、蜘蛛の巣かなと思うも、何もないというような。
 トイレで一番気味が悪かったのは、換気窓が外の通りに面しているのだが、そこに青いおはじきが積んである。
 まるで賽の河原のように。
 しかも、4、5枚というのではなく結構高く積み上げられている。
 ちょっとした振動で崩れてしまうのではないか、と心配になるような高さだったそうだ。外の道路を大型トラックが通ったり、荒い扉の開け閉めや壁に当たったりなどしたら崩れるのではないか、そんな絶妙なバランスだったという。
 ただ、何度も通ううちにトイレの違和感も、窓際のおはじきにも慣れてしまった。

 ある日、バイト終わりにBくんの父母に声をかけられた。
「A先生に来ていただいてから、今日でちょうど20回目ですね」
『何で回数なんていうんだろう? 普通は期間などで言うのでは』
 そう疑問に思わないでもなかったが、「はぁ、お世話になりまして」と軽く返す。そのまま、晩御飯とビールを買って家に帰った。
 一人暮らしのマンションで、食事を済ます。
 すると、ありえないことだが、Bくんの家の1階のトイレのおはじきをどうしてもくずしたくなってきた。
 時計を見ると23時を過ぎ、真夜中に近づきつつある時間だ。突然、Bくんの家に行って「おはじき、くずさせてください」というのも非常識だろう。
 悶々といろんなパターンを考える。
 AさんのマンションからBくんの家までは、自転車でそれほどかからない。
 外から回って、いつも開いている小窓に体を伸ばすか、棒か何かで突けばくずれるのではないか、そう思いいたった時には、真夜中の1時(25時)になっていたという。
 この時には、頭の中におはじきをくずすのに必要な段取りや道具などが思い浮かんでいた。
 もちろん、警察に職務質問される可能性や、棒を持って移動しても目立たない道のり、トイレに明かりが点いておらず崩れたかどうかが分からない可能性などいろいろ考えを巡らせる。
 あきらかに異常な思考だ。
 Aさんはアルコールに強いうえ、その日は缶ビール一缶しか飲んでいなかったのに。

 結局、夜中の1時に準備をして、Bくんの家へと向かった。
 いざ、着いてみると真夜中にもかかわらず人だかりができており、パトカーや救急車も来ていて、辺りは騒然としている。
 一缶だけとはいえ、自転車の飲酒運転ではある。降りて、近くのやじ馬に声をかけた。
「どうしたんですか?」
「いや、この家に若い人が奇声を上げながら、殴り込んできたらしいんだ。押し問答になって旦那さんが大けがをしたんだって」
「えっ!」
「何でも、男は『くずさせろくずさせろ』って迫ったそうだよ」
 そこでAさんは我に返った。
 急いで一人暮らしのマンションまで自転車を飛ばして帰った。

 明確ではないものの、犯人は、自分以外の教科を受け持っていた誰かだという。
 その次の家庭教師の日、Bくんのお母さんとけがをした旦那さんが迎えてくれた。旦那さんは、腕に包帯を巻いており、痛々しい感じだった。片腕だけだったが、傷は浅くはないようだ。
 ただ、二人とも非常に上機嫌だった。普通、家族の誰かが大けがをしたら、少し沈痛な面持ちにならないものだろうか。当の旦那さんも嬉しそうにニコニコしていた。
 2階で慣れたBくんの家庭教師をする。
 トイレに行きたくなって、廊下に出た。
 すると、2階のトイレが使えるようになっていた。それまで、20回にわたって使えなかったにもかかわらず。
 この時に、『ああ、何か駄目だな』と思い、その日のうちに辞意を伝えたのだが、本当にあっさりと「そうですか」と受理された。
 時給が破格によかったのが後ろ髪を引かれる理由ではあったそうだが。
 すぐに別の学生が雇われたと風の噂に聞こえてきた。
 皆さんも、トイレにおはじきが積んであるような家には出入りしないことをお勧めする。

 かぁなっきさんが、この地域の別の病院関係者から聞いたところによると、Bくんの父親が「この左手のケガで狙い通りノルマを達成した」と訳の分からないことを言っていたということが聞こえて来たそうだ。
 何か決まっていることがあって、自分で傷つけるわけにはいかないので、誰かに傷つけけさせた……というような筋書きにもとれたという。
 今回は、学生が夜中に扉を叩いて押しかけて来たので、近所の騒ぎになってしまったが、そのまま家に招きいれて、もみ合いになってしまっていたらどうなっていただろうか。想像するだに、気味が悪い。
                          〈了〉 
──────────
出典
禍話フロムビヨンド 第12夜(2024年9月28日配信)
8:40〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。