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【禍話リライト】かくれんぼのビデオ

 本日は大阪ラテラルさんでイベントですが、仕事で行けません。残念です。ちゃんと配信で見ます! このイベントに伴い土曜夜のレギュラー回がないので、今週はお休み。ということで、先週の分を上げます。

 動画の撮影は、昔に比べて一般的になってきた。YouTubeに上げるわけではなく、仲間内で見るだけのものに誘われることなどもあるだろう。
 しかし、おいそれとそれに応じてよいのか。
 これはそういう話。

【かくれんぼのビデオ】

 Aくんの大学の近くに、山というには小ぶりで、丘というよりは大きな場所があったという。健脚の人なら、散歩がてら苦も無く踏破できてしまうような規模のものだ。しかも、住宅地に隣接していて、散歩コースも整備されていた。車道にはきちんと歩道が両側に設けられており、皆でよく出かけていたのだという。
 途中に公園もあり、自販機やベンチなども設置されていた。
 そのうち、その公園の隣にもう一つ公園ができた。いや、公園というには少し小ぶりで、ベンチと自販機と街灯、ごみ箱程度のものだ。できた当初は、『なぜこんな近くにできたのだろう』と皆で不思議がった。それまでの設備で不足だったとは思えない。
 誰言うともなく、「行政の予算消化でしょ」ということに収まりかけたのだが、公園の向こうに建物が見える。この公園を整備したために一般人は入れないようになってしまっているのだという。
 だから、口さがのない大学生たちは、その建物への出入りを封じるために作ったのだと噂しあった。
 しかし、公園程度で完全に人の侵入を拒めるものではなく、壁を超えるなど少々の無理をすれば、入れないことはなかったという。また、「立ち入り禁止」などの看板や注意書きの類は設置してはいなかった。
 建物自体は、古い大型保養所やリゾートホテルのような建物だった。庭と思しき場所に面した窓が大きく、それを楽しむために建てられたような場所に思えたという。元の建物が何だったかは分からない。お金持ち向けの老人ホームではないかという噂も流れたところだった。バブルの時の失敗の一つなのだろうということに落ち着いていた。
 しかし、少々の薄気味悪さも手伝って、落書きの類はなかった。

 ある時(平成の終わりから令和にかけての最近)、AくんがB先輩にそこへ行こうと誘われた。B先輩は大学を何回か留年しているような人で、普段から、動画の撮影に誘われていたからそれほど珍しいことではない。
 たとえば、階段を自転車で降りる動画、上の階から何かを投げて下でキャッチをするものなどで、何の用途で、どこへ上げるためのものだかは知らないでいた。むしろ、そういう撮影の後にはご飯をおごってもらえるので、そちらの方が楽しみだったという。
 B先輩の引率で、Aくんを含む同級生5人はその建物へと連れていかれた。平日の昼間のことだ。
「何をするんですか?」
「かくれんぼをしようと思う」
 先輩の手には、いつも撮影の時に持っている小型カメラが握られている。特に不思議に思うこともなく、「広いですからね」と返した。
「俺、撮るから。それで鬼をやって皆を見つけていくから。あんまり早く見つかると、撮影の尺が短くなるから、それなりに本気で隠れてくれよな」
「出来て編集が終わったら見せてくださいね」
 そんなぼんやりした設定で、かくれんぼが始まった。
 建物は、5階建ての立派なものだった。ずいぶん古くて行けないところもあり、本気で探しても隠れ場所はあまりない。
 Aくんは、4階に隠れていたという。遠くで、皆が見つかる物音が聞こえた。
 1回目は、30分ほどで皆が見つかってしまった。
「だめだ。こんなにすぐ終わっちゃ。行く先々に皆いて面白くないよ。もう一回やり直しだ。フェイントとかも駆使してくれ」
 B先輩は、気に入らなかったようだ。かくれんぼのフェイントというのは聞いたことがないが、靴を置いてある部屋には誰もいないというようなことなのかと理解したという。
『そんな映画みたいなことできるのか』
と思ったのだそうだが、
「ちょっと、かくれるまでの時間をもう少しください。さっきのじゃ短すぎますよ1分じゃなくて、5分くらいくれないと」
 先輩へ提案したら、「いいよ」とあっさり通った。そんなやり取りをしていると、隠れていた一人が、
「俺、3階の奥の部屋に隠れてたんだけど、めちゃくちゃ怒られたよ」
と言う。Aくんは、4階にいたにもかかわらず何も言われなかったし、そもそも身内以外の人を見ていない。
「3階の奥の部屋に居たんだけど、家具も何もないから、ドアを開けたらいるような恰好だったんだけど、途中で来た人に『3階の奥はヤメロ!』と言われたから、そこは止めときましょう」
 そもそも、そんな人にからまれるのは嫌なので、3階の奥は止めることにした。この時は、この建物に住むホームレスか何かだと思ったのだという。

 2回目は、先輩の気配がしたらばれないように隠れている場所を変えるというかくれんぼの禁じ手を使った。すると、先ほどのようにすぐではなく、結構続いた。そもそも先輩は撮影しながら探しているので、全力で逃げれば手振れしたくないためか、走って追いかけてくることはない。後ろから、「お前ら、そういうやり口か」などという先輩の恨み言は聞こえるものの、そもそも長くかくれんぼをしたいというオーダーには応えている。
 同じように3回目もそこそこ時間がかかった。もちろん、怒られたくはないから、誰も3階の奥は使わなかったという。
 ちょうど3回目が終わった頃、夕刻に子どもたちの帰宅を促す有線放送が流れだした。地域によって曲は違うが、「夕焼け小焼け」等の音楽を流すというアレだ。
「帰りましょうか」
 ちょうど切りもいい。取れ高も十分だろう。
「出来たら見せてくださいよ」
 内心それほど見たくもなかったが、半分お世辞でそう言う。
 そこで違和感を感じた。流れているメロディーと一緒に誰かが何かを言っている。
 皆で顔を見合わせた。耳を澄ますと、こう言っていた。
「ま〜だ。ま〜だっ!」
 誰かが大声でそう言っている。
 チャイムが鳴り終わっても、同じ言葉を叫び続けている男が居る。声の場所は動かないので、この建物のどこかで声を張り上げているようだ。
 かくれんぼで散々建物の中を右往左往したので、該当する人物がいないのは確認済みだ。
「怖い怖い! 帰ろう!」
と皆で建物を後にした。Aさんは先ほど別の友人が言っていた3階奥に来るなと怒ったホームレスだろうと見当をつけていた。ただ、夕暮れのメロディーに合わせて大声を出されたら、怖いものは怖い。

 それから1週間ほど経った。いつもならB先輩が顔を合わせた時にできた動画を見せてくれるのだが、今回はそれもない。
 最後にあんなことがあったからだろうか。あるいは、声をあげていた人自体を映してしまっていたのだろうか。そんなことを考えていると、学生食堂でばったり出会った。
「どうですか、動画の編集」
「う〜ん。あれな」
 B先輩の歯切れが悪い。話題として振っただけだが、スタンスとしては『見たい』という方向性につかざるをえない。
「どうしても、見たいっていうなら俺は見たくないから、みんなで見てくれ」
 そう言って、動画ファイルの入ったDVDを渡された。
 その日はたまたま皆の授業が早く終わる日だったので、A君の家で見ることになった。
 家のパソコンを皆で囲む。ファイルを開くと、粗く編集してあって、それほどの長時間ではない。
 始まると、B先輩が映っていた。つまり、カメラで自撮りをしているのだ。背景はあの時の廃墟だ。
「斬新な演出だな」と誰かが突っ込む。
 そのまま、誰かを探す様子でもなく、黙々と歩を進める。すると踊り場に出た。背景に↑3階↓2階と書いてあったので、どうやら3階に向かっているらしい。そのまま奥の部屋に入り、カメラを地べたに置いて上から落ちていたボロボロの布を被せた。隠し撮りというわけでもないが、カメラの存在を目立たなくするための行動のように思える。
 その後、部屋を出ていく先輩の後ろ姿が映され、そこで一旦切られていた。しばらくしてまた先輩が入ってきて、何かブツブツ言っている。カメラの位置が低いので、鼻から下しか映らないが、明らかにあの日の先輩の服装だ。
 それで、また部屋を出ていく。
「そういや、かくれんぼで捕まった時に先輩がカメラを持ってるかなんて気にしてなかったな」
「ちゃんと見てなかった気がする」
 暗い室内と、付き合わされている義務感で、皆その辺の確認はおざなりだ。
「ところで、先輩は何を言ってるの?」
 巻き戻して、音量を上げて聞いてみる。何度か繰り返してようやく分かった。
「それで隠れているつもりなのかね」
 どうやら、カメラに向かってそう言っているのだが、意図が汲めない。
「なんかヤダね」
 不穏な空気に皆のテンションが目に見えて下がる。そのまま早送りにしても、次の編集点では、先輩が来て何か話して去っていくという姿ばかり。背景に見える部屋の明るさがどんどん暗くなっていく一方だ。
「これ先輩ずっとやってるの?」
「だいたい先輩なんでかくれんぼの様子撮ってないんだ。なんでこの部屋に固定なんだよ」
 いよいよ背景が暗くなってきた時に部屋に人が入ってきた。また先輩だろうと音量は低いままにしている。しかし、薄暗い部屋に立つ人影は動かない。
「先輩動かなくなっちゃった」
「えぇ?」
 同じような構図で鼻から下しか見えない。カメラの画面の向こうから夕方のチャイムの音が聞こえ出してきた。
「チャイムだ」
 Aさんがいうと、他の仲間が反応した。
「待て待て、チャイムの時先輩俺たちと一緒にいたろ」
「じゃあ、これ誰だ!?」
 その瞬間、床にあったカメラが持ち上げられて、さっきまで動かなかった人物が映った。
 全く知らない人だ。その人が大声でこう言う。

「ま〜だ。ま〜だ!」
 カメラに向かって、大声を上げ続けた。
 とっさに動画を止めて皆で顔を見合わせた。
「これどういうイタズラなん?」
 意味がわからない。
 そういうA君の言葉への皆の反応は、『映ってる人頭おかしくなってないか』という雰囲気のものだ。重苦しい空気が皆を包む。
「そもそも、これ誰?」
「この動画、速攻で先輩に返してきて」
ーー結局、そういう流れでAくんは追い出されるように先輩の元へ返しにいくことになった。
 先輩は一人暮らしで、この時間なら家にいるだろう。『何て言えばいいのか』、そう悩みながら、B先輩のアパートに着いた。外から部屋を見上げると、電気がついていない。角部屋なので見間違えるはずがない。
「居ないのか! 居ないんなら、ドアポストに入れて……」
そう考えて、エレベーターを降りると、先輩の部屋の前に「同じような背格好の人が二人立っていて動かない。そのことに気づいて、ドアポストではなく、防犯上一番良くない集合ポストに放り込んで、逃げ帰ってきたのだという。
 その後、先輩に出会っても一切動画について触れなかったし、以降「動画を撮ろう」と言われることも無くなったという。
 結局この一件から、これまでの動画は何だったのか、もしかしたらこれまでの動画も撮ってなかったものもあるかも……と考え出したら切りがない。

 Aさんは、「意図のわからない動画に関わっちゃダメですよ」と話を締めた。今だに動画を見た後のお通夜のような重苦しい雰囲気は、2度と体験したくないという。
 今になっても、単に人怖なのか、あるいはそれ以外の要素も含まれるのかはっきりしないそうだ。
                            〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第十一夜(2023年9月9日配信)
51:00〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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