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【禍話リライト】汚水の器

 ダム怪談というジャンルがあると思う。
 怪談師の島田秀平さんの有名な話もダムだし、よくテーマに取り上げられる場所ではある。大いなる自然の中にできた巨大な人工物という背景も怪異を起こしやすくするのだろうか。人死にや廃村との関連もあるだろう。
 これは、語られたダムに関する2篇の怪談のうちの1篇。

【汚水の器】

 ダムには、トイレがあることが多い。
 当たり前だ。
 管理施設内に併設されていることもあるし、観光施設なら必須だろう。また、そういうこととは別に24時間誰でも使えるようなトイレがあることがある。公園の一部ということか。
 つまり、夜になっても使えるということで、治安を考えるとあまり芳しい物とは言えない。

 Aさんが友人たちと車でドライブをしていた時、同乗していたBくんがトイレに行きたいと言い出した。田舎道のこと、「男なんだから、その辺でしろ」と言っても聞かず、「近くにトイレはないのか」と聞いてくる。
「こんな田舎にコンビニなんて無いよ」
ーーAさんが返す。すると、運転手が、少し行ったところにダムがあり、そこのトイレがいつでも使えたはずだと思いだした。
 少し意地悪だが、広い駐車場に止めて、遠くに見える明かりを指してトイレだとBくんに教えた。ダムをぐるりと回るような形だ。しかし、道はきちんと舗装されており、危険ということでもない。
 慌てて降りたBくんが、小走りでトイレへ向かう。
「道端ですりゃいいのに」
「置いていくか」
「それはやりすぎだろ」
「結構我慢してたから、しばらく時間かかるわ」
などと話していると、ありえないくらい早い時間で戻ってきた。
 というか、ズボンの前はびしょびしょに濡れている。あきらかに、トイレをし損ねて漏らした形だ。車に乗り込むや否や「出せ、出せ、出せ!」と叫ぶ。
 普通、「汚いな」などとやりあうところだが、Bくんの顔色もおかしい。
 異常を察した運転手が急いで車を出す。
 そのときは、何か犯罪的な事に巻き込まれたのかと少し緊張したそうだ。
「警察とか連絡した方がいいのか?」
 ダムから離れる車内で運転手が問うた。
「警察……じゃないかな」

 話を聞くと、ようやくトイレに着き、男性用に入った。
 すぐのところに手洗い場が二つあり、うち一つがドロドロの濁った水でフチぎりぎりまで満たされていたという。
 内心『嫌だなぁ』と思ったが、片方はきれいだったので、まあいいかと小便器へと向かった。
 小用をたしながら、『雨水か何かかな』とヒョイと振り返ると、先ほどまで満たされていた汚水がない。その間はわずか数秒。何かの拍子につまりが解消して流れたとしても、音がするだろう。
 そんな音はしなかった。
 動揺して、少し狙いがずれてしまい、尿が跳ね返ってくる。
『汚いな』と思うと同時に、トイレに唯一ある個室から「ゴトン」と音がした。『人が居るの!?』と思って開いた扉越しに個室をのぞき込むと、人が居た。スーツ姿の中年のおじさんだ。
 そもそもこんな時間に山奥のトイレに人が居るなどと思っていない。
 上着を右腕に掛けて、両手を水をすくう形にしている。そして、B君の方に嬉しそうに近寄ってきたという。
『えっ!』と思っておじさんの手の中をのぞくと、先ほど洗面所にあったようなドロドロに濁った水だった。
 それを見て、小用が終わってないにもかかわらず、あわてて車に向けて逃げてきた。おじさんはスキップではないが、ピョンピョンと跳ねるような動作で追いかけてきたのだという。
「お前ら、俺の後ろにおじさんを見なかったか?」
「いや~、見てないけどね……」

 結局そのおじさんが、ヤバイ人なのか、お化けなのか分からないままだった。
 しかし、本当の山の中のこと。近くに民家もない。
 万一自殺の人だったとしても、駐車場に他に車はなかった。

 数年たって、Aさんがネットの心霊スポットをまとめたスレッドを見ていると、件のダムの話題があった。
 そこには、「ときどきトイレの洗面所が真っ黒な水でヒタヒタの時があって、その時はトイレを使わないほうが良い。理由は知らない」と書いてあった。
 Aさんは、それを見て、「理由はおっさんが出るからだ」とつぶやいたという。スレッドに書き込むことは、しなかったという。
                             〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第二十三夜(2023年6月24日配信)

8:50〜

※しかし、は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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