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【禍話リライト】おそろい隣人

 今週は、東京イベントのため禍話レギュラー回はお休みなので、先々週の短い話から。

 意外に、服にまつわる怪談は多くない。
 直接身につけるため、念のこもりそうなものなのに。
 これは、そんな服に関する短い話。

【おそろい隣人】

 Aさんは、時々マンションの大家をしている親戚のおじさんから手伝いを頼まれることがあったという。
 地方から大学進学に伴って上京し、あれこれ世話になっている身で、頼まれれば断りにくくはあったものの、少なくないバイト料をもらえたから喜んで手伝っていたそうだ。

 ある年の秋、叔父さんの管理するマンションで住民が亡くなった。
 正確にはマンション内で倒れて、病院へ運ばれてから亡くなったのだが、身寄りがいない彼の部屋を確認に訪れて驚いた。
 いわゆる汚部屋だったのだ。
 異常な量の服が部屋の中を所狭しと占拠していた。寝る場所も判然としない。何となく近所の人たちは知っていたようだが、害虫が出るわけでもなかったのであまり大げさにはしてこなかったのだという。
 家具や書籍・新聞は専門の業者がいるので、頼みやすいが、汚部屋を埋め尽くす衣服を「住民が死んだので」と古着屋に売るわけにもいかない。そこで、Aさんに白羽の矢が立った。衣服回収のごみの日を目標に、部屋にある衣服をごみ袋に詰めて集積所に積み上げる。そんな仕事だったという。
 もちろん、大学生だったから授業に差しさわりのない範囲で、10日ほど前からコツコツやることにしたのだそうだ。

 初日は、おじとともにごみの全体量の把握だった。業務用のごみ袋を手に、部屋に入ると、明らかに一度着た服は部屋の隅に積み上げられていた。お気に入りのものがあるのか、特定の量販店の特定の柄のものが多く、同じものが何十着とあったという。サラリーマンのスーツも同様で、似たようなものが何度か着た後に部屋の隅にうずたかく捨てられてあった。
「洗濯すればいいのにね」
 叔父に言う。
 玄関を入ってすぐ、トイレの横には洗濯機が備えられていたが、使った形跡はなかった。
「道具があっても、使わない人も使えない人もいるんだ」
 叔父によると住民はいつもスーツを着て出ていくようなサラリーマンで、家賃も滞ったことがなく挨拶もそつなくこなすような人だったそうで、そんな風には見えなかったのだが、時折こういうことになる部屋もあるのだという。 
 ある程度のめどを定めて、叔父と二人で部屋の外に出た。
 するとちょうど隣の男性も部屋を出てくるところで、軽く挨拶を交わした。マンションの掃除や修繕を手伝っている関係で、住民とは面識がある。
 ただ、その時、Aさんは少し違和感を感じたものの、その正体は分からなかった。

 数日経って、その日も大学終わりにマンションへ向かい、片付けをしていた。叔父は大家の仕事もあって、作業の中心はAさんが担っていたという。部屋を埋め尽くす服を懸命にごみ袋に詰めていく。単身者用のマンションとはいえ、長年にわたり貯めこまれた衣服の山は、一人だけではなかなかに果てしない。
 その日もへとへとになって、一杯になったごみ袋をマンションの地下にあるごみ集積所へ運ぶ。作業していた部屋は3階で、地下へと続くエレベーターは一基だけだ。エレベーターホールまでの道のりで、同じ階の住民に出会った。すでに叔父の依頼で作業していることが周知済みなのか、にこやかに挨拶をしてくれた。
 そこで、先日の違和感の正体に気が付いた。
 今自分が手に持っているごみ袋の中にたくさん詰められている服と同じものを着ている。
 気味が悪いものの、Aさんはそれほどファッションに詳しいわけではないので、流行のものなのかと自身を納得させていたのだが、2往復目に同じ階の別の住人もその服を着ていることに気が付いたときに、これはかなり異常な事なのではないかと思いいたった。
 帰りがけに1階の叔父の事務所へと向かい、今日気が付いたことを、できるだけ感情を交えずに伝えた。
「つまり、3階の住人が、その服を着ているってことか」
「さっきちょっとだけ調べてみたんだけど、別に雑誌に特集されているわけでもないし、売れ筋でもないみたい」
 それでも、長くアパート管理の仕事をしているからか、おじは少し考えてこう返してくれた。
「分かった。知り合いの工場に焼却炉があるから、そこにねじ込めるように頼んでみる。だから明日、部屋にある『その服』だけまとめてごみ袋に詰めてくれないか」

 翌日は土曜ということもあって、マンション内で何人もの人に出会った。玄関や、管理人室の前で会う人は、何の変哲もなかった。
 ただ、問題の3階に着くと、部屋に向かうまでに親子連れと、高齢の女性とすれ違う。三人とも、同じ「その服」を着ていた。
 いや、厳密には背丈も体格も違うのだから、同じ服ではないのだろうが、模様も形も同じだ。この話では、差しさわりがあるとのことで具体的な柄も形も教えてはもらえなかったものの、昨日の叔父の言葉を胸に、部屋中にある同じ服だけを選んで、ごみ袋に詰めた。他の服は全部無視してそれだけに専念する。
 結局、部屋の中の目に着く「その服」のみを袋に詰めて、部屋の外に運び出した。途中、3階の住民で、同じ服装の人をもう一人見かけた。挨拶はしてくれるものの、Aさんの顔は凍り付いてまともに対応できたかは怪しい。
 叔父の用意してくれた商用のバンに積み込んで、知り合いの工場の焼却炉へ向かい、そのまま燃やした。厳密には違法なのだそうだが、何とか家庭ごみを燃やした体にしてもらったのだという。
 翌日から、3階でも、また街中でもその服を見ることはなくなったのだそうだ。

 もちろん、例えば、近所で余った服を大量に配ってそれをたまたま着ていたなど、「偶然」で片づけることはできる。しかし、燃やした途端見なくなることなどあるだろうか。
 偶然も重なりすぎると、立派な怪談となるのだ。
 古着屋などで、そういう服が扱われていないことの願う。
                            〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第十四夜(2023年10月7日配信)
19:45〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。

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