【禍話リライト】イスのオジサン
怪談は日常に近い方が恐怖度が増しやすいと思う。
例えば過去にリライトさせてもらった箒や傘の話などだ。
今回は、イスの話。
【イスのオジサン】
現在20代のAさんが高校の時に、友人の斎藤君が学校に来なくなったのがきっかけなのだそうだ。
斎藤君は、比較的進学校だったAさんの高校の中でも悪目立ちするというか、不良に片足を突っ込んでいるような立ち位置だったという。具体的にはときどきタバコを吸っているような。勉強はしていたそうだが。
「そんな少し世慣れたような人が恐怖体験を?」
「相手が人間なら処世術で回避できますけど、お化けは回避できないでしょ」
人怖ではなく、お化けが出てくる話なのだとこの時に判明した。
高校2年のとき、クラスメートの斎藤君が学校を休んだ。
『不良ぶっていても、あまり学校休まないのにな』
Aさんは比較的仲が良かったこともあって、そんなことを思った。
ところが、翌日も学校を休んでいる。先生に聞くとこう返ってきた。
「具合が悪いそうなんだが、風邪とかそういう感じではないらしいんだ。落ち込んでいるそうなんだが……。先生は近く顔を見に行くつもりだが、Aは悪友としてつるんでいろいろやってるんだから、ちょっと家に行ってみてくれよ」
考えてみると、家の前までは何度も行っているが、中にまで入ったことはなかった。
学校の帰りに斎藤君の家を訪ねると、青白い顔で玄関口まで出てきてくれた。パジャマ姿なのだが、寝てないような体調にも見える。
「どうしたんだ、2日も学校休んで」
「悪いな、わざわざ。立ち話もなんだから、2階の俺の部屋に来てくれ」
そう言って家の中に招き入れられた。細い階段を上がって、部屋に通される。斎藤君はベッド、Aさんは小さなソファーに座らせてもらった。そのまま友人に尋ねた。
「結構具合悪そうだけど大丈夫か。風邪じゃないんだろ。何かの病気か?」
「病気というかーー。駅前にボロボロのビルがあるだろ……」
いつもの元気が全く感じられない覇気のない声で聞かせてくれたのは、こんな話だった。
駅前にある廃ビルは、お化けが出るとか、ヤバい人が棲みついている、それを見たなどの噂があった。
斎藤君は3日前、学校の先輩とそこへ肝試しに行ったのだそうだ。一瞬、Aさんも誘おうかとも思ったが、その日は塾の日だったのでやめたのだという。むしろ今回を下見にして、『こういう怖いところがあるんだぜと案内でもしてやろう』、そんな風に考えていたのだという。
地元の先輩と数人で夜に忍び込んだ廃ビルは真っ暗だった。目指す上階へはエレベーターがとまっていたので、階段で進むよりない。
斎藤君は、最若手ということもあって一番先頭を進んでいたのだという。1階から上がって、2階は何もなかった。ただのボロボロの雑居ビルだ。
2階から3階へ上がり切って、斎藤君が持つ懐中電灯がスポットライトのように照らし出したのは、イスに座ってこちらに背を向けたおじさんだった。
ここまで話して、斎藤君はこう続けた。
「それで、みんなで『ギャー』って逃げ帰っちゃって」
確かに、誰もいないはずの雑居ビルに行って人がいれば驚きはするとは思うが、それは学校のワルを自称する集団、「おっさんびっくりさせんじゃねぇよ!」という展開なのではなかろうか。
そこまで怖いものだろうか。そもそも、そんなところにおっさんがいるわけがない。だから、Aさんはそのまま問うた。
「それは人形とかじゃないの?」
「人形じゃない。動いたから」
「人ということは、何か変だったっていうこと? ボロボロの服装をしていたとか。確かに明かりもないのに暗がりに座っていたらびっくりするだろけど」
「そうなのかな、服装的にはおかしなところはなかったし。髪も乱れているというのではなくて、どこにでもいるおっさんだった」
「うん。そうか。それで、どうしたの?」
「だから、みんなで『ギャー』って逃げ帰ったんだよ」
肝心のところが聞けない。なぜ、普通のおじさんの後姿を見て皆で声を上げて逃げ出したのかが分からない。本当は、「何でそんなおっさん見ただけで逃げるんだよ」などとからかいたかったのだが、斎藤君の声のトーンが本当に沈みこんでいてそういうことも言い出せないような雰囲気だった。
「そうなんだ」
「それでな、夢を見るんだ」
「どんな?」
「眠りについたと思ったら、あのビルなんだ。ちょうど2階から3階へ向かう。で、右に曲がって皆に見えるようにライトを振ると、おっさんが見えてみんなで大声を上げる、その自分の絶叫で飛び起きて……。その繰り返しだよ。だから、寝るというか、失神して意識を失うというような感じだよな」
Aさんにしてみれば怖さがよくわからないのだが、斎藤君の恐怖のツボにピンポイントで刺さったのだろうと解釈することにした。
加えて明らかに体調の悪そうな悪友をからかうこともできないでいた。
しょうがないので、今日の学校での出来事を面白おかしく話すと、元気がないながらも少しは笑ってくれた。しかし、明日からの学校への復帰はかないそうにはない。だから、出来る限り励まして帰ろうと考えたのだそうだ。
「担任の先生も来るって言ってたし、ほら、クラスメートのB、あいつも来るって言ってたから元気を出して」
「そうか、悪いな……」
言葉の途中で斎藤君が咳込み始めた。それも、空咳などではなく、気管支炎やぜんそくのような激しいものだ。
「大丈夫か」と傍にあった水を渡すものの、全然大丈夫そうではない。
「ゆっくりしたほうがいい。今日は俺帰るよ。急に来て悪かったな。突然話し過ぎたか」
とても悪ぶっている高校生が悪友にかける言葉とは思えない。
「悪かった」
「いいよいいよ。外まで送ろうか」
「いや、斎藤はここで休んでろ」
「そうか」
「お大事に、な、また元気になったら一緒にバカなことしよう。今タバコ吸っちゃったら咳込んでしまうから。だからしっかり休めよ」
「そうだな」
そんなやり取りをして、Aさんは帰るために階下に降りた。ちょうど、玄関へ行くまでの廊下の扉が開いていて、台所とリビングまでが見えた。そこの椅子に座っている男性が見えたから、挨拶をして斎藤君の家を辞した。
「おじゃましました。また来ますんで~」
「はーい。どうもありがとうね」
くぐもった返事が返ってきた気がした。そんなことより、思ったよりも友人の体調が悪いことに驚かされた。担当の先生よりも保健の先生やスクールカウンセラーの出番ではないだろうか。元気を出してもらうためにどうすればいいんだろうか。そんなことに頭を悩ませながら家路に着いたという。
それから、2、3日経っても斎藤君は学校に現れなかった。
3日目に、別の級友Bが斎藤君の見舞いに行ったということをAさんは聞かされた。
「お前も、斎藤のところ行ったの? ヤベェよな。学校の先生というよりも、心理というか精神的な」
「お前にもその話したのか。言ってることがわけわかんないよな」
「うん、わからんよな」
「何かさ、お前がさ、向こう側とつるんでるとか訳の分からんことを言うんだよ」
そう言いながら、BはAさんを指す。
「え!? 何言ってんだ?」
「あいつ怖いことがあったんだろ、具体的なことは何も聞かされなかったけど。『ビルで怖いことがあった』とだけ、そのビルで出くわした奴とAがつるんでるって言うんだよ」
「どういうこと?」
「Aがちゃんと話を聞いてくれて、斎藤は『持つべきものは友達だ』と思ってたらしいんだ。ところが、その帰り際に向こう側のやつと親し気に会話して帰って行ったから、それから毎日、朝昼晩と台所に近づくと斎藤んちの食卓でビルであった男とAが差し向かいで親し気に話してるんだってさ。あいつの妄想だと思うんだが。だから、Aを近づけないでくれって。俺は廃ビルで何があったか聞かされてないけど、何か男に酷いことされたのかな。だから、お前のことも逆恨みというかなんというかおかしなことになってるみたいだぜ」
「そ、そうなのか」
確かに、考えてみると自分が斎藤の家族と思ってあいさつしたのは、確かにおじさんだった。誰だかわからない。食卓に座っていたので斎藤の家族だと思っていたし、あいさつをしたのだが。
それに、返事もくれた。
考え込んでいると、Bがさらに言葉を足す。
「だからお前、連絡とらないほうがいいよ。ここは、俺らの力じゃどうしようもなくて、大人の出番だと思うんだよな」
「わかった、そうする。で、おまえ斎藤の話を聞いたあとどうしたの?」
「え、俺? 2階のアイツの部屋から下に降りたら扉が開いていて、1階の食卓に家族の人がいたからあいさつして帰ったよ」
「そうか……」
その後、担任の先生が訪問し、家族と相談した結果、カウンセリングを通して時間をかけて治療することになった。
結局、卒業まで斎藤君は登校してこなかったので、学校をやめたか回復しきらなかったのではないか、とAさんは語った。
皆さんも、見知らぬイスとそれに座るモノにはご注意いただきたい。
〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第四十七夜(2024年6月8日配信)
25:45〜
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
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