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【禍話リライト】無人小屋人形

 人形にんぎょうにまつわる話は時々耳にする。
 一連の話で肝が冷えるのは、「自身が人形ヒトガタに魅入られたのではないか」と気付く瞬間ではないか。
 これは、そんな話

【無人小屋人形】

 Aさんは、美術大学ではないものの、美術系の大学の出身だった。今はもうしていないのだそうだが、学生時代は時折スケッチブックを持って風景画を描きに出かけることがあったという。
 大学3年の時、依頼を受けて条件を満たすような絵を描かなければならなかった。
 その時のテーマは片田舎の田園風景だった。
 もちろん、ネットで調べてその場所の概要をつかむことはできるし、グーグルの諸機能を駆使すれば自宅で筆を進めること自体は難しくはない。しかし、季節もちょうど初夏と描きごろで、電車とバスを乗り継げばそれほど遠くないところにいいロケーションを見つけたので、出かけることにした。

 目的地までは1時間ほど、土地勘はない。
 国道脇にぽつんと立つ停留所の時刻表を眺めると、表はスカスカでバスは1時間に1本以下の運行本数だった。限界集落とまでは言わずとも、過疎の村であることは間違いがない。小高い丘の上から村落を見渡すと、一面に田畑が広がっており、少し離れた畑では老爺が土いじりをしているさまが見て取れた。伸びをしたくなるような、まさにジブリ映画・トトロの世界に入り込んだかのような景色だった。
 古びたベンチに腰を下ろし、愛用のスケッチブックに鉛筆を走らせる。
 8割方完成して、のどの渇きを覚えた。
 少し離れた場所に自動販売機が見える。
 画材など、スケッチ用具一式はその場において、ぶらぶらとそちらへ歩いて行った。丘の上のその場所はどこからでも見えるし、何より、傍を通る県道には時折自転車に乗ったお年寄りが通るのみで、車の行き来もほとんどなかった。
 自販機は、様々なメーカーの寄せ集めのものだった。はずれが少ないと思われるお茶を買って、来た道を引き返す。
 すると、途中に荒れた畑があることに気付いた。耕作放棄地という語が脳裏をよぎる。その道路側にはさびれた無人販売所も設営されている。しかし、畑の衰退とともにそこも使われなくなったのだろう、壁や屋根はボロボロで一部ベニヤの板が名残を残していた。行きに通った時には自販機の事ばかりが頭を占めていてチラリと目をやった程度だったが、今度はじっくりと観察することにした。
 野菜とともに並べられていただろう、代金入れはもう文字も読めないほど風化していた。
 その横に、人形が置いてあった。
 風雨にさらされて、髪も服もなくなっており、男の子か女の子かも分からない。経年劣化で、人形の素体だけが残されているような形だ。目も、片方(右目)が無くなっており、思わず「気持ち悪っ」との言葉が出た。
 人形自体は自然に座らせるような形で置いてあったので、『嫌ないたずらをする人がいるなぁ』ぐらいの感想で、スケッチの場所へと足を向けた。

 丘の上で筆を進め、お茶を飲み終わったころ、遠くで作業をしていた老爺が自転車ですぐ後ろを通り、足を止めて話しかけてきた。3時をすぎた頃だったという。
「兄ちゃん、絵を描いてんのかい?」
「そうなんですよ、趣味に毛が生えたようなもんですけどね」
「うまいねぇ、分かんないけど」
 一人の作業で会話に飢えていたのだろうか、あるいは久々の若者との会話に気を良くしたのか親し気に話しかけてくる。Aさんは、もともと話すのは嫌いではなかったので、筆を止めて雑談に興じた。
 しばらく話が進んだところで思い出した。
「そういえば、びっくりしたんですけど、あそこの無人販売所」と荒れ果てた小屋を指すと、
「ああ! 気持ち悪かったでしょ」
と反応があった。内心『知ってるんだ』と思うものの、老爺の話の雰囲気では誰かのいたずらではないようだ。
「あそこの○○さんのところは、ちゃんとした家だったんだけどねぇ、ある日、家族全員が精神を逸脱してしまって(実際は、バリバリの差別用語をつかったらしいが)」
 その話だと、何人かは分からないが一家の全員がある日を境に精神を病み、病院に運び込まれ、それっきりなのだと老爺は話す。
 そんな中、本当は許されてはいないのだが、都会の大病院へと移る前に勝手に家へと帰ってきたものが居り、その女性が、家の中の人形をそこに置いてしまって、それっきりだという。
 病院を抜け出してきて、連れていかれるまでのわずかな時間に置いたのだ、という話だ。
「所有地といえば所有地だし、周りのものは特に何も言わずに荒れるに任せてある状態なんだが……」
『怖っ』と思うものの口には出さない。
「まあ、風や雨で人形が倒れたりした場合は、座らせてあげたりはしているんだが。びっくりしただろ」
「びっくりしました」
 そんなやり取りのあと、スケッチにある程度の目算をつけて、乗り逃すと一時間以上待たなければならないバスを捕まえ、帰路へと着いた。

 家へ戻ると、付き合っている彼女が部屋に来ていた。
 ご飯を食べながら、今日の成果について話す。
「別に実際に行かなくてもよかったんだけど、直接見たほうが描きやすいというか、味につながるというか」
 そんな話をしながら大きなスケッチブックを見せていた。
「いいとこじゃん」
と彼女は好意的だ。
 今日描いた風景が最新の絵なのだから、それ以降は白紙のはずなのだが、何気なしに彼女がめくったページに目を奪われた。
 田舎の風景画の数ページ後に、鉛筆のラフスケッチで人形が描かれていた。中心線や輪郭などでアタリをつけてあるだけだったが、あきらかに、あのボロボロの小屋で腰掛ける素体と思しきものが描かれていた。
 しかもご丁寧に、右目がないという意味なのだろうか、バツ印が付けられていたという。
 あまりに気持ち悪いので、そのページは破いて捨てた。

 結局その場所には行かずに絵は完成させた。以来、そこには怖くて行っていないそうだ。
「次に行ったら、人形の絵が具体的になったら嫌ですから。たとえ無意識でも」ーーとAさんは話を締めた。

                       〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第10夜(2023年3月18日配信)

9:25〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/762173059

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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