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【禍話リライト】乗ってきた人と音

 マンションで特に怪談の舞台になることが多いのがエレベーターだ。あるはずのない階へ向かったり、異界へとつながったりと話のパターンは豊富である。
 これは、ある出来事がきっかけでエレベーターに乗ることが怖くなってしまった人の話。

【乗ってきた人と音】

 現在30代後半のサラリーマンのAさんは、一人では絶対にエレベーターに乗らない。現在は、乗らなくなったきっかけとなった場所からは離れた場所で暮らしているが、日本全国で大きな建物に入っているエレベーターは大体似たり寄ったりだ。だから、同じような経験をしたら嫌だというのが先立ってしまうのだそうだ。

 数年前、Aさんが勤めていたのは比較的転勤が多い会社だったのだそうだ。
 そのころ住んでいたのは、会社に斡旋してもらった単身者用のマンションの4階だった。金曜の晩、その日も23時ごろの帰宅だったという。
「今週も疲れたなぁ」
 独り言を口にしながら、エレベーターホールで「上がるボタン」を押した。1階に停まっていたいたエレベーター内の電気が点いて乗り込み、4階のボタンを押す。こんな時間だから、もちろん誰も乗っていない。
 すぐにエレベーターが止まった。一瞬、4階に着いたのかと思ったのだが、階数表示を見ると2階だ。
 扉が開いて、知らない人が乗ってきた。
 そんなことはあまりない。Aさんのマンションは本当に一般的なもので、上層階に共有スペースや特殊な施設などはない。
 どう見ても一般の住人で、掃除の人などでもない。
「どうも」
 肩から少し大きめのトートバッグをかけた女性は、小さい声でそう言って、操作パネルの前に居るAさんの後ろに立った。
 少し気持ちが悪い。もちろん、上の階に知り合いがいる可能性はゼロではないだろう。
 そのままエレベーターの扉が閉まり、今度はちゃんと4階に着いた。当然、Aさんは降りる。2階で乗ってきた人は、行先ボタンを押さなかったので、てっきり同じ階で降りるものだと思っていた。
 そのまま、廊下を進んだのだが、後に乗ってきた人は降りなかった。
『あれっ!?』
とは思ったものの、疲れているのと、怖いのが相まって、そのまま急ぎ足で自分の部屋に入って鍵を閉めた。
 内心、『自分の住んでいる部屋がバレてしまったのではないか』との思いがよぎったが、入ってしまったあとではどうしようもない。ドアを開けて降りてきた女性が来たら嫌だなと想像するも、そういうことはなさそうだった。大き目のトートバッグには何やら入っていたようだが、一瞬すれ違っただけでは中身までは分からない。
 とりあえずスーツを普段着に着替え、冷蔵庫からビールを出して少しくつろいだ後に思い出した。今日中に振り込まなければならない公共料金がある。すぐそこのコンビニで払えるのだが、ようやく人心地ついて腰がかなり重くなっている。ただ、振り込まないと面倒くさいことになる。
 このときは、束の間の息抜きで、先ほどのことはすっかり忘れてしまっていた。ガチャリとドアを開け、視線の15メートル先に、下に降りていないエレベーターが見えた。ここのエレベーターの仕様で、使い終えた階で止まって、明かりが消えるのだ。
 その暗がりの中に、さっきの女性がいた。
 慌てて、扉を閉めて鍵とチェーンをかけた。
 帰宅してから、1時間以上、下手すると2時間近くたっている。
「公共料金は、もういいや」
 行動を決めた後でこう思った。
『いつまで、あそこにいるんだろう』
 ずっと見ている勇気はないので、玄関の扉の近くにビールやらスマホやら時間が潰せるものを持ってきて、耳だけは外の様子をうかがっていた。
 しばらくして、下の階に呼ばれたのか聞きなれた大きな駆動音がしてエレベータが下りる音がした。手元のスマホは、3時半を指していた。
 そこまで確認して、ベッドで眠りについたのだという。

 翌日から、その人に出くわすのが怖くて外階段を使うようになった。
 大家さんが常駐しているようなマンションでもなく、次に同じ状況に追い込まれたら正気を保てる自信がない。
 外階段は、エレベーターホールのすぐ横から出られるので、体力のことを考えなければ手間ではない。しばらくはそうしていた。
 ある時期から、外階段で2階に差し掛かると、鉄の扉越しに「カチ……カチ……」という音が聞こえることに気が付いた。ちょうど2階のエレベーターホールのあたりだ。
 1階、3階、4階では聞こえない。
 上下のボタンを押す音とは微妙に違うようだ。
 だから、2階を通るたびに少し緊張するようになったという。もちろん、怖いから開けて確かめるような真似はしない。2階の何らかの不具合で鳴っているのだと自身を納得させ、音源は分からないまま、奇妙な音に耳を傾けないように急いで階段を登る日々が続いていたという。

 ある日、正体不明に酒を飲んだ夜があった。
 あまりに酔っていたため、日課の階段ではなく、エレベーターの前でボタンを押していた。押している途中で気が付いた。
『エレベーターには乗らないことにしたんだ!』
 手元を見ると、無意識に自分の住む4階を押していた。当然、エレベーターの乗り場なので、「上」のボタンを押さなければならないのだが、到着階の表示ランプを押していたのだ。
「カチカチカチカチ」
 その時に、いつも2階から聞こえて来た音だということに気付いた。特に、爪が当たった時に同じ音が出ていたことを。
 慌てて外階段で自室の階を目指したのだが、その時も2階で同じ音がしていたのだという。
 きっと中で誰かが階数表示ボタンを押しているのだろうが、それを確認する気力はなかった。果たして押しているのは、2階だろうか、4階だろうか。そのボタンが反応することはないが。

 結局、Aさんは会社を辞めた。
 仕事のストレスもそうだが、転勤のたびにエレベーターを避けられない状況に耐えられなかったという。
 今でも、階段でしか上の階に行けない。
 ただ、悪い事ばかりではなく、健康診断の結果はすこぶる良いそうだ。
 商業施設以外のエレベーターで、途中の階から乗ってくる人にはくれぐれもご注意を。
                         〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第三十夜(2024年2月10日配信)
21:55〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています。

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