【禍話リライト】流すだけの人
連れて帰ってしまう。ということがある。
怪異体験をして、その後自宅でもというパターンだ。外でとんでもなく恐ろしい体験をして、それが家まで追いかけてきたならホラー映画だが、小さな怪異でも安全だと思っている自宅まで追いかけて起こると、それはそれで恐怖度は高い。
さらに恐ろしいのは、特に縁がなくともついてきてしまう場合だ。
【流すだけの人】
社会人になってまだ数年目のAさんが一人暮らしの東京から、実家のある九州へ帰省した。お盆のことだった。
久しぶりに家族、親戚と顔を合わせ、それなりに楽しい夏季休暇を過ごしていた。その序盤に、家から少し離れたデパートにお使いを頼まれた。予定もなかったし、久しぶりに故郷の繁華街も見たかったので、二つ返事で引き受けた。
デパートは、自分が子供の頃に両親に連れられてきた時そのままだった。お使いを頼まれていたのに何だが、「まだ営業してたんだ」と古びた建物の中で感心した。
客は、お盆の時期ということを差し引いても随分とまばらだ。これでどのように成り立っているのだろうか。ここをつぶしてしまうと、地方銀行も、勤めている人も回復できないほどの被害を受けるのだろうか。そんなことをつらつら考えながらも頼まれたものを購入した。
すると、強い目の冷房にやられたのか、尿意を催してきた。勝手知ったる階段の近くにある薄暗いトイレに足を運ぶ。
女性トイレには、先客がいた。洗面台に向かって何かしている。
個室に入りながらも様子をうかがうと、出ていく気配がない。大きな鏡で身づくろいでもしているのかと思っていると、しばらくして蛇口をひねる音に続き盛大に水が流れる音がし始めた。
聞くとはなしに、耳を澄ましているとおかしなことに気付いた。水が流れる音だけなのだ。普通、蛇口をひねったのなら手を洗う音など、何か水を遮る音が聞こえるものだが、それがない。
おかしな人が、水を流しっぱなしにしてそのまま出て行ったのか。コロナ禍も差し迫った今日日、こうした商業施設では、手洗いも自動化されている。そのことに気づかなかったのか……などと思って自身の用を足し、扉を開けると、洗面所に女がまだいた。流れる水道をじっと眺めている。
驚いて小さい声で「うわっ」とリアクションしてしまったものの、なかったことにして一つ離れた洗面台で急いで手を洗い、できるだけその人と近寄らないようにしてトイレを出た。「怖えぇー、気持ち悪いなぁ」との思いは止まらないが、そのあと何事もなく家へと帰れた。もちろん、こんな小さなことは食卓の話題にも上らなかった。
1週間ほどのお盆休暇は何事もなく過ぎた。たくさんのお土産を持たされ、東京の一人暮らしのマンションへと帰ってきたのは、8月19日の20時を過ぎたころ。「疲れたー」とつぶやきながら、両手の荷物をとりあえず外廊下に置き、バッグの奥底からしばらく使わなかった自宅のカギを出して重い扉を開けた。
その瞬間、暗闇の中で台所の蛇口がひねられ、恐ろしい勢いで水音がした。
「えぇ!」
思わず扉を閉めた。
訳が分からない。確かに今、カギを開けたはずだし、扉を閉めた今もうっすらと水音が聞こえている。そのことを考え合わせても、自分が帰ってきたこの瞬間に誰かが蛇口をひねったのは間違いない。そもそも、出るときにそんなことを忘れるはずもない。
長らく逡巡したものの、「もったいない」が「怖い」を凌駕し、真っ暗な部屋の電気をすべて点けながら、おっかなびっくりで部屋の中を確かめながら水を止めた。
そののち、クローゼットの中やユニットバスの仲間で確かめたが、人のいた痕跡は全く見つけられなかった。部屋は三階にあり、そうそう簡単に外からの侵入はできないという。あまりにも気持ちが悪かったので、以前に誰かから聞いた除霊にも効くというファブリーズを念入りに部屋中にふり掛けた。
水が流れたのは、その一回のみで、その後特に何かあったわけではないという。
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出典
元祖!禍話 第九夜 (2022年6月25日配信)
7:45〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/736451141
※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
下記も大いに参考にさせていただいています。
禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi
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