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【禍話リライト】面の向き(補記付き)

 怪談に登場する小道具は多様だが、お面、仮面にまつわる話は恐ろしいものが多い。そもそもが、他になりきるための道具ペルソナだからだろうか。単純に肉付きの面などの怪談や、禍話の過去話でも蛾が絡んだ恐ろしいものもあった。
 これは、意味がはっきりとは分からないが、本人が「恐ろしかった」というから、言外にもっとおそろしいことが隠されているのかもしれない。

【面の向き】
 群馬県の話だという。
 現在40代のAさんが、人生で一度だけ怖い思いをした。ただただ、恐ろしかったのだという。

 中学1年の時というから、今から四半世紀ほど昔の話。小学校とは別の校区から来た友人Bができて、彼の家に遊びに行くことになった。
 Bくんの部屋でゲームをしているうちに遅くなったので、夕食を勧められ、その流れで泊まることになった。自宅に「Bくんのところに泊めてもらうことになった」と電話すると、あっさりと許可が出た。今から考えるとずいぶんユルいが、そういう時代だったのだ。
 内心、まだゲームができると喜ぶ。
 Bくんの両親から、「せっかく泊まるなら客間にどうぞ」と勧められた。
 本当は、Bくんの部屋でゲームをしつつ布団を並べたかったのだが、それがこの家の流儀なら仕方がない。荷物を持ってその家の一番奥、一瞬旅館かと見まがうような部屋に通される。それほど大きくはないが、畳敷きで床の間があるような丁寧な造りの和室だ。持ってきた荷物を置かせてもらう。
 中学生の常識では、「そんなものか」という程度だった。小学校の時よりも社会が広がり、知らない友人のお宅へお邪魔すると、意外に広いトイレに戸惑ったりといった経験をしたことも違和感を感じない後押しをしたのだという。

 結局、友人の部屋で11時ごろまでテレビゲームを楽しんで、切りがいいところで終わりにした。Bが「案内するよ」と、先ほど見せてもらった客間へ連れて行ってもらう。
「悪いね、こんな立派な部屋に」
 恐縮しながら、再度部屋を見回す。すると、床の間に面がかかっていることに気が付いた。能面、女性の小面のような気がしたが、古典芸能などには全く縁遠い中学生ということもあって、はっきりとは覚えていない。
 ただし、奇妙だと思うことはあった。
 そのお面は、横、顔の左側が下になるように掛けてあった。どのようにひっかけてあるのか不思議に思い、B君に問うた。
「これ、変わってるね。ふつう、頭側が上じゃない?」
「あぁ、そうなのかなぁ」
 古くからのしきたりや芸術の様式には理解が追い付かないものもあるという事に13歳になるまで何度か出会っていたため、そのままにして会話を終えた。手持無沙汰のまま、布団に横になった。

 どれくらい経っただろうか。
 揺さぶられた。
「おい……、おい……」
 Bの声だ。起こそうとしている。
 眠い中、無理矢理目を覚ました。そちらに目をやると、Bが面をかぶってAさんを起こしていた。その状況もおかしかったが、さらにおかしいのは、B君がかぶっている面の向きが、顎を上にしてかぶっていたことだった。思わず指摘する。
「お面の向きが逆だよ?」
 口のところからこちらを見ているのだろうか。
 すると、Bくんはこう返した。
「これは、こうするのが正しいんだよ」
「へ~。そうなの」
「そうなんだよ。これだけは覚えておいてくれ。壁に掛けるときは、右が上、かぶるときは顎が上」
 さらに、細かい骨格やツボなどの説明が続いたものの、専門的な言葉ばかりでよくわからなかった。
 そのまま、寝入ってしまい。目が覚めたら朝だった。
 床の間を見ると、昨日の晩と同じく、左を下にして掛けられている。

「おはようございます」
 身支度を整えて、リビングに降りていくと、Bくんとお母さんが朝食の用意をしていた。
「よく眠れた?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 トーストと、コーンポタージュのような少し豪華な朝ごはんが出た。
「急に泊めてもらっちゃって、ありがとうございました」
「いえいえ」
 食事を終えて、玄関先まで出ると、お父さんも一緒に家族総出で見送りに来てくれた。靴ひもを結ぶ間もずっと、膝をついてこちらを見守っている。
 恐縮して、一礼をして玄関の扉に手をかけた。すると、父親が口を開いた。
「忘れないでね」
「はい?」
「お面のかぶり方」
「あ、はい」
 そのときは、普通に返答をしてBくん宅を出たが、家に帰りついて急に怖くなった。
 家族に、「お面のかぶり方ってさ、決まりがあるの?」と聞くも、誰も相手をしてくれない、それこそ、「一泊外で泊まってきたからって、何にかぶれてんだ、あぁ、お面だけに」などと軽くあしらわれてしまう。
 長じてから、色々調べたが、そんなかぶり方や風習は見当たらなかった。

「心霊なのか、民俗学的なことなのか、人怖なのかは分からない。けれども、人生で一番怖かったんです」
と、Aさんは話を締めた。

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【補記】
 さて、禍話本編で語られたのは以上だ。
 以下は補記というか蛇足である。

 かぁなっきさんも話をしたAさんも調べたものの逆さの面は知らないと言っていた。私も知らなかった。
 今日(2022/8/16)の昼までは。
 
 今日の昼、ご飯を食べながら『第七脳釘怪談|《ダイシチノウテイカイダン》』(朱雀門出/竹書房怪談文庫)を読んでいて手が止まった。「六 〈儀式の話 2〉瞑唱」の中でこんな表現があった。そのまま引用というわけにはいかないので、要約してみる。

 Kさんの自宅では目をつぶって一心不乱に呪文というかお経というかを唱える風習があるという。その間は、決して目を開けてはならない。開けると目がつぶれてしまう。
 あるとき、両親と唱えているときに興味本位で目を開けてしまった。そこに、異形がいた。
 その顔には、のっぺりとした面があったが一番違和感を感じたのは、それが、上下逆だということだ。しかも、顔の下部にあるはずの目の穴から鼻や口ではなく眼がのぞいており、視線が合ってしまったのだという。その時に、強烈な目の痛みに襲われ、右目は光を失ってしまった。
ーーという話だ。詳細はぜひ読んでいただきたい。
 詳細はぼかしてあるものの、今回の禍話とのつながりを感じたのは私だけだろうか。
 上記のB君の家族は、何らかの形で朱雀門さんの話に出てくるKさんが目にしたものを知っていたのではないか・・・・・・・・・・・
 そう思えてならない。あるいは、冒頭に書いた言外の恐怖は、仮面の目のところから視線であることでは……。
 前の放送で、かぁなっきさんは、『第七脳釘怪談』はまだ購入していないと話されていたので、この話に反応しなかったのではないかと思った。

                         〈了〉

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出典

元祖!禍話 第十六夜(2022年8月13日配信)

49:55〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/741766232

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki


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