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Day10: Kibera

2月24日

アフリカ最後の日。

ケニア国立博物館」に行きたかったが、2006年当時は改修工事で閉鎖されていたため、夕方の飛行機までの間、サファリカーのドライバーのジョージにお任せで郊外の観光地を巡ってもらった。

最初に訪れた「ジラフセンター」は、キリンの餌やりが名物だった。キリンの目は睫毛が長くて優しいが、人の手から餌を掬いとるその舌は、灰色でネチャっと長くて、異生物の迫力満点。職員のお兄さんが「口に餌をくわえて "キス" の写真も撮れるよ」と実演してくれたが、それは迷わず辞退した。

「愛と哀しみの果て」の原作者の家だったという「カレン・ブリクセン博物館」にも行った。その映画は昔見たのだが、博物館を見て回ってもシナリオを思い出せなかった。案内してくれた男の子の説明を聞く限り、カレンは「貴族の夫の財力でアフリカン・セレブライフを送り、事業に失敗し、奔放に恋して最後は性病で死んだおばちゃん」だったが、自伝作品が映画になり、博物館も残したくらいだから、魅力あるひとだったのかな。

【追記】このくだりについて、後に「アフリカの日々」を読んだ時、それがあまりに素晴らしい随筆で、わたしったら、なんて失礼なイメージを書き散らしたのかと反省した。作者はアイザック・ディネーセンとなっているが、これはカレンのペンネーム。本当におすすめの一冊!

その博物館の周辺には、ケニア独立後も居心地がよくて留まる白人がたくさん住んでいるらしかった。ランチに立ち寄ったガーデンカフェで、奥の席を占領していた白人のマダム集団はいかにもジモティらしく、さりげなく盗聴した話のネタは、夫に関する悩みやら、ショッピング自慢やら。彼女たちがここでやわらかい風を受けながら井戸端会議できるのも、もとをたどればカレンが町をつくったおかげなのかも。

しかし、そんな小さなスポットを見れば見るほど、この大陸における資本主義は、ベトナム麺のスープに混じりきらず分離して浮いている、赤いラー油みたいに、馴染んでいない印象が強くなってきた。

カレンの町は、車窓を通してみてきた広大なサバンナの摂理から隔離された、優雅でお金のかかる「ラー油地区」だった。そんなところを半日ちょろちょろしたくらいでケニアのなにを知ったとも言えないが。

空港に行く前に、ジョージに頼んで、ナイロビの市内を車でひとまわりしてもらった。アフリカ三大都市のひとつに名を連ねるナイロビの中心地は交通量も多く、病院や学校や政府系の建物が密集した地域を囲むように、大型のショッピングセンターやガソリンスタンドが立ち並ぶ。しかし、道のそこここには、虚ろな目で座り込み、寝ころがっているのに誰も気にかけていないようだった。

市街地東部のゆるやかな丘陵の一帯は、傾きかけた日を浴びてオレンジ色に輝いていた。「きれいだなあ」と呑気に眺めていたわたしは、そのキラキラしているのが、近くでみると密集したトタン屋根の照返しであることに気がついて息をのんだ。ジョージが、それは「キベラ」だと教えてくれた。何のことか分からず聞き返し、それが世界最大の都市型スラムの名前だと知った。

咄嗟に思ったのは「ここに住むくらいなら、自給自足のサバンナ暮らしの方が幸せでは?」ということ。山のこと以外無関心で、たまたま行き当たった旅先の光景に、浅いところで思考停止して「???」混じりの衝撃だけが残った。

帰国後、調べた。ナイロビ郊外のキベラスラムの住民は推計30万人(なんと世田谷区人口に匹敵)ケニア人の三大死因は、肺炎、下痢症、マラリア。(下痢だと!?)成人のエイズ感染率は15%。頻繁な旱魃で発生する飢餓。途切れることのない民族紛争。世情不安に伴う窃盗団の暗躍。そして、歴史の因縁。英国植民地時代、米国の金銭的援助漬けは産業育成には繋がらず、自分の足で歩く力を失い、インド資本に牛耳られるケニア経済の現在。(【追記】2006年当時。2016年現在は、もしかしたら中国資本がきてるかも)

過酷な自然に追い立てられた人間が、大国のエゴにぶつかって吹き溜まる。あのオレンジ色の町のど真ん中に生を受けたら、とても自力では貧困の鎖から逃れられる気がしない。目にしたものが腹落ちするまでに時差があったが、わたしははじめて、「資本主義の膿のような構造的貧困」が、今そこにあることを認識した。実は「リッチな国に生まれてラッキー」でしかない自分は、それに対して、なにができるのか。すぐに答えは出せなくても、考えていこうと思った。

【追記】それから10年。相変わらず勤労納税することに加え、それ以上にいいことを思いつかず、毎年、自分で選んだ団体にできる寄付をすることだけ、続けてきた。一度募金したらストーカーみたいにDMを送ってくる団体には閉口して、やっぱり、なんだかなあ、と思いながら。

※ 写真はキベラでははなく、セントラルパークを望むナイロビの中心地。

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