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『神様の罠』ミステリ短編集 レビュー


私は短編集に魅力を感じています。

作家が作品を寄せ合う短編集。好きな作家がいるから買うのも楽しいし、気になっていた作家がいるから買うのも楽しい。それが他の作家の作品を読むことに繋がり、新たな出会いの場としても優秀です。

今回紹介する『神様の罠』は六人の人気作家が集まり、それぞれミステリを持ち寄った短編集です。ミステリ好きの私にとって「短編×ミステリ」である本作はまさに大好物な組み合わせでした。

この記事では読書感想文感を出そうと思い、六作全て四百字ぴったりで感想を書きました。どの作品も魅力的だったので書くことを絞るのが難しかったですが、作品に少しでも興味を抱いてもらえたら幸いです。

「夫の余命」乾くるみ

死が二人を別つまで。
「誓いの言葉」のその一節が、わたしたちには重かった。

二度と愛し合うことがなくなった今、わたしは虚しいだけの存在になり果てていた。

「夫の余命」は、パートナーが余命宣告を受けていながらも結婚した夫婦の物語です。

本作の一番の特徴は、パートナーが亡くなっている場面から始まり、過去に向かって話が進んでいくことです。

入院生活、結婚生活、結婚式、プロポーズ、付き合っている時まで思い出が巻き戻り、読者の想像を超える展開を迎えます。過去に遡るごとに段々と起こったことが解き明かされる感じがミステリーっぽくて、読んでいてワクワクしました。

読み終わった後、読み手によって感じ方が変わりそうな作品なので、読み終わった人と感想を語り合いたいです。

ご飯を食べる量が減り、見るからに以前よりも痩せている夫。ズボンのサイズが合わなくなってきてるけど、新しいズボンを買ったって、それを穿いた彼の姿は見られない。


「崖の下」米澤穂信

殺人者はあらゆる方法で凶器を隠そうとする。まるで、そうすれば罪そのものも消えてしまうとでも思っているかのように。

「崖の下」の舞台は、凶悪な氷柱が垂れ下がる雪山のスキー場。そこへ遊びに来ていたスキー客が殺された事件を捜査する物語です。

「凶器がない」

雪山の崖の下で発見された他殺体。遺体には刺し傷があるが、刑事がいくら調べても凶器が見つからない。そして犯人も特定できない。無数の情報が思考の中で渦巻いていく。

至る所に不審な点がある。序盤からいくつも伏線が張られており、刑事が捜査をしていく中で伏線を回収していくのが気持ちよかったです。

毒の作り方や斬新な凶器の隠し方。刑事がどのように事件を捜査しているのかを知れて、物語とはいえ、私からすると新鮮な体験ができたような気がします。

「ばれたんだ!」と叫んだ。

結末は虚無。読後感が静かで、読み手の私は置いていかれた感じがして、終わり方が堪らなく心地良かったです。


「投了図」芦沢央

将棋のタイトル戦が近づいて盛り上がる街に、ある日嫌がらせの張り紙が貼られていた。

その文字が、夫の書く字に似ている。

いつもとは違う不可解な行動。
あの人は今、何を考えているのだろう。

「投了図」は、街に嫌がらせをした犯人が自分の夫ではないのかと不審に思う妻の心情を描いたミステリです。

自分の家族が街に嫌がらせをしているかもしれない。コロナ禍だからこそ起こってしまった悲しくて切ないお話。

将棋は投げ場を求める美学がある。

本作はミステリだけでなく、将棋も大切なテーマを握っています。もしもあなたが将棋好きなら本作を強くオススメします。芦沢央の将棋をテーマにしている作品はいつも視点と考察が鋭く、新たな学びを与えてくれます。

もちろん、将棋を知らない方にもオススメできます。芦沢央の文章は将棋に免疫がない人も物語にのめり込ませます。もしかすると、読み終わった時には将棋に興味を抱いて始めている方もいるかもしれません。


「孤独な容疑者」大山誠一郎

藤白という名前を目にすると平静ではいられない。
二十三年前、私は藤白亮介という男を殺したのだ。

「孤独な容疑者」は、借金をしていた男が急な催促に逆上して殺害するミステリです。

「孤独な容疑者」の主な登場人物。
・借金をしていたことを忘れるほどズボラな、競馬好きの久保寺。
・相手が苦しむ姿を見たいがために金を貸して、相手が苦しむタイミングを見て催促をする藤白。

恐怖と怒りが爆発した。

勢いで藤白を殺害した後、我に帰って焦りだす久保寺。考えた久保寺は他人に容疑がかかるように仕向け、捜査を撹乱します。彼の思惑通り事件は時効を迎えますが、物語は思いもよらない展開を迎えます。

序盤から所々に伏線が張り巡らされており、段々と辻褄が合っていくのがミステリっぽくて気持ち良く、結末は気持ち悪くて自分好みの作品でした。改めて借金の恐ろしさを再確認させられました。

いつも私に笑いかけてくれる沙耶は、今は私を見ようともしなかった。


「推理研VSパズル研」有栖川有栖

推理研とパズル研。似て非なるミステリとパズル。「推理研VSパズル研」はお互いの誇りを懸けた謎解き対決の話です。

パズル研が出したミステリ。推理研としては解けなかったらメンツが丸潰れ。だったが、部長の登場であっさりと解けてしまった。

しかし、

「謎は解けてないやないか。いつ、どこで、どうしてこんなことが起きたのか。推理しよう」

謎の無茶振りで物語の背景まで考えることになった推理研。その正解のないやり取りがすごく面白い。彼らは物語のふくらみや面白さまで考えていて、読むだけでミステリの考え方が学べる気がします。

そして何より会話がかっこいい。いつも推理小説を読んでいる影響なのでしょうか。推理研の人たちはみんな言い回しが独特で知的です。私も日常の会話でパッと知的なことを言ってみたくなりました。

推理研の会話を読んでいるだけで頭がよくなった気分になれる本作は、会話の面白さだけでなく、内容でも学びの多い作品です。


「2020年のロマンス詐欺」辻村深月

微かに心が傷つく感じがあった。
けれど、その傷に浸る間もなく、次の言葉が耀太をさらに戦慄させた。

『2020年のロマンス詐欺』は、大学生を傷害の疑いで逮捕した。という見出しから始まる、詐欺にまつわるお話です。

『助けて、私、殺される』

物語の主人公は冴えない大学生。コロナの影響で大学も行けず、バイトも出来ず、さらには親からの仕送りも減ってしまい、不安に体が蝕まれていました。

そんなある日、かかってきた一件の電話が彼の人生を狂わせます。

『2020年のロマンス詐欺』は、よく聞くような詐欺だけでなく、以前ニュースになっていた持続化給付金詐欺の話題も出てきます。この作品を読むと犯罪への予防になりそうです。

ぽつりと落ちた呟きに、心臓が凍った。

コロナのストレスを正当化させて犯罪を犯してもよいわけがありません。『2020年のロマンス詐欺』は、私たちの身近に迫っている危険を警告してくれている作品のように感じました。


おわりに

まるで神様が罠を張ったかのようなミステリの数々。どの作家もそれぞれの個性が出ており、満足の一冊でした。

神様と呼ぶのは語弊があると思いますが、私は作家の方を尊敬しています。文章を書くことの大変さは、書く側になって余計に身に染みて実感しています。作品を考えるのがどれだけ大変なのか、想像を絶するものだと思います。

だから私は一生懸命考えて書かれた作品に尊敬の念を抱いており、その魅力を伝えるために感想を書き続けます。愛を持って伝えようとする脳味噌は必死なのです。

冒頭でも言いましたが、私のレビューで誰か一人でも興味を抱いてもらえれば、私にとってはそれが幸いなのです。

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