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『みんな知ってる、みんな知らない』 チョン・ミジン レビュー



自分が苦しんでいたという事実を、自分以外のみんなは知っているのに、当事者の私は知らない。

自分だけが知らないという恐怖は、他のいかなる感情よりも恐ろしかった。恐怖が膨らむにつれ、絶望も膨らんだ。

記憶を失っていたヨヌは、一人苦しんでいた。


「あらすじ」

『みんな知ってる、みんな知らない』は、少女が軟禁されていた49日間を紐解くサスペンスミステリーです。

主人公は、誘拐されたヨヌと、森の奥に取り残されたユシン。姿を消していた二人の少女は、辛い出来事の影響で記憶を失っていました。

月日が経ち二十年後、あることがきっかけで封印されていた記憶が蘇り、恐ろしい事実が発覚し、彼女たちを蝕み、事態が動き出します。

交わっていなかったはずの事件が、記憶が蘇るほどに繋がっていく。

 ああ、この子は壊れてしまった。
 この子は私のせいで壊れてしまった。
 空っぽになってしまった。


「記憶」

ひどいやけどを負った患者にはやけどそのものよりつらいことがあるという。

『みんな知ってる、みんな知らない』は記憶がテーマとなっている物語で、ヨヌとユシンは辛い記憶を背負っています。

私にとって彼という存在は、想像の中の不確かな恐怖だった。

九歳のヨヌは、周りは知っているのに自分だけが知らない、自分が体験したはずの出来事に怯えていました。記憶を失い、一人苦しんでいたのです。

毎夜悪夢にうなされている。
何をどうすれば、この恐怖を拭い去ることができるのだろう。

あることがきっかけで記憶が蘇る。
はっきりしてくる記憶と溢れ出す感情の折り合いがつかず、気持ちを落ち着かせるのに必死。苦しい。

ふにゃふにゃだった生地が熱湯の中で固まっていくように、記憶がだんだんしっかりしてくる。

 意図的忘却
人間はショックな出来事があると、生き延びようとしてその記憶をわざと消すんだって。戦争を経験した人や、自然災害で罹災した人にもそういう症状が起こるって。

私にできることは、もう一度すべてを忘れ去ることだけ。


「写真」

写真は記憶する手段のひとつです。

誰も覚えてくれなくても、写真だけはずっと覚えていてくれます。綺麗な空を、素敵な風景を、好きなあの子を、忘れたくない時間を写真の中に留めることができます。刹那的でロマンチックです。

割れたレンズの破片が少年の涙のようにきらめく。

『みんな知ってる、みんな知らない』の登場人物も、記憶を留めておけるように、それぞれが思い思いの写真を撮っています。

ヨヌは、笑う赤ん坊、走る犬、歩く老夫婦など、できるだけ前向きな写真を収めて韓国を離れようとしました。町でのつらい記憶を捏造できるように。

ヨヌを軟禁した少年は、ヨヌに身震いするほどの魅力を感じて、夢中になって写真を撮り続けました。ヨヌが半袖を着ている時期から長袖を着ている時期まで。少年はそれを見て、くすりと笑います。

男はヨヌの写真を、子が母に抱きつくように、母が子を抱くように抱きしめる。

撮った写真は、いつでも好きな時に眺めることができます。人は忘却の生き物。私たちは記憶を留めるために写真を撮り続けているのでしょうか。

少年は少女の後ろ姿に向けてカシャッ———とシャッターを切った。

 本作の見どころ
被害者側だけでなく、加害者側の生い立ちや心境を描いているのも本作の見どころ。それぞれの人生を垣間見れるのが小説の大きな魅力です。

ヨヌの姿がカメラに収まった。


「希望」

『みんな知ってる、みんな知らない』は、失われていた記憶が紐解かれていく物語です。ヨヌとユシンは失っていた記憶に苦しめられました。

誰も私を覚えていなくても、私は私を覚えているから。それで充分。私の記憶をつかさどるのは私、ゆえに私の人生をつかさどるのも私なのだ。

しかし、彼女たちは記憶に打ち勝ちました。
私はこの物語を読んで感じたことがあります。

ほら、どんな傷も、嘘みたいにいっぺんに消えることはないでしょう?

生きていれば、多少の不幸は必ず訪れます。しかし、それを受け入れ、自分の考え方次第で前向きに生きることができる。私たちはみな、辛い困難に打ち勝つことができる。

私は、この人生の一瞬一瞬をしっかりと生き抜いてみせる。新しい記憶から生まれる新しい人生を築いていくのだ。

おぞましい出来事。その先に垣間見えたのは、彼女たちの心の再生でした。ヨヌもユシンも言っていました。いかなる記憶も、自分の未来の足を引っ張ることができない。と。

私は負けません。不幸に、記憶に。私は負けません。

誰もが日々、辛い記憶や苦しみにあえぎながらも懸命に生きています。彼女たちを見ていると、私もこの先、前向きに生きることができそうな気がするのです。

"負けないで。あらゆるつらい記憶に"

私は辛い困難に遭遇して心が折れそうな時は、この本を読み返そうと思います。そうすれば生きる勇気が湧いてくるからです。私だって、あらゆる不幸に負けていられません。



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