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昭和な友達は友達と友達の友達

1970年代、ゆういちの少年期シリーズ

小三のゆういちが友達んちに遊びに行った実話、四本立て。

⚜⚜⚜ 第一話 ⚜⚜⚜
岡田くんち

彼のお父さんは、この地域で唯一、腕利きの歯医者さんだ。
そのおうちに、僕を含めて同級生数人を彼の誕生会に呼んでくれた。
彼の上品なお母さんが、みんなを並ばせて大きなカメラで写真撮影だ。
「シャッターを切るときにはチーズって言うのよ、オホホホォ」と言って、大阪弁を使わずに上品に教えてくれた。
このとき写真を撮る瞬間に“チーズ”と言うことを初めて知ることになる。
覚えたことは、またすぐにでも実行したくなる僕は、次の学級写真の時に応用しようとすぐに脳に刻んでおいた。
彼の家は、テレビに出てくるようなきれいな部屋で、電化製品は何でもそろっている。テレビがカラーテレビだから、彼は絵を書く時の色使いがいいのだろうか。
彼の上品なお母さんは、食べきれないぐらいのたくさんのケーキを振舞ってくれた。

数か月後、歯が痛くなりシーシーしていたら、お母ちゃんから首根っこを掴まれ、彼のお父さんの岡田歯科に連れて行かれた。
先生は「ケーキの食べ過ぎやなあ」と言って僕のせいにした。


⚜⚜⚜ 第二話 ⚜⚜⚜
松林くんち

彼は背が高く温厚な性格で、僕らの草野球チームのキャプテンを務めている。身長の助けもあってスポーツは万能なようだけど、飛び抜けて上手というほどでもない。
手に届くぐらいの存在だから親しみやすく気の合う友達だ。
僕のボロアパートの目と鼻の先にたこ焼き屋が入っている雑居アパートがあり、彼はそこに住んでいる。たこ焼き屋と同じ屋根の下なので羨ましく思っているけど、みんなからタコアパートと呼ばれているので甚だ中途半端だ。

今、両親はいないので遠慮なしに上がれといって僕達を招き入れてくれた。
薄暗い部屋なので、何があるのか気になってキョロキョロしていたら、突然、彼は四次元の世界の話を始めた。だから電気を点けなかったのか。

その話はこうだった。
この世の中には四次元の世界に入ってしまう透明な扉のようなものがあって、一度入ってしまうと、方向や出入り口が分からなくなり、この世界には二度と戻って来られないという。

その話を聞いてから、四次元の世界のトラウマになってしまった。
さらには、そのことを口にすることさえ怖くなり震える。
それからは、彼と野球をする度にその話を思い出し、三振した瞬間に四次元の世界に入ってしまいそうで野球どころではなくってしまった。

しかし、この時なら四次元の世界に入ってもいいと思うことがあったのだ。
それは、夏になると避けては通れない学校の水泳の授業だ。
水泳着への着替えをパンツ抜きするのはお手の物だけど、恐怖のシャワートンネルをくぐるとき窒息寸前のパニック、恐怖の飛び込み、致命的な鼻や耳への水の進入。
水泳の日だけは、交通事故で骨折してでもいいから何がなんでも理由を作って休みたいが、お母ちゃんはそういうことには厳しいので、連絡帳に“体調不良”と書いてくれるようにはぜったいに頼めなかった。
水泳の授業を休むためには、この世に帰って来られなくてもいいから四次元の世界に入っていくしかなかった。

ゆういち「あっ、あの、松林くん、あの、四次元の世界に行くにはどうするんや?」
松林「都合のええときには入れへんと思うでえ、それに、あの話ウソや」

その後、四次元の世界は存在しないということを何となく理解し始め、そのトラウマから解放された。
またまたその後、四次元の世界が引き金となったのか、水泳地獄のトラウマに替わっていた。


⚜⚜⚜ 第三話 ⚜⚜⚜
山下くんち

彼から家に来ないかと呼ばれた。
頭が良くて、いつもきれいな洋服を着ている彼に対しては少しだけ憧れがある。
お小遣いは僕の五日分、五十円もらっているのも理由のひとつだ。

車の行き来が少ない道路に面し、電気が消えた市場のような暗いトンネルに案内され、急に暗くなり中が何も見えない。
暗いのはそのうち目が慣れるからいいけど、今まで臭ったことがないような、強烈なすえた臭いが鼻を衝く。この世の全ての臭いを混ぜるとこんな臭いになるものかと思うぐらい。食事、生肉や生魚、衣服や寝具、ひとの体臭、残飯、バスの車内、屎尿<しにょう>、犬猫や金魚鉢、カエルのしょんべん、カナブンのクソまで。

その暗い通路は三和土<たたき>のようで、両脇はお隣さん同士なのか、それぞれが縁側のような造り、もう少し進むと辻になっていて先の両側も縁側のようになっている。
この市場のような建物は真ん中が辻で四世帯だろうか、どこにも玄関らしきものがなく、襖と障子と通路がそれぞれの世帯を分けている。

猫のように大きく瞳孔が全開したので、視界の中には数名の住人か妖怪らしきものがモゾモゾと動いているのが確認され、自身の鼓動が大きく聞こえてきた。
奇妙なお化け屋敷というか、光の届かない地底王国というか。妖怪のような住人はどこからどこまでが家族なのか、どの人が他人なのか知り合いなのかも感じ取ることができない。
彼に聞いてみたかったが、適切な質問のしかたが頭に浮かばなかった。
砂かけババアのようなお婆ちゃんにお辞儀をして湿った通路を進んだ。

奥の方で、おいでおいでと手招きする彼はきれいな洋服を着たゲゲゲの鬼太郎のようだった。

⚜⚜⚜ 第四話 ⚜⚜⚜
堀内くんち

彼は自称、科学の天才だと言い散らかしている。
しかし、残念ながら彼は科学が好きなだけで天才の域には達してないと思う。

夏休みに僕たち家族が、鹿児島に帰省したときに桜島の小さな溶岩を持って帰り、試しに、その溶岩の鑑定を彼に依頼してみたことがあった。
鑑定は専門家へ依頼したように一晩じっくり調べられ、次の日に「これ、溶岩ちゃうで」とニコニコしながら突き返してきた。
渡した溶岩は本物で、彼に対してリトマス試験紙として使ったのだ。科学が好きなだけで、天才ではないということを知ることができた。
心の中で誰にも聞こえないように笑ってあげた、チッチッチッチッチッチッ
科学に関しては、リトマス試験紙の使い方を知っている僕のほうが一枚上手だった。

彼をいびると、その反応が面白いので学校ではよくいじめている。でも時々、とろけるような笑顔で興味深い科学の話をしてくれたりするのでバランスよく付き合っているが、いじめだけはやめてほしいと思っているようだ。

その彼から家に遊びに来ないかと呼ばれた。
彼の静かな一軒家に案内されたら、お母さんがにっこりと、いらっしゃいと言ってくれた。
数人の輪の中に、彼のお母さんが「食べてね」と言ってミカンを小盆に乗せて持ってきてくれた。

彼は、「食べや、食べ、食べ」と言いながら自分のミカンを素早く剥いて、剥いた皮をまるめて僕の顔に思いっきり投げつけてきた。僕が爪をたてたばかりのミカンは手からこぼれてコロコロと何処かに転がった。ミカンが運ばれて来てからその皮が僕の顔にヒットするまで一瞬だった。広島の衣笠が三塁線に打ち巨人の長嶋がそのサードゴロを拾ってファーストミットに収まるまでの時間と同じだった。

ペッターンと・・・
僕の前に皮がペロペロって無残に落ちた。

瞬時には何が起こったのか理解できす、たじろいだ。
彼は、いつもの三倍の笑顔をつくり、僕を指さして挑発したかと思えば、自分の母親が隣の部屋にいるのだと、踊るように身振り手振りした。
彼のそのクネクネした動きが愛らしく、また子ライオンを守る母ライオンを見たような気がして、怒りは沸いてこなかった。
僕を遊びに呼んだのは母親と綿密に計画した罠<わな>であったということがわかった。
みかんの皮からヒットされてからは彼に対しての気持ちに変化があり、これが転機となり、お互い良い関係に向かった。

やはり彼のほうが、もう一枚上手だった。


用語解説

三和土<たたき>:
泥団子のように固められた地面、土間の床。
パンツ抜き:
教室で男子が水泳パンツへの着替えのため考案された着替え手法。下着パンツの上に水泳パンツを穿き、その状態から下着パンツを抜くこと。目的は部位の露出防止。デメリットは下着パンツが伸びてしまい親から叱られる。


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