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【医療機器開発プロセス】 第1章 開発研究編②:原理実証の際の留意点とは?

製品のコンセプトが確立されたら、その中で最も重要な作用原理が実現可能かどうかを検証します。
 検証方法は医療機器の種類や技術の特性によって様々であるため、決まったやり方があるわけではありません。
 また、原理検証は比較的早い段階で実施されるため、現実的なリソースの制限もあります。
 そこで、ここでは、そういった状況も考慮して、原理検証において考えるべき視点について説明します。

原理検証とは、最も重要な作用原理が実現可能なのかを検証すること


製品のコンセプトが立てられたら、その中で最も重要な作用原理が実現可能かどうかを検証
します。ここで「重要な」とは、製品が目標とする成果を達成するために必要不可欠な作用原理を指します。この作用原理が成立しなければ、製品コンセプト自体が成り立たないということになります。

たとえば、新しいがん治療技術の場合、腫瘍を壊死させて癌を治療するために物理エネルギーAを投与するというコンセプトを考えます。この場合、物理エネルギーAを腫瘍に与えたときに腫瘍が壊死するかどうかを検証する必要があります。

作用原理を検証する段階では、腫瘍の壊死が再現可能かどうかを中心に考え、十分な壊死が起きるかどうかはあとで考慮することにします。原理的な作用が確認された後は、作用を最大化するための条件を見つけることが検証の次のステップとなります。このようにすることで、検証プロセスがシンプルになります。

次にこういった原理実証を行う際のいくつかの留意点について、ご紹介したいと思います。

作用原理が実証された際の臨床的な意義についても留意する


原理検証の段階で、もう一つ意識しておくべき前提があります。それは、その医療機器によって実現される作用が臨床的な意義があるかどうか、という点です。

悪性腫瘍の壊死の場合は、それが腫瘍縮小につながり、腫瘍縮小は生存期間の延長やQOLの向上につながるというエビデンスが多くあるため、臨床的意義は確かにあると考えられます。

では、例えば、疾患Bの診断に必要な血中の微量な生化学物質Cを蛍光試薬により簡易に測定できる新規の検査技術Dの開発をしているとします。新規の検査技術Dで測定した蛍光量と物質Cの量に相関があることを明らかにした場合、この検査技術が疾患Bの診断にどの程度役立つかを語るには、疾患Bと血中の物質Cの量に相関があるかどうかが重要になります。

疾患Bの重症度と血中の物質Cの量が相関するというエビデンスが多くあり、専門家の間でコンセンサスが得られている場合、物質Cの測定は疾患Bの診断において臨床的意義があると考えられます。

もし、疾患Bの重症度と血中物質Cの量の相関のエビデンスが弱く、コンセンサスが得られていない場合、検査Dによって血中物質Cの測定がいくら正確にできても、それは臨床的には疾患Bの診断につながらず、あまり意味のない検査になってしまいます。

このような場合、新規の検査技術Dで測定した蛍光量と物質Cの量に相関があることに加えて、疾患Bの重症度と血中の物質Cの量が相関することを確認することも重要になります。

このあたりのお話は第4章の臨床試験編でもう少し詳細にお話しいたします。

限られたリソースで原理実証するための戦略を立てる


原理検証をどのような方法で行うかは、非常に難しい問題です。工学的な試験やシミュレーション、動物を用いた生物学的な試験、人を対象とした臨床試験など、さまざまな検証方法があります。一般的に、臨床に近い情報を得るには、費用や時間などのコストも大きくなります。


原理検証を実施するフェーズでは、大学や企業でも資金や人手が限られていることが一般的です。2、3人のチームで数十万円~数百万円の経費をかけて実施するイメージでしょうか。そのため、最初から臨床試験を実施することはほぼ不可能です。

限られたリソースの中で、コンセプトの作用原理を示し、実現性を訴えることで、次のフェーズのために資金や人手を獲得しなければなりません。そのためには、既存の情報を可能な限り利用してロジックを構築し、目的を本当に肝心な部分に絞ってシンプルな検証試験系で実施するといった戦略が必要になります。

代替法を用いる時には目的に対する妥当性とその手法の限界を把握しておく


上位の(臨床に近い高コストの)検証方法を下位のコストのかからない検証方法で代替することで、コストを掛けずに有意義な情報を得ることができます。代替手法としては、臨床の病態を模擬した動物モデルや評価系、体内を模擬したシミュレーション評価系などが有用です。

ただし、それらがどの程度正確に臨床の病態を模擬できるのか、それらで検証できる限界はどこかを十分に把握しておく必要があります

動物モデルでは、疾患Xの分子Yに関わる炎症を模擬するラットなど、臨床病態の一部分を模擬するものが多く存在します。例えば、分子Zに関わる炎症について検証する場合でも、必ずしもそのモデルラットで検証することが妥当であるとは限りません。

また、シミュレーションにおいては、シミュレーションが含んでいる仮定が検証する内容に適しているのか、その仮定を置いたうえで、目的とする検証をするときに、実際の病態に対する妥当性が担保できるのかなどを確認する必要があります。

人を対象とする研究では、目的や手段を絞ることで臨床試験ほどのコストをかけずにデータを得ることができます。例えば、既存の診療データを後ろ向きに分析する方法や、通常の診療の範囲内でデータを取得する観察研究、医療行為を行わずに機器のユーザビリティをヒトで確認する試験などがあります。(ヒトを対象とした研究手法については、第4章の臨床試験編で詳しく解説します)

既存情報はフル活用すべきだが、再現性には注意


原理検証や検証試験において、既に承認された医療機器の開発情報や論文などの既存の資料は貴重な情報源です。

承認申請資料概要(STED)は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)から入手可能であり、新規性の高い医療機器申請区分については、PMDAのWebサイトから入手できます。その他の申請区分については、開示請求をすることで入手できます。

医療機器 添付文書等情報検索 | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 (pmda.go.jp)
法人文書開示請求の流れ | 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 (pmda.go.jp)

日本で承認されていなくても、米国で承認されている場合は、FDAのサイトから審査資料を入手できます。日米は公的機関が医療機器承認の審査を担っているため、情報公開が進んでいますが、欧州は民間の認証機関が各メーカーと契約して審査を行っているため、申請資料の入手が困難です。

Devices@FDA

論文については、PubmedやGoogle Scholarなどの論文検索サイトから検索し、出版社等から入手できます。

PubMed (nih.gov)
Google Scholar

過去の資料を参考にする際には、その再現性に注意すべきです。Natureダイジェストの記事では、医学生物学論文の70%以上が再現できないという調査結果が示されています。論文があるからといって、自分で確認せずに次のフェーズに進んでしまうことはとてもリスクの高いことだという認識を持っておくことが重要です。重要な試験については、論文があっても再現性を確認することをお勧めします。

医学生物学論文の70%以上が、再現できない! | Nature ダイジェスト | Nature Portfolio (natureasia.com)

まとめ


原理検証方法は医療機器の種類や技術の特性によって様々であるため、決まったやり方があるわけではありません。また、原理検証は比較的早い段階で実施されるため、現実的なリソースの制限もあります。今回説明した視点を踏まえて、原理を効率的に実証し、次のフェーズに進むためには、戦略的に考える必要があります。このような戦略的思考が、開発者の腕の見せ所と言えます。

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