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隣の芝を睨みながら歩んでいく。スター/朝井リョウ

「わたし、YouTuberになりたいと思うのよ」
「ふぅん」
「ありきたりな独り言すぎたのか反応が薄いわね」
「それはYouTuberになりたいじゃなくて、不労所得で生活したいってことだろ?」
「おしい。ちやほやされながらお金を使うことでお金を稼いでちやほやされたいの」
「あぁ、それはYouTuberしかないね。頑張って。応援してる。ばいばい」
「ちょっと、興味を示しなさい。そして話を掘り下げなさい。本題の本紹介ができないじゃない」
「本だけにね」
「本だけに」
「申し訳ないけど"本"当に興味がな…」
「わたし、YouTuberになりたいのよ」
「……」
「わたし、YouTuberになりたいのよ」
「……」
「わたし、YouTuberになりたいのよ」
「……どうしたの」
「わた…よく聞いてくれたわ。あなたのことだから低脳のお前が考えてるのは不労所得だろとか煩悩ツッコミが入るかと思った」
「閉じても消えないページをクリックしてるような、部屋が赤く染まりそうな気配がしたんだけど」
「あら懐かしいネタを出してきたわね。ところでまだ私たちの年齢設定は決まってないのだけれど、そのネタせいで三十路前後の男女がちちくりあってることになってしまうわ。元ネタがわからない人にとっては私が傷害致死っちまう古き良き暴力系ヒロインの烙印を押されてしまう」
「じゃあ今のは忘れてくれ。無理にネタを詰めようとしたせいだ。さっさと本題に入ろう」
「本だけにね」
「本だけに」

「朝井リョウのスターを読んだの」
「ああ、最近文庫になったやつだね」
「あら?あなたも本を嗜む文学少年の設定なの?これじゃ私が立つ瀬がないじゃない」
「今僕たちは勢いだけで語らされているから何も決まってないんだ。僕は本好きな高校生かもしれないし、実家が本屋の大学生かもしれないし、電車の中吊り広告が大好きな中年かもしれない」
「中年だけは勘弁してほしいわね。一応わたしは文学少女のつもりだから中吊り広告に欲情するおじさんとサシで会話してる絵面はキツいわ。ところで中吊り広告の何に興奮するの?"中吊り"の語感?」
「僕も自分が何者なのかまだ分からないけど、君の口から出てきた『ナカズリ』に全く心が踊らなかったのは確かだ」
「それはよかった。安心したわ。なるほどあなたも自分が何者か分からない…ね」
「朝井リョウだけに」
「ひとまず朝井リョウを存じ上げてる男の子ということで話を進めるわ」

「このスターは2020年に朝日出版から出された朝井リョウ(30)の作品ね」
「ついに朝井リョウも30歳か。『桐島、部活やめるってよ』で作家デビューしたのは大学在学中だっけ?」
「そう。ほんとムカつくわよね。そのあと、ろくに就活してないくせに『何者』を書き上げるんだから」
「僕たちって何歳の設定なんだ…」
「若者を軸に物語を組み立ててきた朝井リョウもついに30代。『スター』は新天地に向かうためにこれまでのスタイルとお別れするための作品って印象を受けたわ」
「若者軸で書かれる最後の作品ってこと?」
「そんなかんじ。この次に出た長編『正欲』を読むと、とんでもない新天地に行ってしまったことがよくわかるわ」

「主人公は対比構造を持った2人。映画が身近にあった立原尚吾と撮ることが身近だった大土井絋、2人の映画クリエイターの視点から物語は展開されていくの」
「あれ、YouTuberじゃなくて映画クリエイター?」
「そう。始まりは共同監督で作品を作りるチームだったんだけど、大学卒業後にそれぞれ違う道を進むのよね。尚吾は有名映画監督のチームで揉まれるのを選んだ反面、絋は地元の島に戻ってプー太郎として過ごす中でYouTubeと出会うの」

 国民的映画スターが知られていない島。そこで暮らす母親には、お気に入りのYouTuberがいる。
スター/朝井リョウ  p.42

「絋は持ち前のセンスですぐ頭角を表して、投稿したYouTubeの波紋が尚吾に届くまでそう時間はかからなかった。そもそも映画とYouTubeって同じ映像作品でも全くの対極にいるのよ」
「んーそれはまあ場所時間が限られる映画と限られないYouTube。もっと大きい違いは有料と無料か」
「タイパとかいう言葉が流行る現代ではどうしてもYouTubeの方が生活に身近で影響力があるのよね。どっちが優れてるとかじゃなくて。手軽で短い映像作品が評価される事実に映画サイドにいる尚吾は悩んでしまう」

「ないものを、あるように見せることがうまい奴らが、どんどん先へ行く」
p.122

「綺麗にミンチされた皮肉が詰まった言葉だ」
「だけど絋もまたクオリティが求められない即物的な環境に不満を抱いていた。その時今度は尚吾が担当した映像作品がメディアで取り上げられるの」
「お互いに隣の芝を睨みながら歩みを止めないって最高のライバル関係だ。そしてこれは最後に同じ芝を二人三脚で進み始めるパターン」
「さぁあ⤴︎て!、ソレハドウカシラ」
「サザエさんのテンションからの急落」

「では、感想をいいます」
「急なですます調だと誰か分からなくなるな。新キャラかと思ったよ」
「星、3つ」
「何点満点の」
「星5満点の星3つよ。フツーに面白い。半年後には大半を忘れちゃうだろうけど、書店で表紙を見かけたら読んだなぁと思い出す作品…とでも。ちなみにミシュランは星1つでも名店よ」
「フツーの捉え方がちょっと後ろ向きすぎない?」
「そうね。せっかく時間を費やしたんだから心をもっと抉って欲しかった。大きな不満はそこかしら。"勝ち組の成長物語"だったせいでエグ味が足りなかった」
「勝ち組って……」
「そもそも主人公のスタートが学生時代に実績を残したクリエイターですから。もうその時点で彼らは自分は何者なんだろうという若者特有かつ最大の悩みは解消されちゃってるのよ。朝井リョウなのに」
「朝井リョウに何者を求めすぎだよ」
「新社会人の最大の悩みこそ自分は何者なんだろうじゃない?答えもないし生産性のないことで悩み続けて時間を無駄にするのが20代の特権じゃない?スターに出てきた2人みたいに"悩むべきことに悩んでる"幸せな若者は眩しすぎて…」
「とんだ捻くれ文学少女だった」
「ちゃんと少女設定は覚えててくれたのね。ところで少女しかり女子って何歳まで呼称に使っていいと思う?」
「自分が許されるか確認を取ろうとしてる時点で少女感が薄れてるよ」
「じゃあ今のなし。とにかく順調っぷりが鼻についたわね。乗り越えられる程度の綺麗な壁が丁寧に用意されてるような展開じゃエグ味が薄い薄い」

「そういうことを根詰めて考えられるのって、人生の中で本当に一瞬なんだよね。世界と向き合うとき、こちら側が自分ひとりだけでいい時間。立場とか責任とか生活とか、そういうことを脱ぎ捨てて世界と向き合える時間」
p.190

「このマーカーをすぐ引いてしまいそうなお言葉も、『いや普通は向き合う世界がどこにあるかわからねーんだよ』と思ってしまうわけ」
「とりあえず君が捻くれ者ってことは分かった」
「"君"って……ちゃんと、わたしの名前で呼んで…よ」
「いや知らんし」
「そうね私も知らなかったわ、自分の名前」
「君が本好きの文学少女という情報しか知らないし、ましてや僕自身の情報はもっと不明だ。はたまた僕は男かも怪しい。一人称が僕の女の子かもしれない」
「それは大丈夫。僕っ娘に全く萌えない人だから、あの人は」
「君は何者…」
「ただ今、分かったことがあるわ。私は筆者の陰的な部分担当。あなたは陽的な部分を担当してるの。つまり私たちはこのブログの筆者の代弁者、ついでにラノベ風口調の練習を兼ねた練習台ね」
「完全に代弁者の役割を全うしてる」
「ほんとクソみたいなつまらない世界に生み落としてくれたわね。さっさと自分のセンスのなさを認めてこの第一話で世界を終わらせてくれないかしら」
「ん、辺りが暗くなってきた。なるほどそろそろ終わるみたいだね。ほんと飽き性だから突然終わらせようとする。他の記事だと特に顕著だ」
「はいはい総評ね。SNSを中心とするコンテンツのシステム、その構造を解明しながら進む話は面白かった。新旧のエンタメに優劣をつけることなく、また片方を否定することなく、映像によって感動を与えたいという共通項で結ばれた2人が再会を果たすシーンは感動的だった。それは嘘じゃない。
だけど、わたし(陰)としてはあまりにも"環境が整ってる人たち"のお話すぎて心に深く残るものはなかったわ。以上」
「さすが代弁者」
「あの人は陰の比率が高いからどうしても私が雄弁になっちゃうのよ…」
「じゃあ陽の代弁者を務める僕がペラペラ話す時があれば、その日彼の調子がいいってことだ」
「それは、そうね」
「なるほど、躁ね」

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