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あんときのフィルムカメラ 旅立つには最高の日 FUJIFILM FUJICA GER

旅立つには最高の日

 先日、作家・翻訳家の田中真知さんの新刊『旅立つには最高の日』を読み終えました。同書は、1990年代にエジプトに暮らし、現在に至るまで世界各地を旅してきた著者が、たいせつなものとの出会いと別れを描いたエッセイ集、紀行文となります。

 過日、僕は、次のようツイートしましたが、

田中真知『旅立つには最高の日』三省堂。あらゆるものからの旅立ちを促す優れた紀行集。エジプトのコプト教会修道院から認知症病棟の「光の庭」まで。様々な「別れ」がこれほどまでに愛おしく美しく描写された本ははじめて。「そろそろ帰らなくちゃいけないでしょ」。この言葉を味わいたい。美しい本。

 実に、「美しい本」です。

 おすすめは、紀行の真っ只中のアジアでもアフリカでもなく、日本を舞台とした「チロはアメリカへ行った」と「光の庭」。前者は、おそらく著者の少年時代の追想がもとにされたもので、後者は家族との別れを綴ったものです。

 やがて体調がすぐれなくなって、庭には出られなくなったけれど、母と過ごす病室はや談話室には、春の日の庭のような光があふれているように感じられた。ようやく母は光の庭に出られたのだ。
 母はぼくの手を握って「わたしは幸せ」となんどもくりかえした。そういわれることにはついに慣れなかったけれど、亡くなる前の最後の一年に与えられたそんな時間は、やはり恩寵という言葉でしか言い表せないように思う。
(出典)田中真知「光の庭」、田中真知『旅立つには最高の日』三省堂、2021年、208頁。

 どうですか?

 美しい本ですね。

 もちろん、アジア、アフリカを舞台とした紀行もおすすめです。コロナで出かけることが不自由な現在であるからこそ、活字を通して家で旅ができるのも素敵な経験です。

原っぱ、野球、野良犬、そしてレンジファインダーのコンパクトカメラ


チロがやってきたことで遊び方も少し変化した。原っぱでの野球はあいかわらずつづいていたが、チロが駆けまわったり、飛んでいくボールをおいかけたりするので、ゲームが中断されることが多くなった。野球が上手な者は不満そうだったが、その状況をおもしろがる者も何人かいた。そういう友だちとは気が合った。
(出典)田中真知「チロはアメリカへ行った」、田中真知、前掲書、9頁。


1960年生まれの著者の田中真知さんとは、ちょうど12歳違いますので、世代がひとまわりほど違うのですが、「チロはアメリカへ行った」で描かれる東京近郊に原っぱがあったように、1970年代の讃岐の田舎にも原っぱがあり、クラブとして野球に打ち込むのではなく、草野球を楽しむ小学生が沢山いたと記憶します。

僕は野球は得意ではなく、原っぱでの野球を楽しむことはほとんどありませんでしたが、田中さんのチロような野良犬の姿を見かけることもありましたが、最近ではめっきり見なくなりました。そのことがいいことなのかわるいことなのかは即断できませんが、それでも、1970年代のファミリーは、カメラにでも熱心でなくても、プログラムAE式のレンジファインダーのコンパクトカメラぐらいはあったような気がします。

カメラには熱心ではないので、一眼レフのカメラは使いませんが、家族の思い出を記録するには、カメラが必要という具合で、使いやすいコンパクトカメラが売れたとよく聞きます。

ご多分に漏れず、我が家のそれは、コニカC35フラッシュマチックだったかと記憶しますが、この売れに売れたフラッシュマチックと真っ向勝負となったのが、今回の「あんときのデジカメ」で紹介する1974年発売のFUJICA GERでございます。


拡張できないからこその完成度の高さ

これまでの「あんときのデジカメ」では、基本的にはマニュアル露出で撮影してきたのですが(やや例外がAGAT18Kでしょうか)、今回は、プログラムAE式のカメラとなるため、ピントのみを2重像合致式距離計であわせてしまえば、あとは、完全に

オートマチック

というのが、僕としては非常に新鮮な撮影感となりました。

これまでは、スマートフォンのアプリの露出計でいちいち、露出をきめてからそれをスクショして記録を残してきたのですが、それもできず、果たしてどうなることやらと思いながら撮影を繰り返しましたが、現像に出して帰ってきたネガフィルムを見てみると、驚くほど、正確に画像が記録されていたことに驚きを隠せませんでした。

しかも一眼レフでもない、半世紀ぐらい前のコンパクトカメラなのに!

という具合です。

FUJINON 38mm F2.8 は発色がよく、開放で撮影されたと思しきショットはきちんとボケてい、絞り込まれたそれは非常にシャープネスという具合で、富士フイルムのレンズ造りの本気度を感じてしまいました。

レンズ交換のできるカメラは確かにシステムとしては魅力ある道具です。しかしレンズ交換のできないこうしたレンジファインダー式のカメラの場合、この1台で完結している分、システムとしての拡張に制約はあるものの、システムで補えないからこそ、1台で完結している分、道具としての完成度は高いのじゃないのか知らん?

などと思いながら撮影してみましたが、当時のお父さんやお母さんは、こうしたカメラで少年時代の僕を撮影していたのだろうなあと思うにつけ、そのカメラを21世紀も20年も経過した時代に僕が撮影していることを振り返ると、妙な感覚をも覚えてしまいます。


 夕日を浴びて光る鉄塔をぼんやり眺めていたときだった。突如として半世紀前の記憶が噴きあげるようによみがえってきた。目の前の運動場がかき消え、夕日に光る原っぱが現れた。原っぱの先に鉄条網がのび、その向こうにパステルカラーの「アメリカ」の家並みが現れた。そして原っぱの奥から犬が一匹、こちらに走ってきた。チロだった。
(出典)田中真知、前掲書、16頁。

以下拙い写真となりますが、作例です。

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撮影は2021年6月6日から6月30日にかけて。富士フイルムカラーネガフイルム フジカラー 100を使用。香川県仲多度郡多度津町、三豊市、善通寺市、高松市で撮影しました。紫陽花の咲きはじめた瀬戸内の初夏の情景をスケッチしましたがいかがでしょうか。


氏家法雄/独立研究者(組織神学/宗教学)。最近、地域再生の仕事にデビューしました。