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【100】音楽の話:「22歳の別れ」と3つの「なごり雪」伊勢正三、イルカ、野々村綾乃さん、東西二つの「君が代」 2023.1.8

 この話をしようとしたきっかけは野々村綾乃さんの「なごり雪」を聴いたことでした。
 記事を書くために「なごり雪」の周辺について調べだしたらどんどん話がひろがってしまいました。順を追って書いてゆきますので、恐縮ですがしばしお付き合いをお願いいたします。

1:「なごり雪」の誕生
 知っている人は知っているわけですが、この曲は「神田川」「赤ちょうちん」などを大ヒットさせ、吉田拓郎と共にあの「吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋」6万人コンサートを成功させたことで知られる伝説的フォークグループ「南こうせつとかぐや姫」(南こうせつ、伊勢正三、山田パンダ)の一員だった伊勢正三さんが作詞作曲した曲です。
 かぐや姫が3thアルバムに収録した「神田川」が深夜放送から火がつき急遽シングルカットされてミリオンセラーとなる大ブレークを果たした後。 
 次の4thアルバム「三階建ての詩」の中に、リーダーの南こうせつさんから言われて正三さんが2曲だけ作詞作曲したのが「なごり雪」とあの「22才の別れ」なのでした。
 アルバム発売後、かぐや姫の深夜放送で流すとリクエストが殺到し、レコード会社はこの2曲をシングルカットすることにしたのですが、その時点でかぐや姫は諸般の事情で解散することが決まっており、南こうせつ、山田パンダはソロ活動、伊勢正三は「猫」の大久保一久と一緒に「風」という新しいデュオを結成することとなったので、かぐや姫としてのシングルという形は実現せず、「22才の別れ」は「風」で伊勢正三が歌い、「なごり雪」は別な歌手で行こうという話になってイルカさんに白羽の矢が立ったのでした。
 イルカさんは最初、この曲は正やんの歌だから正やん以外は考えられない私が歌うのは嫌だと固辞していたのですが、伊勢正三本人から「もしなごり雪という曲が好きだったら色々考えずに好きな曲ということで歌ってくれればいいんじゃない」と言われたことで歌ってみる気になったのだと語っています。
 この時イルカさんがやはり固辞して歌うことがなかったら、またこの時イルカさんにはこの2曲のうちのどちらかをという話だったそうで、もしも「22才の別れ」の方を選んでいたなら、その後の両曲の運命も大きく変わっていたのかもしれません。
 そうした数奇な運命のもとに、「22才の別れ」「なごり雪」は伊勢正三とイルカという異なる歌手によってシングルリリースされどちらも大ヒットとなったのでした。

2:「22才の別れ」
 ユーチューブで探して、ほんとうに久しぶりに「22才の別れ」を聴いてみたとき、前奏の石川鷹彦さんのギターが流れただけでもうジンと来てしまいました。正やんのやさしい声、危うい青春のせつない歌詞、やはりこの曲はいつまでも残したい心に染入る昭和の名曲だと改めて思いました。

歌詞を載せさせていただきます。

 あなたに「さよなら」って言えるのは今日だけ
 明日になって またあなたの暖い手に触れたら
 きっと言えなくなってしまう
 そんな気がして…
 私には 鏡に映ったあなたの姿を 見つけられずに
 私の目の前にあった幸せに すがりついてしまった

 私の誕生日に 22本のローソクをたて
 ひとつひとつが みんな君の人生だねって言って
 17本目からはいっしょに火をつけたのが
 きのうのことのように…
 今はただ 5年の月日が永すぎた 春といえるだけです
 あなたの 知らないところへ嫁いでゆく 私にとって

 ひとつだけ こんな私のわがまま聞いて くれるなら
 あなたは あなたのままで
 変らずにいて下さい そのままで

 
3:「なごり雪」
 イルカさんの「なごり雪」、僕は大好きで。今も聴くたびに胸が熱くなってしまいます。イルカさんはテレビで最初に見たとき、男のこなのか女のこなのか迷ってしまいました。「なごり雪」はそんなボーイッシュな飾らないイルカさんが過剰な思い入れをせずに歌うことで抒情に流され過ぎず、とてもよいバランスになったように思います。やはり「なごり雪」はこのイルカさんのオリジナルのシングルが最高だと思います。 

歌詞を載せます。

 汽車を待つ君の横で僕は
 時計を気にしてる
 季節はずれの雪が降ってる
 「東京で見る雪はこれが最後ね」と
 さみしそうに君はつぶやく
 なごり雪も降るときを知り
 ふざけすぎた季節のあとで
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年よりずっときれいになった

 動き始めた汽車の窓に顔をつけて
 君は何か言おうとしている
 君の口びるが「さようなら」と動くことが
 こわくて 下をむいてた
 時が行けば 幼ない君も
 大人になると気づかないまま
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年よりずっときれいになった

 君が去った ホームにのこり
 落ちてはとける雪を見ていた
 今 春が来て 君はきれいになった
 去年よりずっときれいになった
 去年よりずっときれいになった
 去年よりずっときれいになった

4:鏡合わせの「22才の別れ」と「なごり雪」
 この2曲に接し、歌詞を聴いたとき、思うのはこの2曲は同じ出来事を女性の側と男性の側からみた鏡合わせになったペアなのではないかということでした。
 僕の中ではこんなストーリーが浮かびます。

 二人が出会ったのは、彼女が17才、高校三年生のとき、例えば大学受験の準備のために上京して東京の親戚の家に来ていたときとか、彼はわかりませんが3-4才上くらいの東京の大学3‐4年生くらいでしょうか。
 出会いは都会に慣れない彼女が道に迷って困っているところを彼が助けて目的地まで送り届けたというようなことだったかもしれません。
 後でお礼をしたいからと連絡先を聞いて、再会し、二人は気が合って付き合うようになりますが、彼から見れば彼女はまだまだ子供、恋愛対象というよりはかわいい妹のような存在で、会えばいつもからかったり悪口ばかり言い合ってじゃれあってしまうような関係なのでした。
 無事大学に入学し東京で大学生活を送ることになった彼女は、彼になんでも打ち明けて相談にのってもらったり、いろいろな所にいつも一緒にいったり、周囲の友達も公認の仲良しの関係になっている。
 時が過ぎ、大学を卒業し社会人となった彼は、彼女のことが好きなことを意識し始めているが、まだまだ社会人としては新米で結婚のことなど考えられない、そして今の関係を壊してしまうのが怖くて、そのまま続くものとばかり思っていて、自分の気持ちを打ち明けることができないままにいる。
 5年が過ぎ、彼女は22才になり、この春大学を卒業する。
 そのころ彼女の国元では彼女の縁談話が持ち上がっていた。
 お相手は彼女も知っていた人、地元では名家で裕福で、背も高くスポーツもでき人柄も性格も容姿も申し分ない憧れの先輩だったひと、その彼が彼女をお嫁さんにしたいと望んでいるという。
 親としてもこれ以上ない良縁、ぜひ受けなさいと薦めてくる。
 東京の彼のことはまだほんとうに彼と思ってよいのか単なる友達に過ぎないのか確信が持てず、好きな人がいることを両親に話すことはできずにいた彼女は断り切れずにこの話を受けてしまう。
 そしてこのことをどう彼に伝えるべきか、もうこれ以上引き延ばせない状況になってしまっていた。
 「大学卒業したらどうするの?」
 何気ないふりをした彼の問いに、彼女は
 「私、田舎に戻って結婚するの。」
といってしまう。
 その時の彼の表情で彼女は彼の本当の気持ちを覚ってしまう。そして彼が自分にとって掛け替えのない大切な人であったことにも同時に気付くのだ。
 もしこの時、彼が「行かないでくれ、俺のもとに残ってくれ。」
と言ったなら、どうなっていたのだろう?
 彼女はもしかしたら引き留めてくれることを心の中ではのぞんでいたのかもしれない。けれど彼の口から出たのは
 「そうなんだ、おめでとう、幸せになってね。」
という言葉だった。

 そして彼女が東京を離れる日が来る。
 彼は故郷に帰る彼女の荷物を持ってやって一緒に駅に向かい彼女を見送る。
 汽車の窓からこちらを見る彼女は、
 子供だとばかり思っていた、思おうとしていた彼女はこんなにも美しい女性になってしまっていた。
 どうして自分の想いをもっと早く伝えなかったのだろう。
 そんな彼の思いを知ってか知らずかホームには季節外れの雪が降っている。
 大切で大切でたまらない彼女を乗せた汽車は雪降る中を永遠に遠ざかってゆく。

(注)なごり雪という言葉は昔からあった言葉なのではなかったのです。
 名残の雪という言葉はありましたが、これは積雪が溶け残った雪のことであり、降る雪のことではありませんでした。
 けれど「なごり雪」の大ヒットによって「冬の終わりに降る雪」という意味でのこの新しい言葉が気象用語として下の記事のように認められたのです。
 こんな美しい言葉が認められたことはとてもよかったと思います。
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2013年日本気象協会が選定した「季節のことば36選」で、3月のことばの一つに「なごり雪」が選ばれた。これを知った伊勢は「ものすごくうれしかった。実はこの曲を発表した当時、なごり雪という言葉は存在しなかった。勝手にこんな言葉を作られては日本語の乱れを助長する。『名残の雪』に変えたらどうだとまで言われた。作り手としては<の>はどうしても入れたくなかった。曲はヒットしたがモヤモヤは残った。あれから40年近くたって気象協会の<季節のことば>に選ばれたと聞き、胸のつかえが下りた気分」と語っている[6]
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5:正やんの「なごり雪」
 アルバム「三階建ての詩」に収録されたオリジナルの録音です。
 正やんの歌うこの「なごり雪」が一番好きという人も数多くいます。

6:野々村綾乃さんについて:史上最高の「君が代」独唱
 
最初に書いたように、この記事をかくきっかけになったのは野々村綾乃さんの歌う「なごり雪」をユーチューブで聴いてしまったことでした。

 その野々村綾乃さんについてですが、彼女は今活発に活動していらっしゃる現役ソプラノ歌手です。
 彼女は高校3年生17才の時に出場した全日本音楽コンクール2009年第63回で高校声楽部門1位となっています。このコンクールの高校声楽部門の優勝者が甲子園で国旗掲揚に合わせて国家を歌うというのは恒例になっていたようで、彼女は翌3月の第82回選抜高等学校野球大会(沖縄興南高校が初優勝した大会)の開会式において国歌「君が代」を独唱しています。
 その時の歌唱が下のリンクなのですが、「君が代」独唱は色々なときに色々な大歌手が歌っており中には外してしまうことも多いのですが、この時の彼女の歌唱はネットで「史上最高のの君が代」と呼ばれるほどの伝説的な君が代として知られるようになったのでした。

 なんといったらいいのでしょう。その声は神韻縹緲として空の彼方に溶け込んでゆき、彼女は神社に奉納する神事の巫女のようで、霊的なものさえ感じさせるほんとうに最高の君が代になったと思いました。
*補足ですが、野々村さんはこの3年後の第66回全日本学生音楽コンクール 声楽部門 大学の部 においても全国大会 1位となり史上初の2度の栄冠を勝ち取っているのでした。

*ついでですが、「君が代」つながりで、名指揮者カール・ベームの演奏した君が代が驚くほど素晴らしかったので聴いてみてください。

 この演奏は1975年3月16日に、世界最高のオーケストラであるウィーンフィルを率いて来日したカールベームが、初日のコンサートの冒頭で演奏したものですが流石ベームの素晴らしい演奏だと思います。
 今気づいたのですがイルかさんの「なごり雪」がリリースされたのが同じ年1975年11月だったのですね。なんかちょっと因縁を感じました。
 この時のベーム、ウィーンフィルの演奏はほんとうにすごかった。
 これについてはいつか別稿で書いてみたいと思っています。

7:野々村さんの「なごり雪」
 長々と書いてしまいましたが、ようやく野々村さんの「なごり雪」にたどり着きました。
 野々村さんがあの甲子園の後どうなったのか気にはなっていたのですが、その名前を「なごり雪」の多くのカバーの中に見つけて、その後プロのソプラノ歌手になられたことを知り、いったいこの曲をどんな風に歌うのだろうと聴いてみたのでした。

 野々村さんの歌は、正やん、イルカさんとは全く違った全身全霊の感情を込めた歌唱でした。
 そして、こんなにも美しく綺麗な女性になっていた綾乃さんがこの物語のヒロインの姿に重なり、遠ざかる汽車をみていた彼の気持ちが痛いほど分かるような気がして涙があふれるのを抑えられませんでした。
 この「なごり雪」はほんとうに良いと思います。


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