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生きるアーティストはアイデンティティを確立する

『なぜアーティストは壊れやすいのか?』という本を読んだ。ここでいう「壊れやすい」とはメンタル面のことを指す。

著者は元ミュージシャンであり、数々のアーティストを育成したあと、産業カウンセラーに転向した経歴の持ち主。その著者の目には、アーティストがどのような問題を抱えているように見えたのか。

一般的に、アーティストはメンタルを壊しやすいというイメージがある。実際、著者から見ても壊れるアーティストは多いという。しかし、それはアーティストの個人的な気質よりも、環境による要因が大きなウェイトをしめているのではないか、とのこと。

その環境とは、「孤独」だ。

アーティストの仕事は、だいたいが孤独のなかで行われる。文章を書くにせよ、絵を描くにせよ、曲を作るにせよ、なんでもそうだ。しかも、芸術方面の仕事には「決まった正解」というものがない。だからアーティストは壊れがちになる。

では、どうすればメンタルの崩壊を防ぐことができるのか?

著者によれば、「無条件に自分を受け止めてくれる人間が最低でもひとりいる」場合、メンタルは壊れにくくなるという。サポートする人間がいるかどうか、そこが分け目になる。

しかし、それがわかっていても、サポーターを得られるかどうかは別問題だ。著者自身、サポーターを獲得する方法に関しては触れていない。言うは易し、行うは難しだ。

よって、この部分に関して言えば、まったく参考にならなかったと言ってよい。

一方、参考になったのは「アイデンティティ」に関する話だ。

著者がバンドマンを長年見てきた経験によると、中途半端な話し合いによってつまらない曲を作ってしまう例が何度もあったという。特に、メンバーに一定の技術力がある場合、中途半端でもそこそこのクオリティのものが出来上がるため、そうなりやすい。要は、妥協の産物が仕上がってしまうということだ。

反対に、誰かの想いやイメージがしっかりと自己一致した作品は、圧倒的に表現としての強さがある。ここで重要になってくるのが、アイデンティティだ。

アイデンティティとはなにか。著者は以下のように説明している。

エリクソンは、「アイデンティティとは『内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力が他者に対する自己の意味の不変性と連続性に合致する経験から生まれた自信』」としています。ちょっと分かりにくいので、かなり簡単に言うならば、アイデンティティとは「自分らしさ」、「自分が自分であること」で、それが何であるのか自覚を持つことが「アイデンティティの確立」です。

アーティストが作品をつくるとき、数多の選択肢のなかからなにかを選び取っている。そこには決まりきった正解はなく、「自分にとっての答え」があるのみ。その「自分にとっての答え」を掴み取るために重要なのが、アイデンティティなのだ。

だから、理想のサポーターを得ることは難しいとしても、自分の存在意義を自分で条件付けてはならない。それをやってしまうとメンタルの崩壊へ一直線だ。アーティストが生きるためには、自分のアイデンティティを確立させること。そのために必要なのは「これができない自分は駄目」という思考ではなく、内省によって自分自身をはっきり知ることだ。

上記の引用で、エリクソンという人物は『内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力が他者に対する自己の意味の不変性と連続性に合致する経験から生まれた自信』とアイデンティティを説明しているが、これはアイデンティティというより、単なる「自信」の話だろう。それよりも著者の「自分らしさ」「自分が自分であること」に自覚を持つ、という説明のほうがシンプルだし、本質的だ。エリクソンの説明だと、アイデンティティの確立には他者からの反応が必要だとなってしまう。それは違うのではないか?

少し話がずれてきたが、まとめると、メンタルの崩壊を防ぐためには、アイデンティティの確立が重要だ。これはなにも、アーティストにかぎった話ではない。

得られるかどうかもわからないサポーターに期待するより、自分自身を知ろう。そして、自分が好きなものへ向かっていこう。

なお、冒頭で「孤独」の環境によってメンタルが壊れやすくなるということを書いたが、これは必ずしも孤独が悪いという意味ではなく、良い作用を持つ孤独も存在する。最後に、著者がそのことについて述べた部分を引用して終わりにしよう。

孤独には、自らが選んだ孤独と、そうではない孤独があります。自らが選んだ孤独は、なにかに没頭したり、周囲から受けるストレスから解放されたりと、ポジティブに作用する場合があります。しかし、例えば誰かと死別したとか、自分のせいではなく社会的に孤立させられている場合などは、自らが選んだわけではない、望まない孤独であり、それはネガティブに作用してしまうことがあります。そして、ネガティブな孤独は、依存症に関する節で取り上げたように、病へと発展してしまうことがあります。


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