『凱の阿修羅琴よ、なびけ』第3話
「阿修羅琴の舞――!」
トゥルンと右手刀、ルンと左下段回し蹴り、ルンともう一回転しながら、左下段回し蹴り。
「グフ、痒くもないわ」
三連打したかと思えば、シャララと帝釈天の上空に舞い上がり、ラランと脳天へ切り込むように両の足をねじ込む。
ツァルルルと反動で赤髪から離れて、延髄に右足を叩き込んだ。
「グブア! 蝿が止まったかいの」
俺は、大きな手で追い払われた。
飛翔し続けて、下の川へ目をやる。
「大丈夫デス。対岸に舟を停泊させてありますデス」
シッタくんの行動は正しかった。
俺が阿修羅琴の舞をしている内に、ラゴくんが姿を消していた。
「おのれ、飛び回りおって。小童め!」
「手の鳴る方へ来るがいいんじゃ」
態と大きな動きで、俺が目を引く役を買って出る。
「もう一度、俺の攻撃を喰らいたいんじゃんか? 帝釈天よ」
きっと、ラゴくんが出て来る。
吊られている、バチくんとキャラケンが辛そうだ。
短期決戦で救い出し、五人揃わないと。
「帝釈天の太刀!」
手刀が大振りだが、四十四回繰り出された。
俺は、避けるのが精一杯だ。
これでは、ラゴくんがバックから出難いだろう。
「グ、ハハハハ! 降参して、お前も食わせろ」
「俺を食う?」
うっぷと口元を手で覆った。
弱みを隠す為、己の手を払い除けた。
「グフヒヒ。美味しく召し上がらせて貰ったがの」
「ここには、五人いるじゃんね。誰の話じゃん?」
俺は、溜め息混じりに呆れていた。
人の形をしたものを喰らうだなんて、どうかしている。
「ヒヒ。怒れ、怒れ。怒るがいいわい」
一瞬、態度で分かった。
俺達が探し求めているのがいない。
腹から大王の気持ちが伝わった。
「舎脂様は……」
そうだ、帝釈天の側へ行けば見つかると思っていた。
「舎脂様は、どこだあ――!」
心が燃え立つ。
大王の愛娘に、俺の胸の中で阿修羅琴が鳴る。
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
◇◇◇
「ハハハ! グハハハハ! 舎脂かあ? 小童らの貧相な想像力に任せるが」
「ああ、俺の予感なんて外れていればいいと思うじゃん。この灼熱の魂に祈りを捧げるじゃんよ!」
ズンズン……。
大足が大層ご自慢なようで踏み付け歩く。
今は、ラゴくんが見当たらなくなった。
草地のどこかにいる筈だ。
シッタくんが、シュッと空へ舞う。
攻撃目標にならないだろうか。
「帝釈天め、俺を蝿叩きにしたいんじゃんね」
赤い逆髪を一周し、目の前で空に立つ。
冷やかしてやれ。
「狙うならリーダーの俺、大王じゃん」
帝釈天が空いている右手を前に差し出して、Vの字を作った。
「心得がいいとみた。その金銀の瞳を潰してやる!」
俺は、一瞬止まってしまった。
この話題を友達以外に指摘されるのは、実はしんどい思いをする。
想い出を傷付けられるから。
「この瞳は、父さんに貰ったんじゃん……。親子の証なんじゃん。そして、腹が殴れとまで疼いて仕方がないんじゃんね」
俺は、土手下の川を確認する。
船が繋がれており、誰も乗っていない。
ラゴくんも俺と同じ策を考えているに違いない。
「帝釈天の太刀!」
ちょこざいな。
これ位、髪一本の差でかわす。
俺の防御の骨頂だ。
「阿修羅琴の調! 余裕綽々じゃん」
俺には、『灼熱の腕釧』を共にする仲間がいる。
この金の輪のお陰で、以心伝心だ。
「――ピキイイイ。稚田っす」
吊られているバチくんから、策があるとの念が届いた。
次の太刀で、応戦に来る筈だ。
「――ピキイイ。俺も向かうやん」
いた。
ラゴくんだ。
いいタイミングで、草むらから出て来るだろう。
「もう一つ、帝釈天の太刀だ」
来た。
だが、これからが正念場となる。
「婆稚の臭――。くさや! 帝釈天の顔を目掛けて放つっす」
俺は、こう来ると予想して、鼻をつまんで待機していた。
「鼻をつまんだ位では、結構辛いものがあると思ったが、そうでもないじゃん」
バチくんは、超臭覚の持ち主だから、攻撃はスカンク流に来ると読んでいた。
「ンン? 小童、嗅いだこともない匂いだの」
分かった。
俺は、バチくんの仲間だから効果がないのだろう。
「ンン? ンンン? クオオオ、鼻が! 鼻をつまむしかないのか、フガフ」
帝釈天の両手が開かなくなった。
左手の臭いの元、バチくんを腕を伸ばし遠ざける。
このときを狙って、キャラケンくんとバチくんを救いださなければ。
ラゴくん、最後の一刺しと身を潜めているのか。
まさか、逃亡はないだろう。
俺と悪友なんだ。
仲間だ。
ラゴくんである前に、美久羅素思くんとして。
約束した団子の件もある。
「――ピキイイイ。僕からも行くよ。手が緩んだ隙に飛び出すからな」
「――ピキイ。稚田も同調するっす」
バチくんに続いて、ぶら下がっているキャラケンくんからも攻撃だ。
ラゴくんも信じているからな。
「佉羅騫駄の眼光!」
キャラケンの双眸から、冗談みたいに光が当てられ、帝釈天の目を中心に、踊るように波打った。
「婆稚の臭――。第二段、果物の王様、ドリアン! さあ、召し上がれっす」
ブヒャッとクシャミを帝釈天がした。
その後、思いっ切り息を吸ってしまったようだ。
「さっきのと混ざってえも言われぬ程の臭いがするのお……。フ、フガフガ」
俺も黙って見ていることはない。
闘うべし。
「阿修羅琴の舞――! 豪打版」
トゥルンと阿修羅琴にのせて、帝釈天の弁慶の泣き所を狙う。
超右手刀、ルンと超左下段回し蹴り、ルンともう一回転しながら、足に焔を纏いながら超豪左下段回し蹴りをかます。
「やるっすね」
「スゲーな」
「素晴らしいデス」
「ウグアアア……!」
帝釈天は、つまんでいた手を離し、弁慶の泣き所を押さえている。
もしや、弱点なのか。
俺はどうにか活かせないかと作戦を練っていた。
そのときだった。
「オレや、応戦やあ! 羅睺の多手!」
ズガアッサアッと、草むらから飛び出したのは、俺の悪友、ラゴくんだ。
ラゴくんは裏切らなかった。
「がんばれ! 流石、俺の悪友じゃん。応援しているじゃんね!」
俺でさえ、目にも止まらない素早さで、手裏剣を投げるが如く、水平に延髄を打ちまくる。
「小童など、蠅如きが」
帝釈天は再び鼻を覆いながら、延髄に左手を回した。
やっと、人質二人に脱出の機会が与えられる。
捕らえていた手が緩んだ、この隙を狙ってくれる筈だ。
「よし! 今っすよ」
「了解だぜ」
バチくんとキャラケンくんが息を合わせた。
「とう!」
「やああ!」
空へと飛び出す。
やっと、二人が無事に逃げおおせた。
「――よし、作戦は次の段階へ移るじゃん」
俺は、自分らしくもなく好戦的な笑みを浮かべてしまった。
これは、俺の問題なのだろうか。
「大王よ、俺はもっと穏やかな方じゃんね?」
「凱よ、我に降臨された、天地鎧したときから、我に蝕まれて行っておるのに気付いているだろう」
俺は、頭を掻いた。
「今、やっと分かったじゃん」
「心当たりがあるかの。どこか、凱の胸に巣食った闇がなければ、このようなことはない」
「闇か……」
俺は、金銀の瞳のことだとは、誰にも話したくなかった。
だが、大王とは身も心も繋がっている。
読まれても仕方がなかった。
「そうか。父を大切に思うのは、孝行だと思わないか。親のみならず、皆に行えれば、それに越したことはない」
「フフ、一丁前に説教されちまったじゃん」
皆に俺の表情を見せたくないと、少し俯いて、再び頭を掻いた。
「我は大王ぞ。阿修羅大王ぞよ」
「そうだったな。ハハハ。久し振りに父の件で腹から声が出たよ」
亡くなる原因は俺だった。
俺の中に父さんがいる。
生体肝移植を受けたのだ。
あげる方のドナーが父さんで、貰う患者のレシピエントが俺だった。
俺の予後が悪くて、ベッドで唸っている間に、父さんは身まかられた。
阿王義と名の通り、義理と正義を貫いてくれた父さんに申し訳ない気持ちで一杯だ。
これが、俺の弱点になる。
「俺なんて、いなくなればいいと、腹にパンチをしたいときが幾夜あったか」
「阿修羅大王と『阿修羅の四王、ここに集いたり!」
バ、ババババン。
「とにかく、阿修羅衆に違いないじゃん」
五人とも飛翔しながら、帝釈天の攻撃範囲に入らないようにする。
輪になって中央へ拳を突き出した。
五人が星のように輝き出す。
「我なり。凱よ、『超・天地鎧』を果たすのだ」
大王の声が俺を通じて、響き渡った。
まるで、阿修羅琴の調べのように。
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