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残酷な刻
『残酷な刻』 作詞・作曲:いすみ 静江 あの日の時計はいつまでも 止まったままのお母さん 砂時計は残酷にも 削り行く命 この日の天気はだしぬけに 雷雨よ走るお父さん 赤いスマホ残酷にも 話したくなりぬ 話したくなりぬ ◇◇◇ ひらがな ◇◇◇ 『ざんこくなとき』 あのひのとけいはいつまでも とまったままのおかあさん すなどけいはざんこくにも けずりゆくいのち このひのてんきはだしぬけに らいうよはしるおとうさん あかいすまほざんこくにも はなしたくなりぬ はなしたくなりぬ **** 創作秘話 **** 「残酷な刻」と書いて、「ざんこくなとき」と読みます。 実母が病に倒れて救急搬送され、以後闘病生活が続いております。 昨日まで話ができていたのに、糸がプツリと切れたように話ができなくなりました。 私の大切な母へ贈ります。 暗いですが、本気です。 音楽の創作において素人ですが、ご容赦ください。 それからの私です。 2024年6月26日、地元の耳鼻科から紹介された検査機関からデータを貰い再び地元の耳鼻科へ結果を聞きに行きました。 難聴も耳鳴りも直せません。 頭部の画像で耳鼻科では診断できない所があるので、脳外科へ行ってくださいとの所で止まっています。 いつまで音を楽しめるか厳しい話です。 音が苦しくなったら、そうした人々はどうやって生きるのでしょうか。 母の病院のベッドからの転落の後、病院では頭に支障はないと言い、ベッドに拘束すると夫の父に話したものだから、父は怒ってやっとかかりつけ医の紹介で入ったのに退院させてしまったのです。 間もなく、頭が痛いと訴えた母の前で、父はアルコールで楽しく過ごして寝てやがる。 翌朝、出掛けに母があまりにも無反応だったので、救急車を呼び、一つ目の病院では手術を断られ、二つ目のかなり重病な方の集まる病院でメスを入れて貰いました。 そして、転院して、眠っている母です。 前回、「男はつらいよ」と「雨の慕情」を弾き語りしたのを病院のテレビの音と繋いでいるイヤホンで聞いて貰いました。 「静江、静江来たよ。お母さん、静江来たよ」 顔を覗き込むようにしました。 それが近頃の話です。 私は、母のせいではないのですが、母が倒れた頃から耳から騒音がして、周囲の音が拾えません。 それで、私も耳の患いと母とのことを「なんて重っくるしい」歌にしてみました。 短いけれども。 コードもつけてみました。 なんでかな、なんでかなと……。 さりげなくシャープペンシルを手にすれば、ポキポキポキポキ折れるので、かわいそうにとHBを入れました。 そのまま鼻歌を吐き出すように、短い歌を作ってみました。 *2024年07月19日、noteにもアップいたしました。 2024年06月27日・創作