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『凱の阿修羅琴よ、なびけ』第2話

「よし、これから、東京とうきょう葛飾かつしか柴又しばまたに行くじゃんね」
「そこに帝釈天たいしゃくてんがいるんやね?」
「ああ、柴又帝釈天しばまたたいしゃくてんと呼ばれる帝釈天題経寺たいしゃくてんだいけいじがあるじゃん」
「いや、僕は知らんかったよ」
「ワタクシのデータベースには刻まれておりますデス」

 集った途端にぴーちくぱーちくだ。
 うるさい阿修羅あしゅらに大王は呆れていないだろうか。
 観光バスは、もう新しい学校のものに変わっており、言いたい放題なのは、俺自身否定できない。

稚田わさだは、映画で知っているっす」
「ああ、とらさんじゃんね。俺んちから電車で一駅じゃん」
「そうか、東京とうきょうだったっすか。稚田わさだの暮らす寂れた町のシャッター商店街には、レンタルビデオが結構あるっすよ」

 一瞬、皆黙ってしまった。

「移動はどうするの?」
「新幹線は乗れないからなあ」

 それが原因だ。

稚田わさだは、実は、国宝館こくほうかんで、飛翔術ひしょうじゅつも一緒に降臨されたっすよ」
「いいじゃんね!」
「僕にも教えてよ。モテたいし」
「ワタクシももとからできる気がしていますデス」

 ラゴくんだけが押し黙っていたので、肩を叩いた。

「うびょー!」

 叫びながら、垂直に飛んでいく。
 その後、平泳ぎの要領で方向を横にし、水平に飛び続けた。

「これが、飛翔術ひしょうじゅつのようやん」
「お! 羨ましいじゃん。俺もヒーローになるべし!」

 再三再四、飛び跳ねてみたが上手く行かない。

「よっし、超感覚ちょうかんかくを使うべし」

 俺は、耳を澄まし続けた。
 ふと、遠くで糸を弾く音がする。
 阿修羅琴あしゅらきんだ。

「我と心を一つにせい」
「了解じゃね」

 気を込める。

「はーあ! そりゃあ!」 

 足下がスースーすると思った。
 俺の体は軽く、自在に舞える。

「できた! できたじゃん! 皆で飛べるようになって、時間を超越して柴又しばまたへ行こうじゃんね」

 ラゴくんとバチくんと俺はクリアだから、後は自惚れキャラケンくんと従順なシッタくんの尻を叩けばいい。

「ワタクシもアシュ様のデータを拾わせて貰いました」

 シッタくんが小さく「ヒショウ」と唱えると、すこぶる速さで飛び上がった。

「僕だって、孔雀のようになりたい! ギイー」

 キャラケンくんに、孔雀ってどれほど飛ぶかとは、突っ込まない。

「やめれや、キャラケンや。イケメン台無しやん」
「うるさいなあ、餅!」
「図星やん。酷っ。キャラケンは置いてこ」

 俺が上空にいるラゴくんを制した。

「やめるじゃん。俺達ヒーローじゃんね。ラゴくんには、後で甘い物を奢るから、こらえて欲しいじゃん。キャラケンくんには無尽蔵の力を感じるじゃん。置いて行かれないことを信じているじゃんね」

 皆で、東京とうきょうの空へ向かう。

「ゴー!」

 俺達四人は、飛び立った。
 広いと思っていた興福寺こうふくじ、それのみならず、京都きょうとそのものが小さく感じる。

「ちょっと、ちょっと! ちょっとー!」

 キャラケンくんもやればできる子、怖がりなだけだと思っていた。
 大丈夫だろう。

「ムーキー! 酷過ぎない?」
「おめおめ。飛べたじゃんね」

 俺は、カピバラの微笑で返す。
 先ずは五人の飛翔体は雁のように並んで、東京を目指す。
 高速で飛んでも息苦しくもない。
 寧ろ清々しいと感じていた。

「さて、舎脂しゃちー様を救う本物のヒーローになるじゃんね」

 俺の独り言は、風に掻き消えたのだろう。
 キャラケンくんは、シッタくんに、如何にお肌を大切にするかを語っていた。
 シッタくんは、「デス」を連発している。
 ラゴくんは、バチくんに、甘い物の美味しさについて話を聞いて貰っていた。
 さり気なく、まったりしたヒーローだと思う。
 俺の意気込みは軽くピンボケだ。

「まあ、ええじゃんかな」

 ◇◇◇

「到着じゃん」
「よ、と、と。やっとや」
「着いたっすね」
「酷過ぎだった」
「デス」

 柴又しばまたは、俺も来たことがある。
 全く関係なさそうだが、俺にも妹か弟かができそうだったので、家族三人で、お参りに来たのだ。
 よくお団子屋が取り上げられるが、俺なんかは、たんきり飴が好きだった。
 歯の被せものが取れてしまう運命なのだが。

稚田わさだは、初めてでもないんっすよ」
「へえ。バチは映画関係で訪れたんだ。チャーミングな所があるんだね。僕はこう見えてミーハーでもないからね」
「キャラケンくん、観光したっていいじゃないか。俺だって想い出が色々あるじゃんね」

 キャラケンくんは、腰に手を当ててそっぽを向いてしまった。
 俺よりも一つ上なのに、どこか子どもっぽい。
 些細なことだが、彼の腕は細く、阿修羅像あしゅらぞうの姿に似ていると思った。

「さて、参道も注意しないといけないじゃん」
「ワタクシもサーチし続けるデス」

 そうだ、帝釈天たいしゃくてん舎脂しゃちー様を抱えてどこにいるのかは、全く分からない。

「アシュや、いつ甘い物を奢ってくれるやん。お団子でもええやんよ」
「そ、そうか。旅行のお土産にもいいね。お祖父さんらは、やわらかいものがいいじゃんね。帰りにしよう」

 ラゴくんは正直だからな。

「ああ、腹が減っては戦ができぬやん」

 この佃煮屋さんにも気配がない。

「アシュ様、サーチ完了デス。帝釈天たいしゃくてんは、帝釈天題経寺たいしゃくてんだいけいじに潜んでいる筈デス」
「でかしたじゃん」
「他になにか匂うっすか? 超嗅覚ちょうしゅうかくで」
「お……。乙女のかほりがいたしますデス」
舎脂しゃちー様じゃん」

 俺達は、黙したまま題経寺だいけいじへと一飛びした。

「あのさ、舎脂しゃちー様の名を呼んでも返事ができないと思うんじゃん」
「なんでや?」
「まあ、オーバカさんね」
「なんや、その死語」

 俺は、ラゴくんとキャラケンくんの間に入る。

「一致団結じゃんね。OK?」

 ラゴくんは首肯したが、キャラケンくんは頬を膨らませている。
 餅が移ったのか。

「よっしゃあ、ゴー!」
「ワタクシ達は、敵の匂いが分からなくなりましたデス」
「大ごとじゃね?」

 さり気なく大切なことを伝えるのが流行っているのか。

「僕の超視覚ちょうしかくによると、あの太鼓橋のような回廊の向こう側だ」
「あんな低い所をよくも通れたじゃんね」
「恐らく飛び越えたっすよ」
「バチくん、最年長なだけあって、流石じゃん」

 誰かが決めた訳でもなかった。
 二手に分かれて、ラゴくんと俺は回廊へ正面突破、バチくんはその場に留まり、キャラケンくんとシッタくんは裏から回った。

「うわあ!」
「おわわわ……!」

 俺達とキャラケンくん達が回廊の所で鉢合わせとなった。

「すると、バチくんが危ないじゃん?」

 四人で境内の真ん中にいたバチくんの元へ駆け寄る。
 いない。
 背後から、黒い影が落ちた。

「グ、ハハハハハ! おのれら、阿修羅大王あしゅらだいおうの使いか! コイツは、婆稚ばちだろうよ」
「うう……」

 あの筋肉ムキムキのバチくんが左手で吊られている。
 危険だ。
 帝釈天たいしゃくてんは、眉が右を特に吊り上げ、黒目の中に赤い瞳をたぎらせて、目尻がぐいっと上がっている。
 髪を煌々と赤くし、上に逆立っており、顔全体がごつごつとして、顎が割れている。

「僕が、そうだが。阿修羅あしゅらに変わりはない」
「ググ、ハハハ! 佉羅騫駄きゃらけんだか。小童こわっぱめ」

 二秒でキャラケンくんが同じく左手で吊り下げられた。

「ヒューイイ……」
「キャラケンくん、息はできるか?」

 残る三人、シッタくんとラゴくんに俺が、遥か下から見上げている。

帝釈天たいしゃくてん大足おおあしをおみまいする」

 ズガアと右足を上げると、素早く俺達を踏み潰そうとした。

「やっべえじゃん」
「デス」
「そうやん」

 急いで逃げたが、それどころではない。
 爆風で吹き飛ばされた。

「次は、ゆっくりと大足おおあしをかますかな」
「他の人に迷惑を掛けるんじゃねえ。俺達は、裏の土手へ行くじゃん。矢切やぎりわたしで、再会しようじゃんね」
「小童、約束を反故にするのか」
「人質がいるじゃねえか」

 俺達三人は、さっさと、矢切やぎりわたしへと移動した。
 ずん……。
 ずん、ずんずん……。

「こっちに来るやん」
「分かり易い足音じゃん」
「ワタクシは、渡し船を止めに行って来ますデス」
「了解じゃん」

 帝釈天たいしゃくてんは、あの足で踏み潰すしか能がない。
 どうにかして、逃れつつ、攻撃する方法はないのか。
 短時間で考えるんだ。

「俺は、考える、考えるじゃん」

 かあさんに修学旅行へ行かせて貰った。
 澄花すみかと言う名からは想像できない程、手肌を荒らして、スーパーの調理場に立つ俺の母。

「俺が無事で帰らなかったら、心配するじゃん。お土産も渡せないし、もしかして、お別れの品になったら、泣かせてしまうじゃんね」

 俺に備わっているのは、超聴覚ちょうちょうかくのみ。
 これでは、攻撃も防御もできない。

「考える、考える、考えるんじゃあ――!」

 帝釈天たいしゃくてんが人質二人を手に、大きな足を上げたときだった。
 俺は、瞬時に飛んでいた。

「グ、ハハハ!」
「隙ありじゃん」

 トゥルンルンルン……。
 シャララララン、ツァルルル……。
 阿修羅大王あしゅらだいおう阿修羅琴あしゅらきんがなびく。

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