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第三の故郷への(屈折した)愛着

昨日、ちょっとした買い物の用事があって最寄りのショッピングモールに出かけましたら、そこの一角にあったケーキ屋さんに「アンカラ」と称する商品が置いてあるではありませんか。

なぜこのケーキの名称は「アンカラ」なのか。店員さんに思いきって尋ねてみるも(テュル活民でなければ、中年男がケーキ屋で店員さんに「これはどうしてアンカラという名前にされたんですか?」とかまず聞かないであろうな?)、要領を得た答えは返ってこずという(恥ずかしいだけでした)。

ともかく想像するしかないわけですが、ヘーゼルナッツとチョコレートという組み合わせは名称を考えた人にとってなんとなくであったにせよ、トルコの首都を連想させた…とかそういうことなのかもしれません。

だとすると、長崎がいう「トルコライス」と全く同じノリですね…トルコほぼ関係ないのに、という例のアレです…

アンカラ。言わずと知れた、トルコの首都。
この名前に反応してしまうくらいには、私もやれ「二度と住みたくない」だの、「アンカラは(書店が多かったりするという点でいいところはあるにせよ)退屈な風景の街だ」だの、といった悪態こそついても、それなりに思い入れがあるということなのでしょう。

たしかに冷静に考えてみれば、奇しくも昨日帰宅後に届いた『白水社の本棚』裏表紙にアジア経済研究所の今井宏平先生(面識こそないのですが、トルコ政治がご専門の先生ですね)も書かれているように、私も「アンカラ贔屓」に属することになるのでしょう。あんまり認めたくないけど。

そう。自分の留学先であり、また日本語教師として実際に仕事した街、またそのために5年暮らした街ですもんね…

その結果、知り合いもイスタンブルより圧倒的にアンカラ在住の人が多いし、おまけに今の家族の一員たる「ぴの」の生まれ故郷でもある…と考えていくと、そうかなるほど。アンカラを除外してトルコを語れない身分になっているのです。私は。今や。あんまり認めたくないけど(2回目)。

「イスタンブル贔屓」の人々は、おそらく私たち(あえて「私たち」と言います!)のように屈折していないはず。というより、「アンカラなど眼中にない」というべきなのかもしれません。なんせ街の規模も地理的状況も、何もかも違いますからね。本来なら、勝負のしようがない

それでも、トルコ語の語学書などに、まず真っ先にイスタンブルの一風景が選ばれるということに、ちょっとだけ悔しさを感じてしまうんですよね…とこうやって改めて書いてみると、やはりどうも自分にもアンカラ贔屓的心情はあると結論づけざるを得ないようです。

あんまり認めたくないですけどね(3回目)。住めば都という慣用句の通りなのかどうなのか。

長崎、大阪に次ぐ自分にとっての第三の故郷とよく人に説明する、愛すべき「退屈な」街アンカラですが、もし今後万が一自分がトルコ語の教科書のようなものを出す機会があるのであれば、既存の語学書よりもイスタンブル的要素が少ない写真のチョイスやレイアウトになる可能性は高いだろうな、と思います。

当時住んでいた自宅近くの風景。
本当になんということもない光景ですが、落ち着いた暮らしという点では、逆にそれがよかったのかも…?

イスタンブルの華やかさ、おおいに結構。だがな、と。トルコは…イスタンブルだけやないんやで…首都はアンカラやし、国土の9割はヨーロッパ側にあらずして、アナトリア半島(アジア側)なんやで、とかなんとか、きっと言ったり書いたりを今後も繰り返していくのでしょう…

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