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自国の歴史すら調べない日本マスコミは  戦争のようなクライシスに対処できない 報道貧困国ニッポンで         戦争を読むためのメディアリテラシー      ウクライナ戦争に関する私見8    2022年4月1日時点

2022年2月24日のウクライナ戦争開戦以来、新聞・テレビといった日本の「マスコミ」(主に記者クラブにつながるマスメディア企業を指す)が流す
「ニュース」を私はじっと観察している。

CNNやBBC、ロイターやフィナンシャル・タイムズといった欧米の報道も見る。ウクライナ政府や同国内発のSNS、ロシアからの政府系・独立系メディアのニュースも両方見る。私はそれを頭の中で比較する。

私はかつて17年間朝日新聞社の社員記者だった。「ニュースを取材し、発信する企業」のインサイダーだった。だから「ニュース」が目の前に届くまでに、どんな作業や組織があるのか、だいたい知っている。

その私が見た結論を一言で言うと「ウクライナ戦争に関する限り、どれも完全に信用することはできない」である。逆にいうと「同じ媒体でもハズレ記事・当たり記事が混在している」「ひとつの記事の中で、ハズレ部分もあるし当たり部分もある」だ。

「神ならざる人間のやること」として、ある程度までは仕方がない。「真実」を知るのは神様だけで、人間はその断片しか認識することはできない。

まして、いま起きているのは戦争なのである。軍事作戦とそれにまつわる外交ほど機密性の高い政府情報はない。自国の「手の内」が知られると、相手国に先回りされるからだ。加えて情報を持つ当事者は「権力中枢にいる政治家」「軍人」「外交官」など、守秘を義務とする職業人である。「本当のこと」は守秘の壁の向こう側にある。しかも、向こう側にいる人間でさえ「担当」や「専門」に断片化されているので、全体像を把握していることは稀だ。

取材者は誰もが「手探り」になる。ハードエビデンス(書類などオシント=Open Source Intelligence)を伴った確定的な情報はなかなか出てこない。

しかし、そうした「困難な取材環境は全取材者同じ」という前提として敢えて言わねばならない。

日本の新聞テレビのウクライナ戦争報道はひどい。ひどすぎる。これは「報道」と呼ぶに値しない。

その自論の根拠を述べると「自国の歴史すら調べようとしない」からだ。

巻頭写真:2020年4月のウクライナ・チェルノブイリ原発立入禁止区域での森林火災。2022年ではないことに注意。過去にもこの場所での森林火災はあったが、放射性物質の飛散はウクライナ政府の基準値以下だった。
(New York Times, Apri 11, 2020)


●「チェルノブイリ原発直近の森林火災で放射性物質が飛ぶ」?
次に掲げるのは「チェルノブイリ原発周辺で大規模な森林火災」という「テレビ朝日」の2022年3月28日付ニュースである。

チェルノブイリ原発周辺で大規模な森林火災 放射性物質拡散の恐れ
(2022年3月28日)
ウクライナ議会の人権担当者・デニソワ氏は27日、ロシア軍が制圧したチェルノブイリ原発周辺の森林で戦闘による火災が発生し、1万ヘクタール以上が焼失したと主張しました。 この火災の影響で土壌中の放射性物質が風に乗って、ヨーロッパの周辺諸国に拡散する恐れがあると警告しています。

ANNnewsCHより

言うまでもなく、チェルノブイリ原発は1986年に世界史上最悪のメルトダウン事故を起こした旧ソ連の原発である。原子炉から噴き出した放射性物質による汚染で、原発から半径30キロが居住禁止になり、36年後の現在も無人のままだ。

1991年のソ連崩壊後、チェルノブイリ原発はウクライナ領になった。ロシアが侵攻したベラルーシ国境からは約20キロの位置にある。ウクライナ戦争では、開戦初日の2022年2月24日にロシア軍が占拠し「すわ核テロか」と世界を慌てさせたことをご記憶であろう(そんなことをすればロシア軍にとって自殺行為であり、軍事的合理性に従えばやらない、と私は本欄『私見メモ2』で指摘した。現実はそのとおりになった)。

「商用原発が暴走して住民がいる周辺居住地を汚染した」という事故は、チェルノブイリのほかは、アメリカのスリーマイル島原発事故(1979年)そして日本の福島第一原発事故(2011年)と、人類史上3回しか起きていない。

真偽は別として、テレビ朝日のニュースは、視聴者に次のような連想を呼ぶ。

「チェルノブイリ原発の周辺で火災」
↓ 
原子炉を制御する施設に延焼
または
放射性物質が積もった森林が燃える

放射性物質が噴き上げられ、風に乗って流れる

ウクライナ国外の欧州にも汚染が拡大する


しかし、テレビ朝日のニュースをひと目見て私は「それは起きない」とすぐに判断できた。福島第一原発事故汚染地帯で起きた山林火災の前例を知っていたからだ。

●福島県の山林火災では放射性物質飛散なし
福島第一原発事故の6年後、2017年4月に汚染による立入禁止区域内にある「十万山」(浪江・双葉町にまたがる)で森林火災が起きたとき、放射性物質の飛散はなかった。同山は福島第一原発から西に約10キロの場所にある。

Google Mapより

「浪江の山火事、12日目で鎮火 放射線数値の変動なし」
福島県浪江町で4月29日に発生した山火事は、発生から12日目の10日午後に鎮火した。同県によると、焼失面積は隣の双葉町と合わせて約75ヘクタールにのぼったが、人や建物などへの被害はなかったという。
 火災現場は、東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域内。県が設置した、放射線モニタリングポストには目立った数値の変動がないという。

2017年5月10日付 朝日新聞デジタル版

なぜ放射性物質が降り積もった汚染地帯で森林が燃えても、放射性物質が飛散しなったのか。福島第一原発から噴き出たセシウムなどの放射性物質は、まず樹木の葉や枝、幹、地面に付着する。

が、雨や雪に洗われると、泥の粒子とくっついて、水に乗って流れる。最後は土壌に沈んでいく。事故後11年を経た今では最大地下70〜100センチの深さまで沈んでいる。

環境省「土壌中の放射性セシウムの分布状況」

樹木が土壌中の放射性物質を根から吸い上げ、また葉や枝になって環境中に循環させる現象も起きている。が、土壌内の線量すべてが実や葉に戻るのではない。「移行係数」という数字の掛け算であり、植物の種類によって違う(下は野菜種類別の移行係数)。

農研機構ウエブサイトより

つまり、原発事故で降り注いだ放射性物質の大半は地面の下にある。地表にある樹木や雑草が燃えても、大気中に放出されない。私たち日本国民は、福島第一原発事故後の経験でそれを知っているはずだ。

●フクシマでは新聞が謝罪する騒ぎに
マスコミも知らないはずがない。この2017年の山火事では当初「放射性物質が飛散する」と書いた新聞が後になって謝罪。それまた報道される騒ぎになったからだ。

福島・浪江の火事 「放射性物質拡散」コラム掲載の和歌山地方紙「紀伊民報」が謝罪
東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域になっている福島県浪江町の国有林で発生した火災をめぐり、インターネット上で放射性物質の拡散や、健康不安をあおる無責任な書き込みが相次ぎ波紋を広げている。一部地方紙はコラムで「放射性物質飛散」の可能性を指摘。実際は裏付けのない誤った情報だった

2017年5月8日 産経新聞ウエブ版

福島第一原発事故被害地で、事故後6年目に起きた山林火災で放射性物質の放出がなかったのだ。事故後36年を経たチェルノブイリ原発事故汚染地帯ではもっと土壌深くに放射性物質は沈んでいるはずだ。なおのこと、地表の火災で放出が起きる可能性は低い。

難しい話ではない。放射性物質の環境中での挙動が、ウクライナと日本で違うはずがない。合理的に思考すれば「チェルノブイリでも放射性物質の放出はない」と結論できる。

しかし大変不思議なことに、ウクライナ戦争になると、同じ新聞でも正反対の結論を出す。福島県の山火事で「放射性物質の放出はない」と書いた産経新聞の、チェルノブイリ森林火災についての記事は次の通りだ。

チェルノブイリで山火事 放射性物質の拡散懸念

ウクライナ最高会議の人権担当者デニソワ氏は27日、ロシア軍が侵攻直後に制圧した北部チェルノブイリ原発周辺の立ち入り禁止区域で戦闘による森林火災が起き、1万ヘクタール以上が焼失したと主張した。土壌中の放射性物質が空気中に放出され、風に乗って欧州諸国へ拡散する恐れがあると警告した。

2022年3月28日付 産経新聞ウエブ版

この産経新聞の記事が「実際は裏付けのない誤った情報だった」ことにならないか、たいへん心配である。

世界のマスメディアの中で、自国のこととして放射性物質汚染の実態を知っているのは日本とアメリカ、旧ソ連だけである。まして、福島第一原発事故はわずか11年前だ。

ところが日本のマスコミ記事は、自国の経験=歴史からまったく学んでいない。少なくとも「福島第一原発事故近辺で山火事があったときは放射性物質の飛散はありませんでした」(チェルノブイリではそうとは断定する材料はいまのところありません)と留保を付ければよい。その情報を世界に発信すれば「そうか。フクシマでは火事でも飛散はなかったのか。ではチェルノブイリでも心配しなくてよさそうだ」と世界市民に貢献する報道ができた。

●ニュースソースはどれもウクライナ政府
よく読むと、産経新聞の記事も、前述のテレビ朝日の記事も、文面はほぼ同じである。これは日本の他のマスコミも、海外メディアも実は同じだ。

上記三本の記事はどれも「ウクライナ最高会議の人権担当者デニソワ氏(英語記事:Lyudmila Denisova, commissioner of the Verkhovna Rada of Ukraine for Human Rights)が語った」という構造になっている。テレビ朝日記事を再掲する。

ウクライナ議会の人権担当者・デニソワ氏は27日、ロシア軍が制圧したチェルノブイリ原発周辺の森林で戦闘による火災が発生し、1万ヘクタール以上が焼失したと主張しました。 この火災の影響で土壌中の放射性物質が風に乗って、ヨーロッパの周辺諸国に拡散する恐れがあると警告しています。

ANNnewsCHより

しかし、森林火災の動画など、エビデンスは出てこない。記者が現場に行って確認したことを示すデータもない。あくまで「ウクライナ議会のデニソワさんがそう言ってます。それをお伝えします」という「伝聞」なのである。

では、この「ウクライナ議会の人権担当者・デニソワ氏」はどれほど信憑性のあるニュースソースなのか。それもまったく根拠が示されない。

そもそも日本のニュース記事にはフルネームさえ出てこない。検索したくでもできない。女性なのか男性なのかすらわからない。「人権担当者」とは、国会議員なのか、それとも職員にすぎないのか。それすらわからない。つまり、この記事を信じていいのかどうか、日本の読者にはまったく判断できない。チンプンカンプンである。

英語記事から氏名をたどって検索してみると、ウイキペディアが出てきた。女性だった。

2018 appointment by Ukrainian parliament to Ombudsman for Human Rights in Ukraine =2018年、ウクライナ議会は彼女をウクライナ人権オンブズマンに選んだ。

なるほど。国会議員ではないのだ。オンブズマンである。経歴を見ると大臣経験もあるらしい。

ここまで追加情報を調べても、まだ疑問が残る。それはデニソワさんが

「この火災の影響で土壌中の放射性物質が風に乗って、ヨーロッパの周辺諸国に拡散する恐れがあると警告しています」

という記述である。つまり「線量計測をして放射性物質の飛散を確認した」のではない。「恐れがある」と「可能性を」「警告している」にすぎないのだ。

「恐れがあると警告する」だけなら、何を言おうと自由である。私がここで「明日、人類がカエルに征服される恐れがあると警告する」こともできる。実際には放射性物質の拡散はなかったと後でわかっても「あれは恐れを警告しただけだ」と言えるので、デニソワさんは発言に責任を取る必要がない。まして「デニソワさんがそう言ってます」と伝聞を伝えるだけのマスコミ記事は何の責任も取らない。そういう「責任回避」の文体が二重に重なっている。

そもそも、この「デニソワ発言」は森林火災の位置を特定していない。チェルノブイリ原発から何キロの地点なのか。汚染が重篤な地点なのか、そうでないのか。これでは真偽の判断ができない。つまり「真偽不明」である。

●2020年にもっと大規模な森林火災。しかし被曝被害なし
実は、チェルノブイリ原発周辺の立入禁止区域では、2020年4月にも大規模な森林火災が起きている。原因は27歳の地元民の放火だった。

2020年の火災では、今回の「1万ヘクタール=100平方キロ」よりはるかに広い470平方キロメートルが焼失している。約5倍の規模だ。しかし、放射性物質の飛散はウクライナ政府の定める安全基準値以下だった。

森林火災の煙は首都キエフにも流れ込み、スモッグになった。ウクライナ政府は「キエフの放射線線量は安全」と発表した。コロナ流行防止の外出禁止が敷かれていたため、住民の健康への影響はほとんどなかった。

2020年のチェルノブイリ森林火災では、ウクライナ政府が「ヨーロッパにも放射性物質が流れる」と「可能性を警告」した記述は見つからない。2020年と2022年で同じ森林火災の何が違うのかといえば、違いは「横でロシアと戦争をやっているか、いないか」しかない。つまり情報発信の内容が、戦争の有無によって変化している。

●戦時に政府発表を鵜呑みにしてはいけない
もっと手前の前提として、2022年火災のニュースソースが「交戦当時国であるウクライナ政府の発表」である事実に注意しなくてはならない。

ウクライナ戦争が「情報戦」を含めたハイブリッド・ウォー(複合戦)であることは本欄で繰り返し指摘している。

戦争ともなれば、交戦国は戦闘の趨勢や、国民の生命・財産がかかっている。状況を有利にするためには、使えるリソースは何でも使う。ディスインフォメーション(ニセ情報)でも確度の低い情報でも、自国を有利にするためなら、何でも流す。そういう前提で情報を精査しなくてはならない。

チェルノブイリ原発やザポリージャ原発がロシア軍に占拠されたとき、ゼレンスキー大統領が「核テロ」「ヨーロッパよ目を覚ませ」と過剰な言葉で危機感を煽ったことを忘れてはならない。しかし結局、ロシア軍が原子炉を破壊するような「核テロ」は起きなかった。

ウクライナ政府のメッセージは「原子炉が破壊される事態になれば、放射性物質が飛び、欧州も汚染される。そうなったら他人事ではない。そうなる前に、欧州諸国はウクライナを助けてくれ」である。

チェルノブイリ森林火災を発信したデニソワ発言は、このゼレンスキー発言と相似形を描いている。要は欧州の支援を呼び込むための発信である。

●NATOは軍事介入をとっくに拒否
NATOが3月4日に飛行禁止区域設定を拒否したことで、欧州のウクライナ戦争への軍事支援は絶望になった。3月18〜24日にかけてのアメリカ、日本、フランスなどの議会・国会リモート演説でも、ゼレンスキーは軍事支援の要請を言わなかった。

「どうせ欧州は軍事支援しない」とウクライナ政府が承知した後に、デニソワ発言が出てくる。だからウクライナ政府はゼレンスキー大統領ではなく「他の政府高官」(ランクが下がっている)であるデニソワ人権オンブズマンの発信にした。そう考えると理解しやすい。

そうした戦時の政府情報をチェックした形跡が、日本のマスコミ記事には見当たらない。新聞テレビの記事文面が揃って同じなのは、通信社記事をそのまま書き写したからだ。つまり「ただ流しただけ」である。ここには「戦時の情報戦を前提に、読者に知らせる内容をチェックする」という姿勢がまったくない。

●ロシアのウクライナ全土占領は物理的に不可能
日本のマスコミが自国の歴史からすら学ばない例は他にもある。

例えば、ウクライナ戦争開戦直後にさかんに流れた情報に「ロシアはウクライナ全土を占領統治する」というのがある。

露、ウクライナ全土標的に 支援ルート切断狙う 各地で占領政策 
ロシアのウクライナ侵攻で、ウクライナ西部リビウ州当局は13日、同州の軍事演習施設「平和維持安全保障国際センター」が露軍のミサイル攻撃を受け、35人が死亡、134人が負傷したと発表した。露軍は11日にも西部の飛行場2カ所を空爆。北・東・南の3方面から侵攻を進めてきた露軍は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国ポーランドに近い西部への攻撃も強めている。ロシアはNATO側からの物資支援ルートを断ち、ウクライナを孤立させる狙いだとみられる。

2022年3月14日付 産経新聞ウエブ版

しかし、ロシア軍がウクライナ全土を占領して軍事統治することは、最初から物理的に不可能だ。なぜなら、兵員が少なすぎるからだ。この計算の根拠になるのは、太平洋戦争敗戦後の連合軍による日本の占領統治(1945〜1953年)である。

軍の占領統治には、占領軍の指揮下に民政部門を作る。警察と行政を占領軍が代行する。日本の占領の場合、都道府県知事レベルまで占領軍の軍政官が着任していた。ウクライナでいえば「都道府県知事」や「県警本部長」レベルにロシア軍人が着任することが必要になる。

1945年当時の日本の人口は約7200万人で、その統治に必要な占領軍は最大40万人(1947年)だった。現在のウクライナの人口は約4413万人である。この人口比率で単純計算すると、ウクライナの占領統治には民政部門を含めロシア軍約25 万5000人が必要だという結論になる。

ロシア軍の兵員数は、全国からかき集めても総数約35万人しかいない(韓国軍の約半分)。そのうち15〜19万人をウクライナ戦争に投入している。5つの軍管区(北部、西部、東部、南部、中央)の他の4管区をガラガラにするわけにはいかないので、現在ですでに限界に近い。

戦闘に15〜19万人しか投入出来なかったロシア軍が、ウクライナ統治に24万5000人を投入することは、物理的に不可能だという結論に至る。ということは「ロシアは最初からウクライナの占領統治など考えていない」「やりたくても物理的に不可能」と考えるのが合理的だ。

●統治機構を破壊しすぎると米軍のイラク占領の二の舞
もうひとつ、戦争終了後のウクライナについて学べるのは、イラク戦争の教訓である。

行政機構(州政府、警察、裁判所など)を戦争で破壊したり、占領後に旧政権時代の人材を行政・警察・軍のパージ(追放)しすぎると、戦後の統治が崩壊してしまう。

イラク戦争・占領(2003年)でサダム・フセイン政権を転覆した後のアメリカは、新政府からフセイン与党のバース党員を追放してしまった。すると統治機構から人材がいなくなって崩壊。イラクは分裂状態に陥り、内戦に。統治機構が崩壊したパワーバキューム地帯をイスラム国(ISIL)が占領して統治を敷いた。あまつさえ、イラク軍から追放された軍人がイスラム国に流れて戦火が拡大した。悲惨な大失敗だ。

アメリカのイラク占領統治の失敗をロシアは見ている。ウクライナで繰り返したくはないだろう。

前述のように「ロシアがウクライナを占領統治する(あるいは併合する)オプション」は最初からない。ここにイラク戦争に教訓を加味すると、ロシアは「現在のウクライナの統治機構をできるだけ保存する」のが自然である。ゼレンスキーがロシアに妥協的になってくれれば、政権を変える必要すらないだろう。

こうして「ロシアがウクライナを占領統治する」というシナリオは二重三重に否定される。

●虐殺など蛮行を働くとロシアの国益に逆行
下リンクのように「ロシア軍にウクライナが占領されると、虐殺が始まる」という言説もネットで流れている。

占領下で虐殺など蛮行を働くと「ロシア憎し」感情が再燃して戦争が再発するだろう。国際法にも違反する。せっかく停戦したのに、また非難と制裁の嵐に逆戻り。グズグズと長期化する。

ロシアは「経済制裁で国が財政的に息切れする前に矛を収めたい」(前回本欄『ウクライナ戦争に関する私見7』参照)が国益だから、相反する。ゆえに、よほどのアクシデントを除けば、ロシア軍が停戦後に残虐行為に走る可能性はほぼない。

唯一、リスクとして残るのは「徹底抗戦」を叫ぶ武装抵抗勢力の掃討戦だろう。ゼレンスキー政権が停戦に合意して正規軍が戦闘を停止しても、それに従わない武装勢力がいて、戦闘を続ける可能性は残る。そうなりそうなのは「反ロシア派」や「ウクライナ民族主義者」グループだ。そうした強硬派が戦闘を続行し、ゼレンスキーが停戦の説得に失敗したらどうなるのか。

その支配地域と兵員数が大きければ、一部地域ではロシア軍と戦闘続行かもしれない。しかし、停戦してロシア軍が去ったら、そうした国内の抵抗勢力を鎮圧するのはウクライナ軍・政府の仕事になる。早期の鎮圧に失敗すれば内戦である。ゼレンスキーは「裏切り者」と呼ばれ、暗殺やテロの標的になるだろう。

いま最前線では、数百メートルを隔てて、ロシア軍兵士とウクライナ勢力が銃を構えて対峙している。一時は非戦闘員に小銃を配り、火炎瓶作りを奨励してまで「国民総動員の徹底抗戦」を演出したゼレンスキーだ。「ロシアの要求に応じることにしましたので、停戦して銃を引き渡してください」と言ったところで、一体どれくらいの割合のウクライナ兵士が従うのだろう。現時点の私には見当がつかない。

●結論:歴史に学ぶ意思や能力が低い日本マスコミ
さて、日本のマスコミに話を戻そう。ここまでの論証で、日本のマスコミの問題点を3点挙げた。

(A)過去の事例(歴史の教訓)に学んで、現在のニュースを分析したり判断する意思・能力が極端に低い。

例として挙げた歴史例は

①福島第一原発事故
②日本の占領統治
③アメリカのイラク統治
④同じチェルノブイリ原発付近の2020年の森林火災。

まったく悲惨な有様としか言いようがない。①②は自国の歴史だ。①はわずか11年前、③は19年前である。④に至っては2年前にすぎない。

 この程度の情報は、ネットで検索すればすぐに出てくる。私は実際そうやって調べた。

東京にある新聞社やテレビ局と、私の間で、情報環境は何も違いがない。いやむしろ、一人で孤軍奮闘している私と違って、彼らははるかに多人数のスタッフを抱えているはずではないか。

(B)戦争時なのに、交戦当事国の政府発表に依存して検証しない。「政府発表」を検証なしで流す日本国内の癖がウクライナ戦争報道でも抜けない。

2011年から続く福島第一原発事故で私たちは、こうした日本マスコミの惨状を思い知ったはずではなかったのか。それが放置され、さらにひどいことになっている。「原発事故」「戦争」という最大級のクライシスに、日本の報道はまったく対処できない。残念ながら、私は現在のわが祖国を「報道貧困国」と呼ばざるを得ない。

なぜウクライナ戦争の日本のマスコミ報道はかくも悲惨なのか、その検証は次回以降に稿を改めようと思う。

(2022年4月1日、東京にて記す)

<注1>今回も戦争という緊急事態であることと、公共性が高い内容なので、無料で公開することにした。しかし、私はフリー記者であり、サラリーマンではない。記事をお金に変えて生活費と取材経費を賄っている。記事を無料で公開することはそうした「収入」をリスクにさらしての冒険である。もし読了後お金を払う価値があると思われたら、noteのサポート機能または

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<注2>今回もこれまでと同様に「だからといって、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を正当化する理由にはまったくならないが」という前提で書いた。こんなことは特記するのもバカバカしいほど当たり前のことなのだが、現実にそういうバカな誤解がTwitter上に出てきたので、封じるために断っておく。



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