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「東京チカラめし」の消滅に見る     日本最大の資源 熟練ブルーカラーの消滅

 牛丼チェーン店「東京チカラめし」が事実上消滅する、というニュースを読んで唖然とした。同社が競争に負けた理由が「牛肉を焼く従業員教育が重荷になった」とあったからだ。

「東京チカラめし」は2011年に東京に池袋西口店を開店し、競争の激しい牛丼市場に参入した。他社との違いは「焼き牛丼」だった。翌年には100店舗を達成。ところが2013年からは、調理スタッフが足りず、24時間営業を続けられない店が出始めた。事業は縮小、現在では8店舗を残すのみだという(『日経ビジネス』2019年3月25日付電子版)

「具をよそうだけの調理に比べて作業に練習が必要で、調理にも時間がかかる。当時は急に店舗数を増やし過ぎたために調理スタッフの教育が間に合わず、店舗運営に支障が出ていた」と同誌は分析している。

 この話が恐ろしいのは、外食産業では「牛丼の肉を焼けるようになる」程度の従業員の熟練すら、競争に負ける要因になる事実がわかることだ。つまり「新人が肉が焼けるようになることすら待てない」ということだ。

 働く者として、これは背筋の寒くなる現実だ。今の日本ではブルーカラー労働者の就職先は、外食や販売、接客といったサービス産業しか残されていないからだ。

 いま、日本からは自動車や家電といった製造業=モノ作りの生産拠点(工場)が急速に消えつつある。自動車産業は円高リスクを避けて消費マーケットに近い北米や欧州に移った。家電はより人件費の安い中国やベトナム、バングラデシュへ移転。そうしないと、他国企業との国際競争に負けるからである。

 かくして、ブルーカラー労働者の就職先が日本から消えつつある。例えば、1930年代からパナソニック(松下電器)本社・工場がある「企業城下町」だった大阪府門真市は、1980年代から人口が減り続けている(約14万人→12万人台)。法人税収は約5分の1に減少し、家賃相場も下落した(2019年3月19日付朝日新聞)。鉄鋼、家電、自動車など、かつての企業城下町はどこも似たような状況である。

 こうした製造業は、ブルーカラー労働者が熟練労働者になる勤務先を提供してきた。中・高卒で入社し、工程をじっくり学んで熟練工になる。ここでは終身雇用制が前提である(そうでない人は『パート』と呼ばれた)。年齢が上がると管理職になる。賃金が上昇する。製造業は、そうした「社会上昇」の場所をブルーカラー労働者に与えてきた。それが日本の「中産階級」を生み、維持してきた。

 その工場=就職先が消えてしまった。その結果が「中産階級の消滅」である。いま日本には事実上、管理職・経営者要員の大卒エリートホワイトカラーか、ブルーカラーしか就労先がない。そしてブルーカラーの就職先は外食や販売、接客といったサービス産業しか残されていない。

 これが「年収300万円以下」と「年収1000万円以上」に二極分化した「格差社会」の実態である。「真ん中」が消えたのだ。

 こうした外食・販売業のひとつとして、冒頭の「東京チカラめし」がある。コンビニエンスストアもその一例だ。

 昨今の外食・小売産業は、全国企業によってフランチャイズ化されているため、全国どこでも同じサービスが提供されるよう、業務は徹底的にマニュアル化されている。ローソンで買い物をすれば、北海道だろうが沖縄だろうが、同じ制服をきた従業員が、同じデザイン、商品配列の店舗で、同じセリフで対応する。

 こうした業態では、従業員が「熟練労働者」になることがない。もともと、産業におけるマニュアルは「誰が作業をしても結果が同じになる」ためにある。マニュアルにさえ従えば、誰でも組織の一員として機能する。これは裏返すと「マニュアルさえ守ってくれるなら、従業員はいつでも取替可能」ということだ。

 かつての製造業における「熟練」とは「その人でないとできない職能」を身につけることだった。容易には人材の取替が効かない。かつての「職人」に近いと考えてもらえばよい。そうした熟練工が高品質な製品を支えてきたことは、すでに指摘され尽くしているのであえて言葉を重ねない。

 街角の牛丼チェーン店に入って、寿司屋の頑固オヤジみたいな、その道一筋40年の職人さんが円熟の牛丼を作ってくれることは、まずない。大鍋の牛丼の具をヒシャクですくって、丼に盛ったご飯にかける。これ以上はないほどの単純労働である。たいへん失礼だが、誰にでもできる。

「チカラめしの消滅は、その作業に「牛肉を焼く」工程が入っても、競争に負けるリスク要因であることを教えてくれた。労働者は何歳になっても取り替え可能な(=いつでもクビにできる)非熟練労働者にとどまらざるを得ない。日本のブルーカラー労働者の未来のシナリオとして、私は非常に暗い気持ちになる。

扶桑社『Numero Tokyo』2019年6月号より編集部の了解を得て転載。冒頭の写真はWikipediaより

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