中野坂上駅 午前6時

 朝起きて、目を瞑るけどもう眠れない。今日は彼が泊まりに来ていないから、セミダブルのベッドは少し広く感じる。5分くらいぼーっとして、冷蔵庫を開けて水をいっぱい飲むと頭が少しずつ動き始めた。

 新宿でも渋谷でもない中野坂上という街は、オフィス街でビルはあってもどこか物足りない街。立地はいいし、美味しい居酒屋もある。スーパーも本屋もある。でもじゃあ中野坂上でデートするかと言われると、そんな場所ではない。昔は知らないけど、今は造られた街のように感じられる。

 別に特に大きな理由もなく、ここに住んでいる。職場のオフィスは赤坂見附だから丸の内線で一本だし、新宿にも渋谷にも近い。忙しい彼とのプライベートは基本家でのデート。マンションのベランダからは何も見えないけど、街の匂いだけは感じられる。

 無機質なようであり、でも同じような人たちが住んでいる息遣いが感じられる。すれ違う人たちを見ると、みんな丸の内線か大江戸線ユーザーで、大体駅の近くに住んでいて、朝は急いで中野坂上駅の地下に吸い込まれていく。仕事が終わると、ああ疲れたなって地上に戻ってくる。

 そんな感じだから、家の近くにある焼き鳥屋とかバーで会う人とはすぐ仲良くなれる。取引先の人が実は近くに住んでいたこともあって、ばったり出会ってびっくりしたけど、世間が狭いんじゃなくて、私と中野坂上が狭いんだ。最近はそう思うようになった。

 土曜が仕事で月曜が休みの今日は月曜日。一週間が始まる人たちは忙しいんだろうけど、私は何もない。ゴミを出したら何しよう。暑くなる前にジョギングをするのが日課で、その後にシャワーを浴びてさっさと着替えて、もう一度ゆっくり寝る。そうやって昼過ぎから何しようか考える。

 ジャージに着替えて、イヤホンを付ける。家を出て走り出すと、駅に向かう人がちらほらいる。皆がんばってるんだから私も走るんだ。青梅街道に入って、中野通りまで走る。イヤホンからは、クリープハイプの「本当なんてぶっ飛ばしてよ」。ポップでどこか気の抜けたような気楽さと尾崎さんの声、皆のコーラスが好き。道行く人、街行く人と全然違うテンポで今の私は生きている。走るリズムに合わせて、息も上がってきた。苦しさが逆に心地いい。

 さよなら、どうかお元気で。少し早く過ぎていく風景と仕事に向かう人たちを横目に、中野通りに入ってセントラルパークを目指して、私は少し走るペースを上げた。

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