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夕闇骨董シリーズ          一章:首穴屋敷と幽霊骨董店     2話「幽霊通りと幽霊みたいな店」

「皆はさ、夕闇に隠された幽霊商店って知ってる?
 夕方と夜の間の時間帯、逢魔が時って言うのかな?
 その逢魔が時の夕闇を一人で歩いてるとね
 いつも見慣れたはずの街並みなのに突然目の前に見慣れないお店が現れるんだって
 そのお店の外観は古くて不気味な感じなのに、それでも何故か目が引き寄せられる…そんな空気を纏ってるんだってさ
 それでね、そのお店を見つけてしまった人は夕闇を一人で歩いてる心細さから、明かりに導かれるようにお店に入っちゃうんだって
 何かに獲り憑かれたみたいに目の前のお店に疑問を感じないまま扉を開けると、中から怖いぐらいに美人なお姉さんが出迎えてくれるらしいの
 店内には何故か誰でも手に取りたくなってしまうような、そんな魅力的な古いガラクタが沢山置いてあるんだって
 
 私は古いガラクタなんて欲しいって思った事が無いんだけど、それでもそのお店に入ったらさ
 「このガラクタ凄い可愛い!滅茶苦茶欲しい!」ってなるのかな?
 ちょっぴり気になるね
 
 でも、どんなに気になっても魅力的に感じても、絶対にそのお店で買い物をしちゃ駄目なんだ
 何で駄目かって?
 それは勿論…そのお店に置いてある古いガラクタに宿ってる怨念に呪われちゃうからだよ…」 
 

午後17時50分 穴塚市 穴塚ショッピングモール駐車場

「そんじゃ今日は仕事終わりに荷物持ちまで付き合ってくれてありがとうね藤吉、でも本当に親父の車で一緒に帰らなくて良かったの?」

「いや、この後知り合いの店に顔だけでも出しとこうと思うから遠慮しとくよ、それと親父さんにはよろしく伝えといてくれ」

優華の買い物も無事に終わり、今は娘の迎えに此方へと向かってる優華の親父さんの車待ちだ
俺はこの後にでも、親父の先輩が経営してる骨董屋「黒倉」に軽く顔を出してから家に帰ろうと考えていた

「オッケー、それと偶にはうちに飯でも食いに来いって親父が言ってたよ…藤吉と親父は昔から仲良いもんねぇ」

優華の親父さんとは勿論「たこ口」のオーナーの事なんだが
この人は子供をそのまま大人にしたみたいな人で、理屈を蹴飛ばし物の良し悪しを直観だけで見抜いてしまう凄い人だ
「たこ焼き屋の社長ってのは偽りの姿、俺の本当の職業は旅人だ!」とか言って度々失踪しては、優華のお袋さんに殴り飛ばされてるのはご愛敬だが
不思議と人が集まり、この人を中心に冒険や挑戦がしたくなるような、そんな熱い気持ちを抱かせる、不思議な人だ
優華の勘の鋭さとカリスマ性は、この親父さん譲りなんだと思う

「後は、そうだ私の方からもメッセージは送っといたんだけど、千花ちゃんに今度一緒に焼肉行こうねって言っといて?」

「了解了解、千花はオマエの事を尊敬してるから、きっと喜ぶよ」

千花は幼少期からご近所のお姉さん兼ガキ大将だった優華を心の師と慕っている、
まぁ子供の頃から少し人見知りな所が有ったウチの妹にとって、
子供の頃から毎日自分の腕を取っては、色んな所に連れまわしてくれたり優しく面倒を見てくれた優華の事は、実の姉のように慕い尊敬しているのだ
なのでこうして女子会と称して二人で度々食事に行くぐらいには今でも中が良いらしい
 
 

「おっ、迎えの車が到着したみたいだぜ」

「みたいだね、んじゃ今日はお疲れ、また明後日ね」

「おぅ、お疲れ」

「うん、藤吉も気を付けて帰るんだよ」

こうして迎えが到着した優華と別れ
俺は夕闇の迫る街並みへと歩を進めた
その先には
日常の緩やかな終焉と
非日常の急激な浸食が目先に迫ってる事なんて
今の自分は、何一つ予感すらしていなかった

 
午後18時45分 穴塚市 八幡神社前通り

思ったよりも骨董屋「黒倉」で長居をしてしまった俺は、少し早歩きで家路を急いでいた
黒倉で今日の骨董市の様子やら、空いた時間が有るなら黒倉でも簡単なバイトをしないか?
妹ちゃんネットで活動してるんだって?今度ウチの店も宣伝してくれよ!……等々
普段は理屈臭い所が有る店主の大将こと蔵国小弥太(くらくに こやた)だが、今日の骨董市では思いの外に良い売買が出来たのか
大将の機嫌が上機嫌だったのも長居してしまった原因だ
まぁ今日の骨董市に行きそびれた俺が、少しでも骨董に触れ合いたいと店内の色々を物色をしたり、
どんな店が出店してたのか?何か掘り出し物有ったのか?など会話が盛り上がったのも原因なのだが
そんな事を思いながら歩いていると三叉路に突き当たる、当然それに迷う事無く駅へ向かう道へと入ったのだが

その筈だったんだが

普段通りの道
普段通りの三叉路
通りの先に見える見慣れた街路樹

ここを右に歩いていけば然程時間もかからずに、駅の駐輪場に出るはずなんだ…
それなのに、これは余りにも異常だ
平地のはずの道が緩やかな下り坂になってるように感じる
普段より少し道幅が広く感じる
ぽつ…ぽつ…と立ち並ぶ街灯の明かりを見て「あれ、この道ってこんなに暗かったっけ?」と感じてしまう
そして、それより何より不気味なのは、使い慣れた道を普段通りに歩いてるだけなのに何故か背中に嫌な汗が浮かび上がる程の違和感
そんな日常と違和感の狭間を歩いてるような状態の視線の先に
普段見慣れたはずの道の突き当たりに

突然見覚えのない店が現れた

…見慣れない
それなのに何故か懐かしくて
子供時代に毎日のように遊びに通ってた友人の家のような親しみを感じさせる
学生時代に仲間たちと通い詰めた溜り場のような気安さ
そんな感覚を押し付けてくる

懐かしくて

親しくて

気安くて

…そして不気味な

まるで、何処かで聞いた怪談話に出てくる幽霊みたいな存在感を放つ建物が、緩やかに現れた

「何か良いなあの店、ちょっとだけ見てみるか」

特に意識もせず口から出てきた言葉に自分で驚愕し、理性と本能が反発する

これは錯覚か?
それとも夏の暑さと疲労が見せた幻覚なのか?

いや、それは違う…確かに多少の疲労感は有るけど意識はしっかりとしているはずだ

普通は常識的に考えて、突然現れたとすら感じる程に見慣れない古ぼけた店に対してここまでの親しみは感じない
本当に懐かしい、店内に入るタイミングで思わず「ただいま」と言ってしまいそうな程に一方的な親しみを感じる
それが何よりの証拠だ、あの店はどう見ても怪しすぎる…普通じゃ無い

でも懐かしい感じがする

どう考えても今置かれている自分の状況は、常識的に説明出来ない異常な事態に巻き込まれてしまっている
今あの店に入ったら、きっと非日常的な何かに巻き込まれる

でもあの店から悪い感じはしない、それに何だか…
…あぁ…そうだ、とても入りやすそうな店なんだ

何者かの意思が自分の思考に取って代わって代弁するかのように俺の理性を説き伏せてしまう
だから歩みは止まらない
自然と導かれるように
夏の暑さに朦朧とした意識の隙間に入り込んだ何かに誘導されるように
その歩みは先へと進む

日が暮れて薄暗くなり始めた夕方と夜の狭間の時間
息を潜め始めた街の活気
人の往来が何故か完全に消え、静寂に包まれた夕暮れの通り
そんな中でも、自分の足が向かう先の店は暖かな光が暖簾から漏れ出ていた
歩みの先に有る店の屋号が記された看板が目に入ってくる

    「幽刻庵」

夜の帳が落ちる

懐かしい誰かに包み込まれるような心地良さは
夏の熱気のせいか
仕事の疲れのせいなのか

それとも

人では無い世界の住人に誘導でもされたのか
そんな俺の目の前に現れた建物は
どこかで見たような
どこまでも古ぼけた
幽霊みたいな店だった。

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