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「べし」――資源活用事業#23

植戸万典うえとかずのりです。常識だと思っていたものほど不確かだったものはない、というのが今の世界に対する現代人の実感なのではないでしょうか。

そんな大層な話題でなくても。
世の中には自身の狭い見識を全世界の常識のように押し付けてくる人がいてうんざりすることも多いですが、偉そうな肩書きの大人も実際はおおむね単なる小市民なので、全部を真に受けることはありません。という考えもあることを、新社会人の皆さまには頭の片隅にでも置いておいてほしいなという気持ちで、春先に『神社新報』へも拙稿を寄せました。
これもひとつの押し付けなのですがね。

コラム「べし」

 当然だと信じていたが実は当然ではない、という事柄は多い。例えば「三大神勅」とは天壌無窮・宝鏡奉斎・斎庭之穂の神勅が当然だと思っていたが、三大神勅なる考え自体が近代の産物で、しかも戦前はしばしばそこに神籬磐境の神勅を入れていたりと、固定したものではなかったらしいと最近知った。
 春を迎え、新社会人が巣立つ季節だ。大人になるのも二十歳が当然のことと思い生きてきたが、この四月には民法が改まって十八歳からが成年となる。高卒直後の就職者も既に成人ということ。ただ考えてみれば、古来の元服にも定まった年齢などなく、七、八歳のこともあれば三十代での例もある。長い目で見れば、社会の一員として認められる年齢も一律二十歳が当然とは云えない。
 新人研修も始まるこの時期はまた、各所で立派な大人たちが若人に「社会人は当然こうあるべきだ」といった「べき論」を垂れて、辟易されている頃でもあろう。連想するのは教訓茶碗という酒器だ。注ぐ液体が一定量を超えると底の穴からすべて流れ出る仕掛けの杯で、慾張って飲もうとすればすべて失ってしまうという教訓を示すものだが、有り難い訓示も度が過ぎれば教えは右耳から左耳へと抜けてしまうことに通じている気もする。
 酒器には可杯べくさかずきというものもある。注がれた酒を飲み干さねばならない猪口で、底に穴があって指で塞がねばならなかったり、独楽のように尖っていたりして、下に置けない構造をしている。漢文では「可」の字を「吾子孫可(レ)王之地也」とか「可(三)与同(レ)床共(レ)殿、以為(二)斎鏡(一)」とかのように下に置かないことからこの名が付いた。遊興の座でなら楽しい道具だが、乗じて酒を無理強いするのに使うなら戴けない。同様に独り善がりな「べき論」も一方的に聞かせられるのは苦痛を伴おう。
 もっとも、お小言を云わねばならない立場というものもある。本欄のようなオピニオンもそうで、なにも好んで世を評しているわけではない。社会の幸いを願ったものだ。とは云え偉ぶった評論なんぞ小煩いだけであって胸に残らないのだから、せめて拙いながらもユーモアだけは忘れずにいたいと思う。
 江戸時代後期の備後国の儒学者・菅茶山の漢詩にこのようなものがある。
  一杯人呑(レ)酒 三杯酒呑(レ)人
  不(レ)知(二)是誰語(一) 吾輩可(レ)書(レ)紳
 「酒人某扇を出して書を索む」と題する作で、一杯なら人が酒を飲むが三杯ともなると酒が人を飲む、これが誰の言葉かは知らぬが私はいつもこれを心に留めていよう、という内容だ。同旨の記述は江戸中期の天文学者・西川如見の『町人嚢』にも見える。扇に一筆求めてきた酒客に飲み過ぎを戒める詩を作るというのもユーモアに富んでいて好ましい。
 当然と云い切れるものは無い。後進を導く同じ「べき論」でもユーモアのある方が人を動かすのだと肝に銘じておくべきなのだ。
(ライター・史学徒)

※『神社新報』(令和4年3月21日号)より

なお本紙では歴史的仮名遣ひでした。
そして漢文の返り点もちゃんと紙面には反映されていました。

「べし」のオーディオコメンタリーめいたもの

愛知県の関谷醸造さんが醸す銘酒「蓬莱泉」シリーズの主力商品「可。」からインスピレーションをいただいたコラムです。

良い酒蔵なので、この場でも推しておきます。

三大神勅とか五大神勅とか、最近はそこそこ人口に膾炙しているように思うのですが、じゃあそれって昔から言われていたことなのかとなると、今の形でほぼ定着するのはどうも平成に入ってからなのではないのかなぁと思われます。
ある意味、ひじょうに社会思想的な流れのなかで現在の認識に統合されていった模様です。

そもそも「三大〇〇」って、そのほとんどは基本的に言ったもん勝ちみたいなものなので。
「三大」みたいに収まりのいい数として纏めると一見わかりやすくはあるけれど、逆に個々の内容がおざなりになってしまう側面もあります。「三」という数に収めるために無理していたりすることも。
賤ヶ岳の七本槍も9人いるし龍造寺四天王も5人いるのだから、世の多くの「三大」系もそれくらいの認識で良いのかもしれません。

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