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君は[オナリザ]を知っているか

  秋田県大館市JR大館駅の周りには何も無い。だが、その何も無い土地に1軒の映画館がある。

  御成座[オナリザ]。【世界でもっとも知られた、もっとも見られた、もっとも書かれた(以下略)】女性の名前になんとなく似た名前の、知る人ぞ知るレトロで昭和なミニシアターだ。ここを訪れるのは今回で2度目になる。10時の回の上映10分前に到着して中に入ると、既にちらほら客が入っていて、映画の始まりを待っているのだった。

  とりあえず席に着いたが、朝食を抜いたせいで腹の虫が鳴っている。「なにか食べ物を...」と、スクリーンを出て売店を物色していると、ポップコーンを発見した。反射的に「おっ」と声に出る。だが、待てよ。どういう類のポップコーンだろう。準備に手間取るタイプのポップコーンの場合、上映開始までの10分弱で間に合うのだろうか。とりあえず受付の男性に声をかけた。

「あのう、ポップコーン買いたいんですけど、上映には間に合いますか?」
「はい、大丈夫ですよ。できたら席まで持っていきますね」
男性はそう言うと、今しがた入ってきた客の対応のためまた受付に戻って行った。
   
  ほっと息をつきスクリーンへ戻る。良かった、どうやら間に合うらしい。それにしても席まで持ってきてくれるなんて、なんて親切なんだろう。辺境の映画館のホスピタリティに感動しつつ、席に座る。スマホを見ながらポップコーンがやって来るのを待っていると、上映開始の10時が刻々と近づいてきた。

9時57分、「そろそろかしら...」
9時58分、「もう来るかしら...」
9時59分、「まだなのかしら...」
10時00分、「あれ....................」

10時03分、「やばいやばいやばい」

  来ない。スマホの時刻もスクリーン脇にある時計も、とうに10時を回っている。しかし、ポップコーン(を持った男性)は来ない。そして上映も始まらない。館内の他の客もソワソワしだしている。御成座はレトロで昭和な映画館なので、館内の照明や映写機を操作する人がいないと上映が始まらない。そして上映の担当はあの受付の男性だったのだ。
嗚呼、彼はいま、私のためにポップコーンを作っている!

  振り返ればあの男性以外、従業員らしき人はいなかった。つまり、準備もチケット売りも上映も、全部あの男性がワンオペでやっていて、単純にめちゃくちゃ時間に追われていたのだ。そんなギリギリのスケジュールに私が「ポップコーン」を追加してしまった。しかも上映開始の数分前に。そのせいで、あの男性は上映開始時間を過ぎてまで、ポップコーンを作っている。恐るべしオナリザ・ホスピタリティ、客一人のために上映開始を遅らせる究極のサービスを体験し、私はただただ震えて待つ他ないのであった。

  「自分のせいで映画が始まらない」という恐怖と罪悪感。私を含め10人ほど客が入っている状況が更に精神を蝕む。
「そもそもなんでこんな僻地の映画館に朝から10人も客がいるんだ!(すごいぞ!)」
と、心の中で叫ばずには平静を保つことが出来ない。そして、永遠に似た数分が経った。 

「お待たせしました。不発弾が多くて...」
「(すいません不発弾なんてどうでもいいですえなんですかこれめちゃくちゃホカホカじゃないですか出来たてじゃないですかいやそれより早く上映始めて下さい)ありがとうございます」
迷惑な客の対応を無事終えた「受付兼上映兼ポップコーン作り担当」の男性は、手早く上映準備を行い、7分遅れで上映は始まったのだった。

  さて、この出来たてポップコーンの味なのだが、既視(食)感がある。これ、何処かで...
「あ、これスーパーに売ってるフライパン型のやつだ!てことは....」

え、直火!?

[おしまい]

御成座に関して、界隈でまことしやかに囁かれている噂があります。それは、
「御成座は上映開始に間に合わない時に電話をかけると、【待ってくれる】」
まさか、いや、本当に待ってそう....
御成座は「手作り」という言葉がピッタリの貴重な映画館です。外壁の手描き看板や、オリジナルチケット、映画館グッズなど、来る人を飽きさせない工夫と魅力に満ちています。

「大館駅の周りには何も無い」と書きましたが、実際は色々あります。目立ったところで言えば、とりめしのお店と秋田犬の館は本当に目立っています。
『秋田犬ぬいぐるみタワー』は一見の価値あり。

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