「Neo classroom 学級づくりの新時代」を読んで

読書日記第8弾。今回読んだのはこちら。


令和型学級づくり

教育困難校での多くの指導経験を活かして、集団育成に関わる指導行動を研究した著者による指導法の指南書。
「従来の日本型教育のおわりのはじまり」がやってきていると指摘しています。
たとえば、多様化の進展により目の前の事象に対して白か黒かのラベリングが進み、結果として他者への不寛容さが進んでしまっている。
また、GIGAスクール構想の進展により生徒のタブレット使用を教師がハンドリングしようとし、結果として管理のもとの「一斉一律な学び」となってしまっている。
そんな現状に警鐘を鳴らし、「令和型学級づくり」として、日本の教育の在り方の見直しを呼び掛けています。
他者への不寛容さは実際に社会に広がっているなとすごく感じます。
ミスチルのGIFTの「白と黒のその間に無限の色が広がっている」じゃないですけど(著者も同様のフレーズを著書中に書いている)、「曖昧さ」を許容できる雰囲気づくりは大事だなと思います。

令和型学級づくりのキーワードとして、著者は「秩序」「遊び」「自己選択」の3つを挙げています。

(1)秩序

学級崩壊は「秩序」がなくなるから起こる、と述べています。
秩序がなくなる要因として教師と生徒との関係の破綻を挙げています。
学級を崩してしまう教師として3つのパターンがあると述べています。
①高圧的ガミガミ教師 ②頼りにならないゆるゆる教師 ③近寄りがたいと思わせてしまう教師
私は②だと思います。
このタイプだと、子供たちが個々に自己中心的なリーダーシップを取るようになり、それぞれに勝手なことをし出し、年度初めに決めたルールも曖昧になってしまって収拾がつかなくなってしまいます。
あーまさにそれだなと思ってました。
学級のルールを守るメリットを生徒自身が享受できてなくて、だんだんと曖昧になっていき、「守っても守らなくてもいい」みたいな雰囲気になっていき、自己中心的なリーダーシップを取る子供の声が大きくなっていく、という感じです。
このタイプの教師の問題点をクリアするためのポイントとして、「他人を傷つけた場合、勇気をもって子どもたちに厳しく指導すること」そして「その際になぜ叱ったのかの理由を具体的に伝えること」が大事と述べています。
逆に、「他人を傷つけていないかどうか」「自分を大切にしているかどうか」以外の細かいルールについては、軽く注意するだけで指導の深追いはしない、という提唱が新鮮でした。
サボりとか細かい「ズルいこと」に目を光らせてしまいがちだったので、すぐには指導せずにまずは文脈をとらえ、自分ごととするためにはどうしたら良いかを考えるようにしたいと思いました。

(2)遊び

「授業で負った傷は授業でしかケアできない」という言葉が強烈に印象に残りました。
無気力で無関心な生徒や落ち着かない生徒は「授業がおもしろくない」「授業なんてどうでもいい」と思っており、それを救うには魅力的な授業をするしかないのだと思いました。
具体的な方法として、雑学を活用して1つの事象を様々な視点から捉えられるようにしてワクワク感を高めること、何か1つだけの教科だけに絞って個別指導して点数を伸ばす成功体験を得させること、活動のゴールとして学習成果を友達や先生方・保護者に披露する機会を設けることなどが挙げられていました。
それ以外にもタブレットを利用した実践例など様々な事例が紹介されており、授業にワクワク感を足しゲーム性を高める工夫が重要なのだと感じました。

(3)自己選択

学校では子供たちに自己選択させる機会が圧倒的に少ないと指摘し、自己選択させることによるメリットを挙げ、自己選択が活きる学級づくりを提唱しています。
指示されないと動けない子にならないよう、「どうしたらいいと思う?」と聞き返すことは非常に有用だと思いました。
また、子供自身で答えを出せたのであればそれを認め、大いに褒めることも重要だと述べています。
学習方法についても、自己選択させることの利点を挙げています。
たとえば、曲を聴くときに歌詞が先に入ってくる「言語優位者」、メロディが先に入ってくる「聴覚優位者」などがいるように、学習においても生徒の特性は様々であり、その特性にあった学習方法を選択させることが大切だと述べています。
学習課題も同様に自己選択させるべきだと述べています。
正直、ここまでの自由度を持たせた上で生徒に最低限の学習を保障できるか、と言われれば自信がないです。
でも、「スライドを使ってまとめてもいい、説明動画を撮ってまとめてもいい」「まとめるテーマを生徒に選ばせ、ジグソー法で知識を交換し合う」といった形で落とし込んで活用することはできるのかな、と思いました。

教師力を高めるには

(3)の自己選択のところで述べたように、全部が全部そのまま取り入れるのは難しくて、自分に合ったやり方で落とし込んでいくことが大事だと思います。
本書の中で、著者は「教師力=着せ替え力×解像度」と定義しています。

タンスに収納して、何度もコーディネートの失敗を重ね、試行錯誤を経てようやく自分らしい洋服の組み合わせ、ファッションができ上がっていきます。

小野領一著「Neo classroom 学級づくりの新時代」(東洋館出版社) p.61

読者モデルや芸能人の着こなしをそっくりそのままマネしてもうまくいかないように、達人教師の実践をそっくりそのままマネしてもうまくいかない理由が腹落ちしました。
解像度については、例えば授業中の騒がしさについて「いい騒がしさ(熱中して思わず言葉が出てしまって騒がしい)のかダメな騒がしさ(私語によって騒がしい)のか」→「私語が多いのであればそれはなぜか?」→「子供たちが手持無沙汰になってしまっている」→「それはなぜか?」→「子供たちが何も取り組まない空白の時間が生まれている」→「それはなぜか?」→「課題がかんたんですぐに終わってしまい、その後何をしたらいいかわかっていない」などといったように、視野を広げ構造を掘り下げていくことが大切と述べています。
このように、解像度を高める分析って普段の業務ではなかなかできないです。
だからこそ、合評会などでの論議や、noteや日記に思いを文章化してみる、ということはとても大切だと思いました。

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