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2022年3月期決算短信、決算発表の雑感:ESG情報が充実、人的資本開示はこれから、DX推進を盛り込む企業が多い、Non-GAAP指標には注意

 学生がレポートして分析した約110社の上場企業の決算発表・短信をみてみた雑感をまとめておきます。なお、これはあくまでも雑感なので、定量的には確かめているわけではないです。むしろ、どういったキーワードでまとめられているかどうかについて「あたり」を掴むための作業です(今後、定量的な分析を行っていきます)。

 今回は学生のレポートに書いてあることを確かめるために分析対象とした企業の決算短信・発表のデータをチェックしました。60人学生がいて、2社分析しましたので、120社、重複もあったので約110社ほどになります。これだけ一気に決算短信・発表をチェックするのは初めてだったので、せっかくなので雑感をまとめて、今後の基礎的な研究調査に繋げていく予定です。


1. 決算短信・発表の形式

 上場企業の決算短信、決算発表の形式がどのように定められているか最初におさらいしておきましょう。決算短信は適時開示と呼ばれ証券取引所からの要請に基づき作成が求められています。東京証券取引所は、45日以内に決算短信の開示を行うことを求めています。そのため、決算短信・発表は3月期決算企業であればおよそ一か月を少し過ぎたあたり、つまり5月あたりから公開・発表になることが多いです。決算短信と合わせて多くの企業が行う決算発表では、昨年度(2021年度)の業績の結果についての説明、今後の方針などが示されます。

 決算発表時においては、決算短信と合わせて補足となる関連情報も開示され、発表時に行われるプレゼンテーションのスライドも開示されることが殆どです。補足情報は企業によって異なります。例えば、オリエンタルランドでは、貸借対照表、損益計算書の詳細情報を補足情報として出すだけではなく、テーマパーク事業別の収入、入園者数、ゲスト1人当たり売上高などについても書かれ、対1月発表予測増減もあります。保険会社であれば保有する保険契約の情報について開示されています。詳細に分析を進めていく上ではこうした補足情報も見逃せないところです。

 企業によっては中期経営計画説明会資料や進捗状況などを決算発表とは別に開示しているケースもあります。企業としてはPRしておきたい事項や投資家に対する情報が開示されているのが印象的です。

 
 適時情報開示についてはTDnetもチェックしておくとよいですね。TDnet(Timely Disclosure network:適時開示情報伝達システム)は、公平・迅速かつ広範な適時開示を実現するために提供されているシステムです。プレスリリース関係の情報もこちらにあげられていますので、Twitterをチェックする気分で、こうしたものを色々と拾い上げていくと面白いです。

 さて、決算短信の開示では、表示に該当する最初の一ページ目に社名、代表者、問い合わせ先責任者、定時株主総会開催予定日、有価証券報告書提出予定日、2022年3月期の連結業績(連結経営成績、連結財政状態、連結キャッシュ・フローの状況、配当の状況)、2023年3月期の連結業績予想、などの基本情報が記載されているページがあります。そのページ以降に、
・経営成績等の概況
 当期の経営成績・財政状態の概況
 ・今後の見通し
 会計基準の選択に関する基本的な考え方
 連結財務諸表

などが示されています(連結を形成するだけのグループが無ければ単体での情報となります)。

上記の情報とは別に、
 企業集団の状況
 経営の基本方針
 中長期的な会社の経営戦略
 対処すべき課題

などが記載されてることも。そして、企業の状況によっては、必要に応じて継続企業の前提に関する重要事象等が開示されています。

 2022年3月期決算を発表した上場企業約2,370社のうち、決算短信で「継続企業の前提に関する注記(ゴーイングコンサーン注記)」(以下、GC注記)を記載した企業は23社(前年同期28社)だった。また、GC注記に至らないが、事業継続に重要な疑義を生じさせる事象がある場合に記載する「継続企業に関する重要事象」(以下、重要事象)は、69社(同64社)だった。
 GC注記と重要事象を記載した企業は計92社で、2021年9月中間決算(87社)から5社増加した。新型コロナ感染拡大で急増した2020年3月期の83社以降、2021年3月期(92社)に並び、高止まり傾向が続いている。
 92社のうち、コロナ禍の影響を要因にあげたのは42社と半数近くを占めた。消費関連を中心に営業活動の制限などによるダメージが大きいが今後、本格的な回復に転じるか注目される。
 一方、為替相場の変動、エネルギー価格、原材料価格の高騰などのコストアップが業績悪化のリスク要因に浮上している。新たにGC・重要事象を記載するケースも目立ち、不振企業の増加が顕在化している。
 

東京商工リサーチ「92社が「経営悪化のサイン」を記載~ 2022年3月期決算 上場企業「継続企業の前提に関する注記」調査 ~」2022年6月3日公開

 これは企業が継続することに疑義がある状態にときに記載しなければならない項目です。これが記載されるということは企業が継続して事業を行えるかどうかについて疑義が生じる事象が発生している、ということで、投資家に対して警戒するように呼び掛ける情報になります。勿論、企業側もなるべく自社に不利になるような情報を出したくはないと思いますが、読み手に誤解を生じさせないために、こうした情報も提供することが決算短信内でも求められています。勿論、この情報は、決算短信だけではなく、最終的には有価証券報告書内にも記載されることになります。

2. 決算短信情報は量、質ともに企業間で大きな違いがある

 決算短信の情報は、その後の株主総会を経て公開される有価証券報告書と比較して、重複する情報も多いものの、有価証券報告書と比べて記載内容の自由度が高く、決められていない点が多くあります。そのため、各社で書いてある内容の量、質ともにかなり違いがあります。有価証券報告書については、企業の詳細情報が全て織り込まれる形式になっていますが、決算短信についてはそうではないということです。

 具体的には、決算短信内に経営方針まで示している企業は少なく、多くの企業が決算短信内で、経営成績等の概況の項目の中で、当期の経営成績、財政状態の概況、キャッシュフローの概況、今後の見通し、当期・次期の配当(ここも場合によっては割愛している)に関する情報を示すのみに留まっています。

 このように決算短信だけでは投資家にとって今後の投資意思決定を行う上での情報は不足してしまいます。では情報が開示されていないのかといえばそうではありません。今後の経営方針については、決算発表時に使われた資料に中に、織り込まれていることが多いです。そのため、必ず決算短信の情報だけではなく、各社のIR(自主的開示)のページをチェックして、関連する資料を読んでみる、ということが必要です。

 なぜ、決算短信内の情報が少ないのでしょうか。これは作成者側に聞いてみないと分かりませんが、推測してみると、自由度は高いといっても、決算短信は上場規定に定められた開示で、実質的な強制力を持った開示です。決算短信は未監査状態で出すとはいえ、並行して監査の手続きが進められています。そこで、決算短信の作成においては、時間の都合もありますし、決算短信と決算発表資料の内容を擦り合わせて出す手間は避け、業績に関する詳しい説明や今後の経営方針については、決算発表時に公開する資料で補完しているのかもしれません(あくまでも推測です)。

3.決算情報(決算短信・決算発表)から見えてくる傾向

 決算短信と決算発表内容との情報の量、質の違いも一つの企業のプライベートインフォーション(私的情報)として捉えれば、その分析を行うことで、企業の自主的な情報開示(IR)姿勢と投資家からの評価の相異を考えるのも興味深いテーマです。

 今回の特集号が、決算発表に対する市場反応、とまさに旬なテーマでした ね。こちらはぜひともチェックしておきたいところ。

 さて、その話は、さておき、決算短信・発表を一通りチェックしてみてどういった傾向が見えてきたのか、という点について触れていきましょう。

①エクイティストーリーまで示せている企業は少数

 エクイティストーリー、つまり今後の成長戦略は、投資家にとって一番欲しい話ですが、そこまで明確に示せている企業は案外多くないと思いました。決算発表においては、今期の経営成績・財政状態の詳細説明に留まっているケースが殆どで、今後の企業成長をイメージできる書き方をしている企業は主要上場企業でも少ないと思われます。

  
 これは無理かならぬ事かもしれません。今後の明確な企業価値の向上までイメージできるように決算発表で示すためには相当程度、具体的な計画に落とし込んで書く必要があります。ただ詳しく書くにも限度がありますし(今後の事業計画を全て書くわけにはいかない、ライバル企業にバレてしまいますし)、秘密にしながら、開示できることは公表していく、というまさにせめぎ合いになる部分かもしれません。

 エクイティストーリーを明確に示しているのは、やはり成熟企業よりも成長企業が多い傾向にはあります。売上高、利用率がドンドン拡大しているグラフをみると期待できそうな気になってきます(実際にはよく見ると、成長が鈍化しているケースもあるので、気を付けてみる必要があります)。

②業績悪化している企業においては、今後の経営方針を詳しく説明してるケースと外的な要因で全て説明しているケースがある

 業績が悪化している場合、今後の経営方針の詳細について、かなり具体的に記載しているケースが多くありました。これは推測の域を出ませんが、自社の事業が悪化している状態ではより詳細に今後の再建策について示さなければ、投資家に納得してもらえない、ということがあるのかもしれません。

 ただし、業績が悪化している企業が今後の経営方針を詳細に説明しているかと言えばそうとばかりはそうとは限りません。経営成績の悪化について、外的な要因で説明している企業もあります(コロナ禍で・・・という形です)。企業のビジネスモデルによっては外的な環境要因に影響を受けるケースもありますので、やむを得ないところもあると思いながら、外的な環境要因で経営成績、財政状態を説明されると、投資家の立場からは、この企業に投資しても大丈夫なのか、という気がしてきます。今後脱コロナなれば業績の回復が見込めるのかもしれませんが、だとすると、インデックス(例えば日経平均やTOPIXなどの指数)の投資信託に投資をした方がよいように思います。

③独自の指標を使っている企業も多い。

 経営成績の説明においては、独自のNon-GAAP指標を使って説明してる企業も多いと感じました。Non-GAAP指標が一つのスタンダードになりつつあることを改めて感じます。。Non-GAAPは、つまり一般公正妥当な会計処理基準に基づかない指標がNon-GAAP指標です。Non-GAAP指標には、経営成績、財政状態、キャッシュフローに関連した様々な指標があります。経営成績を表すための指標としては、事業利益、コア営業利益、EBITDA、調整後EBIDA、EBITなど、最近トレンドの資本効率を測定する指標であるROIC(投下資本利益率)ですね。実は、決算発表時に開示している企業の多くは、これらの指標を有価証券報告書の中でも盛り込んでいます。なので、有価証券報告書の中でどのように開示され、説明されているかについても注目したいところです。

 ただし、これらの指標、特に利益関連の指標については自社に有利な指標を選んで使っている場合も多いです(学生にはこの意味を分からずに有利な情報に誘導されている人がいました)。読み手としては、GAAPに基づいた指標も合わせてチェックすることが望まれます。特に、決算短信と比較して決算発表は自己PRの要素が強く、不利な情報はなるべく隠そうとしているのではないか?ぐらいの猜疑心を持って読むのがよいでしょう(穿った見方かもしれませんね)。

④多くの企業がESG関連情報も開示しているが、人的資本にまで踏み込んでいるケースは少ない。

 ESG(経済、社会、ガバナンス)とSDGs(持続可能な開発目標)を意識した決算発表を多くの企業が行っています。カーボンニュートラル、女性管理職者比率などの指標を示して、その達成度合いを示している企業もあります。決算発表におけるESG関連情報は充実してきているといえます。
 
 コーポレートガバナンス・コードにおいてもTCFDに準拠した開示が求められていることもあり、TCFDを意識した決算発表を行っている企業は多くなった感じがします。

 TCFDとは、G20の要請を受け、金融安定理事会(FSB)*により、気候関連の情報開示及び金融機関の対応をどのように行うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を指します。TCFDは2017年6月に最終報告書を公表し、企業等に対し、気候変動関連リスク、及び機会に関する下記の項目について開示することを推奨しています。

ガバナンス(Governance):どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか。
戦略(Strategy):短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのように影響を与えるか。またそれについてどう考えたか。リスクマネジメント(Risk Management):気候変動のリスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしているか。
指標と目標(Metrics and Targets):リスクと機会の評価について、どのような指標を用いて判断し、目標への進捗度を評価しているか。

TCFDのホームページ(https://tcfd-consortium.jp/about
)、TCFDとは、より

 一方で、今後トレンドなっていくであろう、人的資本開示についてはどうかといえば、詳細なアクションまで踏み込んで書いている企業はまだまだ少ないと感じました。最近のトレンドとしては人的資本の開示があります。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

https://www.dir.co.jp/report/consulting/ir/20220607_023078.html


 今後、「人への投資」の開示が求められていくと予想されます。岸田さんが総理大臣に就任して以降、こうした動きが加速してきた感はありますが、そもそもコロナ以前から、人的資本に関する情報開示は、欧米を中心に拡大していました。例えば、EUは、非財務情報開示指令において、「社会と従業員」を含む開示を2014年に従業員500人以上の企業を対象に拡大していましたし、2020年に米国のSEC(証券取引委員会)が人的資本に関する情報開示を義務化しています。日本は欧米の動きをキャッチアップする形で進んでいるとみる方が良いかもしれません。

多くの企業は女性取締役、管理職の比率、男性育休の取得率などの指標は決算発表において示していますが、より踏み込んだ形で、今後の人材育成方針や関連する人的資本への投資、研修制度まで、決算発表時に行っている企業はそれほど多くないと感じました。

なお、人的資本に関する関連する情報は統合報告書では以前から開示されています。

ただ、統合報告書に記載されている情報が網羅性があり、他社と比較可能な情報が提供されているかと言えばそうではありません。有価証券報告書における記載内容の枠組みが明確に示されていければ、それと連動する形で、決算短信や決算発表にも織り込まれていくと予想されていきます。つまり、2023年3月期の決算から大きく変わってきそうですね。また2022年3月期の有価証券報告書でもひょっとしたら対応してくる企業もあるかもしれません。ここも注目していきたい。

TCFD関連の情報、人的資本開示と、今後はこうした非財務情報が充実してきそうです。ただ、分析のやり方というのはまだまだ蓄積されていませんので、研究面での基礎データの積み重ねが喫緊に求められるところですね。

⑤DXでコスト削減、今後の収益拡大と言っている企業が多かった。

昨年度からムーブメントになりつつあるDX(デジタルトランスフォーメーション)に関しては、ほとんどの企業がDXについて触れていました。

DX化でコスト削減、効率化、収益拡大・・・などと謳っている企業は実に多い。ただ、多くの企業がまだ道半ばで、DX推進室を作りました、とかこういうようなことを考えていますというポンチ絵を示すに留まっていて、具体的な成果についてはまだまだこれから、という形です。ざっとみたところ、以下の3パターンがある気がします。

業務のDX化を積極的に推進、着手しており、かなり広範囲にわたった業務改革を予定しているし、そのことを既に示している企業(金融関連のリーディングカンパニーは動きが早く、かなりのスピード感で対応している気がします)。金融業においてはフィンテック関連で先行していて、それがそのままDXという用語に置き換わった形。また運輸業大手でも配達ルートの効率化という観点からDX化が進められていますね。
*これまではAIと使われていた用語がDXに置き換わっているケースも多いかもしれません。

DX推進室を作りました、また実験的な試み始めました、といったことを書いている企業(むしろ、こちらが多数派)。大学と共同研究進めています、みたいなケースもありますね。

具体的なアクションはしていないが、DXで何かしたいと考えている企業(DXで効率化させます、みたいなことを書いてあり、具体案は何もない)

DXはデジタル技術を活用した経営改革であり、システムとしてDXを入れれば自動的に効率化されるという単純なものではありません。業務フローの抜本的な見直しを行わなければならないはずです。DX推進で競争優位を生み出そうとしていることは理解していますが、データを集めてどのように分析して、新しいサービスを生もうとしているのか(データ集めました⇒じゃ、どうしよう‥となりそう)も不明なケースが多かったです。ともあれ、この辺りは引き続き注視していきたいですね。

4.決算短信・発表は企業の個性とその年のトレンドが掴める

 決算短信・発表から全体の傾向として分かったこととしては、非財務情報、ESG情報が充実してきているということですね。ただ、人的資本開示はまだまだこれから、という形でしょう。何といってもDX推進をキーワードに盛り込む企業が多かったのが印象的でした。

 個別の企業の属性で見ていくと業績が悪い企業、良い企業、安定している企業(よくも悪くもない)で、開示姿勢は異なります。特にエクイティストーリーについては、より多くの資金を呼び込みたい成長企業、もしくは自社の今の状況を改善し、良い方向へ転換させていきたい業績の悪い企業が積極的に示そうとしている傾向にあります。安定している企業については、全体の決算発表のトーンがあまり変わらないというか、落ち着いた感じで資料を作成してることが伝わってきます(毎年代わり映えしないケースも)。

 今は独自の経営指標(Non-GAAP指標)を使っている企業も多いので、分析者としては、この点気を付けたいところ、です。勿論、その企業の良さを表すためにこうした指標を使うことは良い事です。ただ、繰り返しになりますが、自社に有利な指標を使う傾向にあると思いますので、GAAP指標(ROA,ROE等)も含めて使い、慎重に見極めながら分析する必要を感じました。

改めて今回これだけの量の企業をチェックしてみて感じたことは、決算短信・発表は企業の個性とその年のトレンドが掴める、ということですね。投資判断だけではなく、就職活動にも貴重な情報なのではないかでしょうか?

最後に、宣伝になっちゃいますが、こちらの本、とっても好評です。経済学の学知をどのように現場におろしていくか。まだまだ試行錯誤でもありますが、今後取り組んでいきたい(もしくは既に取り組まれている)ことがふんだんに盛り込まれています。



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