見出し画像

人生の主導権をこの手に握る


あなたは人生の主導権を自分で握っている感覚があるだろうか。

このテーマを思いついた時はすごく軽い気持ちだったのだけど、書いてるうちにかなり深いテーマになりそうなことに気づいた。
気が進まない人は、これから先は読まないほうがいいかもしれません。

******

生まれた時は誰でも、誰かの助けなしには生きられないので、主導権は握っていない。
ただ、その愛らしさ、ピュアさが、周囲の人を惹きつけ、泣いたら何かの要求が通っているとすれば、案外人生の主導権を握っているのかもしれない。

今赤ちゃんの要求の通し方を書いていて、
私も学ぶべき点があると気づいた。
その愛らしさは、私にはもうないが、ピュアさや、
一生懸命さ、ならば、人が私の要望を聞いてくれるかもしれない笑
確かに、私は一生懸命な人を見ると、応援したくなるから、同じかもしれない。

厄介なのは、大人になるにつれて、「自立」つまり自分で食べていく必要が出てくることだ。
親は年老いていくので、いつまでも脛をかじれないから当然なのだが、その時に今まで周囲によって叶えられていた希望が、かなえられなくなる。
自分で働き、自分で希望をかなえなければならなくなる。
その時に、自分の主導権を相手に渡すことになるのだ。

起床時間
家を出る時間
帰宅時間
出張や転勤の行き先

今は転勤が多い仕事は若い人に人気がないらしく、
地元採用に切り替えている企業が多いと聞く。
これも「若者の反乱」の一つに見える。
自分たちの住むところを選ぶ主導権を、自分に取り戻しているのだ。

ここまで読んで、「じゃあ、会社員の人はみんな人生の主導権を握ってないの?」
と思った人は、正解です。

ただし、「主導権を渡すのと引き換えに、手にしているものに価値があると思えたら、それは納得して主導権を渡している」のです。

主導権と引き換えになるものとしては、

報酬、つまり年収
仕事経験→これが後にポジションや年収アップにつながる場合)
自己成長→達成感と肯定感、ひいては自信につながる
承認→周囲やクライアントに認められることが、やりがいの人にとって大事なもの
安定→毎月一定の収入があることの安心感に重きを置く人にとって大事なもの
職場の人との人間関係→尊敬または好きな人たちと一緒に仕事ができる楽しさ

かな、と思う。

つまり、この引き換えにするもの、(例えば給料が安すぎる、または複数のものが複雑にからんでいるかもしれないが)に不満があるということは、主導権と
引き換えにしてるのに得てるものが合わない、イコールではない、と感じてるのだろう。

それに気づいた時、人は転職、独立、副業を考える。
今人気なのは副業だ。
少なくとも収入は増えるからだ。
そして副業で食べられるようになれば、会社員を辞める人も出てくるだろう。

今は投資で食べてる人も出てきた。
いわゆるFIREだ。
FIREは、まさに人生の主導権を自分で握る生き方だなと思う。
お金の心配がなくなれば、嫌なことはほぼやらなくて済むからだ。
以前、「生き方が売れる時代」というエッセイを書いた。
たくさんの人に「スキ」をもらった。

でも、冒頭に書いたように、赤ちゃんのように自分が自立してなくても、要望がかなう生き方もある。

ただ、最近ようやく私は人生の主導権を握ってる気がしているのは、お金のことよりも、「思い込みからの解放」によって実現できたのではないか、と思うのだ。

大体20代でこんな経験をして、
30代はこんなことをやる。
40代は、50代は、、、という、一般論からの解放だ。
以前から、何歳で何をする、という期限を決める目標の立て方が、本当に嫌いだった。
縛られる気がするからだろう。
やりたい時は何があったって絶対にやるんだから、と心のどこかで思っていた。

もう一つは、女性こうあるべき、というものだ。
(男性バージョンもあるよなあ)

人は一人一人違うのに、まるでみんな同じであるかのような馬鹿らしいものに縛られてはいない、と思っていたが、20代の頃なんてそれに縛られまくりだった。
今は、「私変人なので」と、開き直ることができているから、周囲も何も言わない、いや、言えないのか笑。

結局、なんの根拠もない「こうあるべき論」を打ちこわして、やっと人生の主導権を握ってる感覚を味わえているのだ。

私が長年続けている個人事業主は、不安定さと引き換えに、自分で自分の仕事量も、スケジュール、収入さえも決められる。
起床時間も、仕事の優先順位も、生活のあり方も、自分で選び、決定できる。

もちろん、みんなが人生の主導権を握る必要はないと思うが、私にはこれが案外心地良い。

誰だって生まれた時は、何にも縛られず、欲望のままに泣き、笑ってたのだ。
できる限り、その状態に近いままでいたい、というのは、多くの人の願望ではないかと思う。
あとは、それを最初から無理だと思って諦めるのか、少しでもそれに近づけようとするのかの違いだと思う。

退職したらそれがかなうではないか、と思っている人もいるが、その年齢で主導権を握った時に、何をやるのかが明確か、そしてその体力と気力があるのか、という保証はない。
そして、残り時間の短さだ。

それに気づいた若い人、いや全ての人たちはFIREを目指す。
うまくいくどうかはわからないが、主導権を自分の手にしようと考えた結果の姿に見える。

もちろん私は何かを勧めているわけではない。
ただ、ふと思った「人生の主導権」という言葉から、どんどん広がっていって、もしかしたら、私が世界一周でさまざまな国を訪れるたびに、
「日本人はもっと幸せになっていい」と思い続けた解決策が、
「人生の主導権を握る」ということなのかもしれない。

すごく大きな問題に発展し、シリアスなものになりましたが、何か意味があったのか、はわかりません。

最後まで読んでくださったことに、感謝します。


サポートありがとうございます!いただいたサポートは、次の良い記事を書くために使わせていただきます!