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小説 「視点」最終章 必然


前回までのあらすじ

接客観察が鋭い梨花に感心する鈴。
その鈴は以前から梨花を知っていて、尊敬していた。
その二つ目の理由が明らかになる。

*****

「私が小学生の時なんですけど」

鈴が、梨花の目をじっと見つめて話し始めた。

「うん、だいたい10年くらい前の話だね」
「いや、もう少し前ですね。15年前ですね。
小学校3年生だったから。私の母方の祖父母は東京にいるんです」
「へーそうなんだ。じゃあお父様が大分出身なのね」
「そうなんです。父は事業を継いだので、そこに母が嫁いだんです」
「そうか」

鈴のお嬢様らしい雰囲気は、社長の御嬢さんだったからなんだ、と
妙に納得した梨花だった。
人の振る舞いや、話し方などは育ってきた環境によるところが大きい。
もちろんサラリーマン家庭出身の客室乗務員が一番多いのだが、
先輩方の中には、いわゆる「お嬢さん」として育ってきた人も、少なからずいる。

その人たちは、どこか雰囲気がおっとりとしていて、上品さがある。
鈴もその一人だったのだ。

「そのおじいちゃん家に行く時、飛行機に乗って」
「ああ、一人旅で行ったのね」
「そうなんです」

航空会社では、ひとりで搭乗するお子さんたちに手厚いケアをする制度がある。
呼び方はそれぞれの会社で違うが、「ジュニアパイロット」「VIPチャイルド」
などと呼び、将来の顧客確保のための戦略だと聞いたことがある。

見送りと出迎えの大人が必要だが、チェックイン後はグランドスタッフが、そして機内では
客室乗務員がケアをする。春休み、夏休みはまるで幼稚園の先生のような気分になることが、梨花にもある。
大型機の飛行機に乗務する際には、一人旅のお子様30人、なんてこともあるくらいだ。
乗り慣れていて、少々生意気な子どももいれば、初めての一人旅で今にも泣き出しそうな子どももいる。
性格もさまざまなので、結婚もしていないし、子どももいない梨花は最初戸惑ったが、先輩たちの子ども達に接する姿を見て、コツを習得した。

要は「子どもと仲良くなる」のだ。
「この人は、楽しい人、面白い人、話がわかる人」と思わせるために、今子どもに流行りのアニメやキャラクターはチェックしている。
男子、女子ぞれぞれだ。

プリキュアだろうが、ポケモンだろうが、知っていることが大事だ。
それを会話のとっかかりにする。
彼らの持ち物にキャラクターがついていたら、それを話題にする。
そうすることで、心を開いてもらえる。仲良くなれば、こちらのいうことを聞いてもらえる。

要するに「一人一人の子ども信頼関係を、短い時間で構築するにはどうしたらいいか」を考えて接している。
シートベルトも締めてもらう必要があるし、緊急事態の時に「このお姉ちゃんのいうとおりにしよう」と思ってもらえていることは、客室乗務員としてとても大事だからだ。

「私初めての一人旅で、不安で仕方がなくて。飛行機は怖いし、大丈夫かな、って思ってて。
早く帰りたい、おじいちゃん家に新幹線でいけばよかったと思っていて」
「そういうお子さんいるよね」
「その時の客室乗務員の方が、私の母よりすこし年上の人で、何度も何度も声をかけてくれたんです。『えらいね、ひとりで飛行機乗って』とか『きっとおじいちゃん、おばあちゃん空港で楽しみに待ってるよ、鈴ちゃんが来るのを』とか『飛行機の運転手さんに、鈴ちゃんが早くおじいちゃん家に行きたいから、急いでねって言っとくから』『何があっても、私に言ってくれたらできることはするから大丈夫よ』『キャンデイ、ジュース食べ、飲み放題よ』って、言われてだんだんと楽しいなーって思い出して」
「へー、すごいわね。さすがうちのベテランCA」

梨花はそう言いながらも、鈴が言おうとしていることがなんとなくわかるような気がしていた。

「その時の客室乗務員の方のお名前が」

鈴はニヤッと笑う。
やっぱり。

「わかった、うちの母親ね」
「そうなんです!!」

「さっき、キャンデイ、ジュース食べ、飲み放題よ、っていうのを聞いて、なんかうちの母親っぽいなーって思ったのよ」
「そうなんです!お名前が江頭さんって珍しい名前だったし、「エガちゃんって呼んだらダメよ」ってニコニコしながら言ってくれて、もうなんだかお母さんのように思えて」
「あの人は、子供の心を掴むのが上手いから」

江頭 幸子。梨花の母だ。
40歳まで客室乗務員を続けた、会社の先輩でもある。

梨花は自分の母親の図太さ、大胆さ、それでいて人の懐にスッと入れる凄さに、良い意味で呆れててもいたし、尊敬もしていた。
思えば、その母の背中を追いかけて客室乗務員になったのだ。

「だから大学のセミナーで梨花さんに会った時、お名前が同じでもまさか、と思ってたんですが、入社して梨花さんのお名前を見つけ、先輩方に聞いてみたら『ああ、あの子は退職された江頭マネージャーのお嬢さんって聞いて、いつかフライトでご一緒したら絶対にお話したいと思ってたんです」

「全然気づいてなかったわ」
「そりゃそうですよね。お母様にとっても私は1人のお子様に過ぎないし」
「あの人は、本当に子どもも大人も心を掴むのが上手いから」
「いやー、憧れてます。でも今は退社されていますよね」
「うん。私が入社する前に、なんかやりたいこと見つけた、と言ってカフェを開いちゃった」
「えー!!どこのカフェですか?」
「横浜。結構ウチの近く」
「絶対に行きたいです!!」
「まあ、自分の好きなようにやってるけど、お客さんはまあまあ多いみたいよ」
「そりゃ、あの方だったらお客様いっぱい行きますよ。忘れられませんもん」
「そうか。そんなことがあったんだ。すごい偶然だね」
「そうなんです。だから江頭ご一家とは、これからも一生のお付き合いを・・・」
「いやいや、一生の、なんて大袈裟だから」
「私は、そのつもりです!!」

鈴は、真剣な顔で梨花を見ている。

ああ、この一生懸命な目。いいなあ。私も忘れてしまっていたかもしれない。
一つのことを一生懸命に思い、一切ぶれない。
その真っ直ぐさで、なんだってできる気がする。
結局、自分がやりたいと思ったことは、真っ直ぐに諦めずにやれば、そのとおりになるのだ。
だから、鈴もそして私も客室乗務員になった。
母は自分の夢であるカフェを開いた。

「なんか、大事なことを思い出させてもらったわ」
「え、私のおかげですか?」

ニヤニヤと鈴が笑う。
まるで小悪魔だ。

さっきの真面目で一生懸命な表情とは全然違う。
きっとこの感情の豊かさが、彼女がお客様からも愛される理由なのだろう。
人は、一生懸命な人、そしてどこか可愛らしさを持つ人のことを、憎むことはできないから。
接客業は大変だと言われるが、一定の人にとっては楽しくて仕方がない仕事だ。

入社5年で、すっかり忘れかけていた真っ直ぐな気持ちを思い出させてもらい、梨花はまるで心が洗われた気持ちになった。

このカフェに入った時には、自分は偉そうに鈴に気づいた点を語っていたけど、
実は鈴からこの忘れかけていた情熱を思い出させてもらった。

そして思い出した。
母の言葉を。

「物事も、人を見るときも、常にあらゆる視点から見なさい。自分の方からだけではなく、相手の視点からも見ると、相手の気持ちが少しわかるから」と。

母がいつも言っていた、この言葉の意味に気づかせてもらったのは
不思議な縁でつながっていた鈴のおかげだ。

母と鈴。

今度この二人が再会したら面白いことになりそう。

梨花はその未来を想像して、楽しくなった。

「じゃあ、私の奢りでパフェでも食べますか」
「やったー!!」

と両手をあげて、心から喜んでいる鈴の顔を見て、「私もパーサーになるまで、頑張ろう。こんな後輩たちの先を歩く者として、この仕事を選んだ者として、さらに接客を、この仕事を極めていこう」

そんなことを思いながら、ふとスタッフを呼ぼうとしたら、先ほどの女性スタッフと自然と目があった。

「ここにも、接客大好きな人がいる」

改めてその接客の素晴らしさに感心しながら、その女性スタッフの到着を待っていた。


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