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ある人の嘘で学んだこと


私は人に会う日が続くと、疲れる。
おそらく私はあまり人に会わなくていいタイプだ。

「1人では心細いから、みんなと一緒にやりたい・
とか
「1人で続けることができないから、みんなと一緒なら心強い」
とか
「1人で頑張ってるだけでは、不安だから人と話したい」

と言う気持ちが、実はほとんど心の底から理解ができない。
頭ではなんとなくわかるが、実感したことがないのだ。

1人で心細いと思うことはないし、そう思う暇がないくらいになんでも徹底してやる。
1人で続けることは大得意。1人のペースのほうが長続きする。
1人で頑張っている人たちと話をすることもあるが、あまり情報交換にはならず、それよりも本を読んだり、話を聞きたい分野のセミナーに参加した方がいい。

わかっている。自分が変わり者だと言うことは。

ただ、必要があり人に会うことがあるが、その度に「良かった」と思うわけでもない。
「無駄な時間だったな」と正直思うこともあるし、「思っていた人とは違っていた」と失望することもある。
その時は、余計に疲れるのだが、その度に反面教師にさせてもらっている。

とてもずるい人に出会った。

元々私がお金をいただいても良いような相談があったのにも拘らず、間に知り合いの人を挟んでいたことと、相談をいただいていたわけではなかったので、軽い気持ちで会いに行った。
しかし、最終的には私に「プロとしての意見」を求め、私も流れで、且つもういいや、と言う気持ちでその人にとっては、とても大事な、でもおそらく誰もその人には言わないであろうアドバイスをした。プロとして。

そこまではいい。
私も納得してやったことだから。

ところが、この間に入っている知人には「お金を払った」と言い、私が言ってもいないことを言い、且つ私がプロとして言った苦言については一言も言っていないことがわかった。

完全に嘘をついている。
知人を利用し、嘘をつき、私にもかなり失礼な態度だ。

なぜこんなことをこの人はしたのか?

一言で言うと、
「プライドが高いから」

私がこの人に伝えた苦言は、絶対に受け入れることはできないだろうと、その性格を見ていて思っていたし、知人には正直には言えていないだろうな、と思っていたが、その通りだったのだ。

自分のプライドを守るために、平気で嘘をつき、人を利用する。

私は、最初に感じた違和感から、このようなことをしている可能性があるとは思っていたが、やはり当たっていた。

腹はたたない。
知人の人には全てお話しし、理解しあったし、この人のことは2度と関わるつもりはないからだ。
この人が失ったものは、とても大きい。
おそらく本人は気づいていないだろうが、人生が変わるほど大きなものを失っている。(詳細は書かないが)

ただ、このことから私が自分に誓ったことがある。
それは
「いつでもまっさらな自分でいること」だ。

どんなに年齢を重ねても、
どんなに皆さんから褒めていただいても、
どんなに評価をしていただいても、
どんなに自分に自信を持てるようになっても、
私は絶対に自分のプライドのために、保身のために嘘をつく人にはならない、と。

いつでも目の前のことから学び続け、常にまだ自分には知らないこともあり、学ぶべきこともあり、それをプライドが邪魔をして素直に、謙虚に学べない自分には絶対にならない、と。
常にスポンジのように、また真っ白なキャンバスのように、学び続けたい、と。

先日書いた「美学」になるのかもしれない。

常にまっさらな自分でいること。

死ぬ直前まで、そうありたい、とこの件から学んだ。

人と会うことは今でもあまり好まないが、会えば何かしら学ぶことを持ち帰る自分を少し褒めてあげようと思う。


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