見出し画像

いい思い出で終わりたい


高校での進路講話、マナー、面接講座を20年以上担当してきた。
一時東京にいた時にはやめていたが、地元に戻り復活した。
それも2年ほどで「卒業」した。

その最後の高校講演のことを、私は一生忘れない。

決して「これが最後」と思って講演に行ったわけではない。
むしろ、この仕事を楽しみにしていたくらいだ。


それは、長崎県のかなり奥にある、海沿いの高校での仕事だった。
以前、近くの高校に行ったことがあったが、その時は車で行った。

今は車を手放しているので、電車とバスを乗り継いで行ったのだが、私は前泊許可をもらい、まるで旅行に行くかのように楽しんでいた。

地方の電車の待ち時間は長い。

しかし、それさえも旅好きな人間にとっては、メリットであってデメリットではない。

1時間あれば、駅の近くをぶらぶらと歩き、カフェがあればそこで海を眺めながら、「旅」を楽しんだ。


途中で立ち寄った佐世保


宿泊先は、相手側が認めている宿泊料金を1,000円超えているホテルにした。
どうしてもその宿に泊まりたいと思って、予約したホテルに着いた。


思ったよりも古びていたが、大きな、団体の観光客を収容できるタイプのホテルだった。

シングルなのに、ツインのだだっ広い部屋をあてがわれた。

窓の外はホテルを囲っている木々のみしか見えない部屋に、長居をするつもりはなかった。

周囲にはレストランもないだろうと、二食付きで予約したので、夕食時間までに戻ってくればいい。

すぐに周辺の地図を確認し、どこか何か遊びに行けるところがないかと探す。
すると、すぐ近くに乗馬ができるところがあるとわかったが、「17時まで」
と書いてあり、あわてて電話をした。

「大丈夫ですよ」と言われたものの、果たしてホテルから歩いて行けるのか、方向音痴の私が迷わず行けるのか不安で聞いてみると、目の前の道路をまっすぐ歩いて10分ほどのところにあると言う。


ホテル名を告げ、ホテルを出てどちらの方向に行けばいいかまで念入りに聞いて、部屋を飛び出した。

到着すると、既に乗馬の用意をしてくれていて、すぐに馬に乗れた。

その乗馬代金も600円とか700円だったと思うが、わずか10分程度とは言え、海沿いにその乗馬コースがあるため、海を見ながら馬に乗る経験をした。


馬に乗った、と偉そうに言っているが、係のおじさんがずっとついてくれているので、何の心配もなかった。

その馬に乗る直前に、おじさんが写真を撮ろうかと言い出した。

もともと私が馬の写真を撮ろうとしたことから、おじさんが気をきかせて言ってくれたのだ。

私には断る理由もなかったが、いつも自撮りの際に使っている、「シワが隠せる」通称「詐欺カメラ」の特殊アプリを出す暇はなかった。


馬も警戒している・・・

娘にこの写真を送ると、

「お母さん遊びに行ってる?」という言葉が返ってきた。


そう、この時の私は仕事の前日と言うこともあって、仕事の事はほぼ考えておらず、見知らぬ土地を楽しんでいる、ただの旅人の顔だ。


乗馬が終わると、施設内にあるカフェに行き、アイステイを飲みながら気が済むまで海を眺めていた。
西日本の夏の陽は、ゆっくりと暮れていく。
その後は目の前のビーチを散歩した。


貸切状態だった

元々下調べもせず、旅をするのが好きだが今回もそれだった。

結果的に大満足の旅になり、当たりを当てた感触がとても強かったのを覚えている。


そして、翌日。


早朝から、かわいくて純粋な高校生と、たくさんお話もできるようなグループワークも含めた仕事をし、お昼過ぎに終了した。

楽しかった。

高校生たちの真剣さと純粋さ、素直さに、心が洗われた。


それなのに、いや、
だから、
かもしれない。


3コマあった授業の途中から、私の心の中に「終わっていいかな」という言葉が現れてきた。突然で、予想外のことだった。
一方で、納得している自分もいた。


昨日の馬と良い景色
ふらっと行ったあの感覚
海を眺めながら飲んだアイステイ
それら全てが私にとってこれ以上ないくらいに、
パーフェクトだった。


そしてこの純粋な素朴な高校生たちとの会話。

自分たちの両親よりもずっと年上の私に、自分のことをポツポツと打ち明けてくれるその姿に、私は集中力100%で聞いていた。


普段であれば決して交わることのない高校生たちと、こうして同じ教室で交わっている。
この瞬間を、写真にして切り取っておきたいくらい完璧だった。


だから、最後にしていいんじゃないかと思えたのだ。


仕事が終わる頃には、私の気持ちは決まっていた。
私は良い思い出とともに卒業したいのだ。

良い思い出と言うのは作ろうと思って作れるものではない。

それはたまたまとか、思いつきと言うものによって、思いがけず手に入るものだ。
「だから」私は、一つの仕事に別れを告げた。



帰りのバスターミナル付近の船着場

サポートありがとうございます!いただいたサポートは、次の良い記事を書くために使わせていただきます!