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1番大事なことを1番大事にする


自分にとって1番大事なことを、1番大事にするって当たり前のことだと今は思う。
ただ以前の私もできていなかったし、多くの人たちも、実は案外できてないようだ。

そもそも自分にとって1番大事な事が何か、わかってないことが問題だ。

改めて「自分にとって何が一番大事か」を考えたことある人、と聞かれて手が上がる人はほとんどいないだろう。

じゃあ、もし仮に「家族」と言う答えが出た時に、「ではその一番大事な家族を
大事にした最近の出来事は?」
と聞かれて、即答できる人がいるのだろうか。

おそらく人は、1番重要ではないのに、決められたルールや、目の前のこと、既にルーテイン化していることをそつなくこなすことに気を使い、時間を使っていると思う。

「人のふりみて我が振りなおせ」

と言う言葉通り、先日ある人たちの話を聞いていてこれに気づいたのだ。

その人たちは、一番大事なことがちゃんとあり、本人たちも自覚をしているのに、
なぜか間も無く手放す予定のものに気を使い、心底から信用しているわけではない人たちからの誘いを断れずにいる。

それは、習慣もあるが、もう一つは見えない恐怖だ。

今まで一番大事なことを大事にしたことがないから、もし一番大事なことを大事にしたら、みんなからどう思われるのだろうと言う恐怖。

そして、その一番大事ではない居場所を自分が大事にせずにいたら、もう二度とそこには戻れなくなるのではないか、という恐怖だ。

でも、考えてみれば「一番大事な居場所」や「一番大事な人」さえあれば、いれば、いいのだから、その2番以下を気にする必要はないし、失ってもいいのだけど、手放す恐怖を感じて、行動できなかったようだ。

アドバイスを求められたので、「一番大事なものが手に入れば、他のものは必要ないのでは?」と聞くと、納得してくれたが、私も似たような「恐怖」を感じていたことを思い出した。

引越しの際も
人間関係を変えようと思った際にも、
仕事を断る際にも
最初は恐怖を感じていたから。

今まで当たり前のようにあったものがなくなる恐怖。ただそれだけなのだけど。
実は、その先にもっと欲しいものがあるのだけど、手放す恐怖はついてくる。

私は今は自分の気持ちを一番大事にしていて、それによって自分のスケジュールを組み、日々の過ごし方を決めているし、これからもずっとそうするだろう。

一度手にしたものを手放すには、勇気がいる。
でもその勇気さえあれば、一番大事なものを一番大事にすることがずっと続けられる、と納得している。

実際に手放した後の幸せな毎日は、想像以上だったから。

だからこそ、一番大事ではないことは全て断り、一番大事ではない物は手に入れないようにしなければならない。
そうすれば決断も早く、物も貯まらず、悩むこともなく、シンプルですっきりと生きていけるだろう。

これからも常に自分に問いかけてみよう。
「それは本当に私が一番大事な物なのだろうか」と。


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