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『寂寥感の忘れ方』(掌編小説)

 「じゃあね〜っ、紗良っ」
「また明日ね〜」
「うんっ、バイバイ〜」

 志穂と成美と別れた後、私は一人自転車を走らせていた。
ソフトボール部の練習が終わり、家路を走る頃には、外はすっかり暗くなっている。

 5月になったばかりのこの季節、穏やかな夜風が涼しく、心地良い。

 でも、長い夜道を一人で走るのは、ちょっぴり寂しさを感じることもあったりする。

 私の通う高校は早良区にあって、私の自宅はその隣の西区に位置している。

 だから、毎日自転車に乗って登下校しているんだけど、往復で1時間20分もかかってしまう。

 ソフトボールやってなかったら、こんな通学形態、絶対無理だった。
チームの中では結構体力ある方だと自分では思ってるし、任せられてるポジションは遊撃手だから、自然と体力は必然的についてくる。

 部活自体はとても楽しいし、本気で打ち込んでるつもりだ。
夏にはインハイが控えてる訳だから、それに向けて全力でプレーに集中しなければならない。

 それでもやっぱり、部活終わりの長くて暗い帰り道には、少しばかり寂寥感というのがたまに込み上げる時があるのだ。

 だけど私は、夜に自転車に乗っている上で発生するそんな寂寥感を、紛らわす唯一の方法を知っている。

 ラジオだ。
私は自転車のスピードを少し緩めて、カゴに載せた通学鞄の中から、ソニーの小さなポータブルラジオを手に取った。

 電源のスイッチを入れると、聴き慣れたディスクジョッキーの声がスピーカーから流れ出した。周波数は基本的に『LOVE FM』に合わせてある。

 私はスピーカーから発信される音声を、胸ポケットの中に入れた。

 たとえ長い夜道でも、自分のすぐ側で誰かが楽しげに話してくれていると、自然とこっちまで楽しい気分になってくる。

 それに、大して音楽に詳しくない私でも、この帰宅時間に聴くラジオを通して、最近の流行りの曲やセンスの良い曲を知れたり、なんてこともできたりする。

 些細な寂寥感なんて、スイッチ一つで、すぐに忘れちゃうのだ。







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