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自作短編小説『脅威のカリフラワー』

 唐突だが、僕はカリフラワーが嫌いだ。いや、それどころか憎んでさえいる。朝の憂鬱な通学中においてもカリフラワーに対するその憎しみを忘れない程、僕のそれについての負の感情は確固たる強度にまで達しているのだ。

 カリフラワーを愛し信仰することが「常識」とされているこの世界で、この僕はまさしく「異端」と位置付けられるだろう。当然のことながら、僕にはカリフラワーに対する愛や信仰心など一欠片も無い。そこにあるのは憎しみと脅威だけだ。

 天気は快晴で、太陽が一日の始まりを街に伝えている。そんな屈託の無い空の下で、ランドセルを背負った学友達が意気揚々と朝の通学路を歩いている。対する僕は陰鬱の情念に苛まれていた。

 どうして僕がカリフラワーに対して、これ程までに否定的なのか?それについて理由を-小学生の登校時間という極めて限定的な時間内ではあるが-これまでの人類の歴史を振り返った上で簡潔に説明しよう。

 その歴史は世界でのカリフラワーの普及と共に始まる。カリフラワーは16世紀になるとヨーロッパ全域に広まり、20世紀には世界中で広まるようになった。

 時が経つにつれて徐々に人類は、カリフラワーの底抜けの魅力に気付いていく。それは人々の心を侵食し、やがて支配するようになる。一度その魅力に囚われてしまえば、もはやそれを頭の中から忘却することはできない。薬物中毒者の禁断症状のように、カリフラワーの無い生活など考えることは不可能なくらい思考はそれに占領にされてしまうのだ。

 世界中でカリフラワー中毒が蔓延していった。そしてその事実は巨大な戦争を引き起こす誘因となる。20世紀の序盤に、世界大戦が勃発したのだ。それはカリフラワーの獲得を巡る大規模な戦争だった。世界中の軍事大国がカリフラワーを独占しようと他国の領土に侵攻し、その栽培地獲得のために多くを植民地化しようと争った。軍事的に劣る国々はその動きに抵抗する術は無く、ただ蹂躙されることを余儀無くされた。各国はそれぞれの軍事力を総動員してその実権の獲得に奔走し、争いを繰り返した。

 これまでの人類史の中で、その大戦は二度起きた。それは残虐で悲惨な戦史を築いた。20世紀の半ばに起きた二度目の大戦の終結後、世界はその愚かな戦史に深く反省し、とある平和的な国際条約を締結した。

 それはカリフラワーをきっかけとした戦争をこの条約の締結以降、一切固く禁じるという内容だった。そして仮にその内容を破棄した国は、条約の加盟国に厳しい軍事制裁を課されるという抑止的な効果を持つ公約も盛り込まれていた。この国際条約が締結されて以降、カリフラワーを巡る戦争は現在に至るまでただの一度も起きていない。

 そして20世紀の後半になると、カリフラワーは平和の象徴とされ、世界中でそれを信仰する慈善団体や宗教団体が続々と設立されていった。反戦運動においても、人々がカリフラワーの名を叫び、カリフラワーのイラストや写真やその素晴らしさを謳うメッセージを書いた旗やプラカードを掲げて、デモ行進をするという巨大なムーブメントも巻き起こった。

 残虐非道な戦史を築いたきっかけである当のカリフラワーが、一転して平和を象徴する存在へと変貌したのだ。

 そして21世紀の今日、カリフラワーを深く愛し、それを信奉することは人類の絶対的な義務であるというイデオロギーが世界中で浸透している。大多数の国家がカリフラワーへの信奉をイデオロギーに転換し、それをプロパガンダに利用して民意をコントロールするようになったのだ。そのイデオロギーは子供の頃から強制的に叩き込まれ、それを否定することは人生を棒に振るうことを意味する。

 この21世紀の現代、一度カリフラワーへの否定を公の場で表明してしまえば、子供なら「再教育施設」送りに、大人なら国家反逆罪として刑務所送りになり選挙権を永久に剥奪される。出所後は、子供は進学や就職活動に悪影響が及び、大人は再就職がかなり困難になる。要するに、永続的に「非国民」扱いされるのだ。このシステムは我が国のような資本主義国でも普遍的に採用されており、カリフラワーに対してのみ絶対的な服従を強いる共産主義的な考え方を念頭に置いている。そこに思想の自由は無い。

 こういった歴史的背景や現行の政治体制から僕はカリフラワーを心底憎んでいるのだ。僕がそれに対して強い敵愾心を抱いているのも、全てはそのためだ。こんなこと、絶対に間違っている。野菜の一つに思想の自由を奪われるなんて、そんな瑣末なことがあるだろうか。どう考えても、僕には悪い冗談としか思えない。

 しかし僕は馬鹿じゃない。他の誰かにカリフラワーへの批判を打ち明けたことは無いし、勿論これからもそんなことをするつもりは無い。

 僕は学校ではクラスの学級委員長を任せられ、成績もトップクラスだ。優等生として通っている。まさか教室の誰も僕のことを「非国民」だとは思いもしないだろう。

 万一僕がカリフラワーを冒涜するような言葉を口に出してしまえば、すぐに僕は当局に拘束され、「再教育施設」送りにされるはずだ。そして施設ではあらゆる手段を使われ、収容期間の3ヶ月間、崇高なカリフラワーの素晴らしさを頭に叩き込まれるのだ。俗に言う洗脳教育だ。まさしくカルト染みてる。

 そして収容から3ヶ月後には適正試験(カリフラワーに対する忠誠心や信仰具合を診断する心理テストだ)が執り行われる。その試験に合格することができれば、晴れて施設を出て学校に復学することができる。しかし不合格になれば、追加でさらに3ヶ月収容期間が伸びてしまう。その際には洗脳教育はさらに手厳しい内容になっていることだろう。だが、一度施設送りになった子供がたとえ復学できたとしても、これまでのように教師から平等に扱われることは無いし、級友の態度も以前とはあからさまに変わっていることだろう。

 このように、この国おいてカリフラワーに対する批判や否定は絶対に許されない。それは国家に対する反逆を意味し、潜在的な犯罪者であると認定されることになるからだ。そしてそうなってしまえば、世間からは「非国民」扱いされ、人間性さえも否定されてしまう。そして永久にその「罪」を背負っていかなければならないのだ。

 我が国おいては、国民は24時間隈なく国家に監視されている。国家は常に、危険思想を持った国民の有無を監視によって厳格にチェックし、それが世論の統制としても機能している。街中の至る所に監視カメラと盗聴器が張り巡らされ、広範囲に構築された巨大な監視システムによって、国民は始終国家の監視の下にある。

 通話に関しても同様に24時間傍受されている。通話中に「カリフラワー」という単語を口に出せば、自動的にコンピューターが反応感知するシステムが敷設されており、当局によってその会話の文脈を精査される仕組みとなっている。そしてカリフラワーに対しての危険思想を持っていないか、その言質を徹底的に調べられるのだ。

 インターネットも例外では無い。検索・閲覧履歴は完全に国家の管理下にあり、その全てが把握され筒抜けとなっている。そこから潜在的なカリフラワー否定論者を炙り出すことができるというわけだ。

 このように、国家は恐怖政治によって民意をコントロールしている。だからこそ僕はそれを言葉に出すことは無くとも、その象徴的な存在に本心では強い反感を憶えているのだ。なぜならこんな馬鹿げたシステムを作り上げた根本的な要因は、カリフラワーにあるのだから。こいつこそ人類を翻弄し洗脳した末に、世界を完全なる支配下に置いた諸悪の根源だからだ。まさに「脅威のカリフラワー」だ。

 しかし人類がカリフラワーに心を侵食されてしまったからこそ、世界はこんな状況に陥ってしまったのだ。結局は、全ては人の心の弱さに原因があるのだろう。

 人類がカリフラワーの虜になることが普遍的なこの世界で、僕はそれに心を支配されずに自制を保っている。それはなぜだろうか。全ては僕が自力で編み出した精神的な訓練のおかげだ。これからその訓練によって得た「技術」を簡潔に紹介しようと思う。

 前提としてカリフラワーを口にしてしまえば、やがてその心は取り込まれ、個人差はあるものの自分が自分ではなくなってしまう。しかし僕は物心つく頃からその感覚に吐き気を憶え、強い拒否反応を自然と出していたのだ。その拒否反応が寸前の領域で、何とか心の侵食を防ぐ役割を果たしていた。因みに、物心がつく前は「理性」が存在しないので、そもそもカリフラワーに取り込まれるような心配は無いということだ。

 そして僕は成長し、今度はその侵食を恣意的に拒否する方法を生み出した。カリフラワーを食べる度に、それをブロッコリーであるという認識を脳内で強制的に改竄する技術を自力で携えたのだ。ブロッコリーはカリフラワーと違い、人の心を取り込むような性質は無い。しかしその見た目は酷似している。だからこそ普段から自分の思考を完全に統制することの容易い僕にとって、カリフラワーをブロッコリーであると敢えて「誤認」することは差して困難なことではなかったのだ。

 カリフラワーに心を支配されることを回避する最も有効で確実な方法が、それを食さないことだろう。しかしそれは不可能な話だ。

 小学校から中学校までの義務教育には、給食という慣行的な制度が採用されている。全校生徒が一律的に同じ内容の食事を摂るという、軍隊染みた極めて陳腐な制度だ。そして給食のメニューには、毎日必ずカリフラワーを食材に使用した料理が支給されるのだ。

 毎日だ。毎日カリフラワーを口にすることが義務付けられている。そしてカリフラワーの食べ残しは絶対にあってはならない。ピーマンは残したって良い。ニンジンやゴーヤを残しても何の文句を言われはしない。しかしカリフラワーだけは例外だ。それを食べ残すことは、カリフラワーに対する冒涜となり、国家に対する反逆を意味することになる。たとえどんな理由があろうと、カリフラワーを食べ残した「問題児」は問答無用で「再教育施設」送りだ。

 このように、子供の頃から強制的にカリフラワーを食べさせることで、国家は確実に一定数のカリフラワー中毒者(それこそが愛国者であり信奉者となる)を創出しているのだ。そして義務教育である中学校を卒業した後も、自発的にカリフラワーを摂取しなくては理性を保ってはいられない身体に仕上がっているという構造だ。

 毎日給食にカリフラワーが配給される。それはカリフラワー中毒者になるための機会が常にあり、そうなってしまうことはもはや避けられないという状況に陥るように思われるだろう。

 しかし僕は違った。僕は給食という時間を、カリフラワーの精神的な支配を克服するための「訓練」だと定義付けたのだ。毎日カリフラワーが配給されるならば、訓練の機会も毎日あるということになる。僕はその異常な状況を逆に利用することで、先述した「誤認」の技術を習得することができたのだ。

 勿論、カリフラワーに心を取り込まれそうになることは何度もあった。それでも僕は必死に歯を食いしばり、「自制」を保つために毎日奮闘した。通常ならば給食というのは、子供の毎日の楽しみの一つとなるはずだ。しかし僕には全く対極の意味だった。僕にとってのそれは、訓練であり忍耐であり戦争ですらあった。しかし僕はその戦争に打ち勝ったのだ。小学6年生の僕は内なる孤独の戦いに勝利を収めたのだ。

 そして僕は「自分」を維持することができている。カリフラワーに心を取り込まれてしまった憐れな級友達とは僕は違う。

 僕のこの世で最も嫌いなことの一つが、何かに自分を抑圧され支配されることだ。そしてその状況にただただ奴隷のように迎合することは、僕にとって何よりも耐え難い屈辱となる。だからこそ僕はカリフラワーなんかに敗北するわけにはいかなかった。「自分」を殺すわけにはいかなかったのだ。そう、全ては僕の「夢」のために。

 あと数分歩けば学校に到着する距離だ。いつの間にか、僕の周囲にはランドセルを背負った学友達が続々と増えていた。どいつもこいつも楽しそうに(一体何がそんなに楽しいんだろう?)、軽快な足取りで通学路を歩いている。反対に僕の足取りは極めて重かった。

 その理由は今日、「カ学」の授業が2時間もあるからに他ならない。「カ学」というのは、物理学の分野の一つであるあの「力学(りきがく)」のことではない(そもそも小学生が学校で物理学を習うはずはないのだが)。「カ学」というのは、「カリフラワー学」の略称だ。

 「カ学」とは、カリフラワーの歴史・文化・特徴について学習する学問(勿論、カリフラワーが人類の心を支配するという脅威的な性質については一切言及されない)だ。「カ学」は通常、毎日授業のスケジュールに組み込まれている。しかし火曜日と木曜日に関しては、その「カ学」の授業が2時間もあるのだ。そして今日は火曜日だ。これを憂鬱と言わずして何と言うのだろう。

 そして「カ学」の教科書は、国語や算数の教科書と比較して遥かに分厚く重たい。国語辞典並みの幅と重量を擁した、この忌々しい教科書を燃やしてしまいたいと何度思ったことだろうか。

 しかし一時的な感情の先行は全ての崩壊を招く。僕はその子供染みた衝動が起きる度に、そんな行為はこれからの将来を考慮すれば何の合理性も無いことだと、自分に言い聞かせてきた。そんな馬鹿げたことで、僕の密かな壮大な計画を台無しにするわけにはいかない。

 この間だって(およそ4ヶ月前になるだろうか)、クラスの級友の一人が教室に「カ学」の教科書を「置き勉」してしまい、そのおかげで彼は見事に「再教育施設」送りになってしまった。しかし彼はそれからというもの、未だに教室に戻ってきてはいない。彼とは数学の話で個人的に気が合っていただけに、誠に残念だ。

 しかし僕は彼のような初歩的なミスを犯すつもりは全く無い。どんな些細なことにだって常に細心の注意を払って、慎重に行動していかなければならない。何故なら僕には、極めて具体的に設計した長期的な計画があるからだ。僕には叶えたい、いや絶対に叶えなければならない「夢」があるのだ。

 僕はこの不条理な世界を否定する。恐怖と洗脳によって民意を統制し、本来あるべき思想の自由を剥奪することは絶対にあってはならない。独裁的な政治体制には、本当の平和が訪れることは永久に無い。

 だからこそ僕はこの国を変えてみせる。僕がこの手で、腐敗した現実に変革をもたらすのだ。

 これはただの理想論ではない。僕は本気だ。僕には具体的な方策がある。まず僕は大学を卒業した後、財務省に入省する。そこで官僚としてあらゆるノウハウを培い、信頼できる人脈を築いていく。そして知識と経験と資金を充分に集積した暁には、僕は国会議員の選挙に立候補する。やはり現実を変えるための最も現実性の高い手段が、政治家になることだからだ。そして半世紀以上に渡って政権を握り、我が国を統治している政党に所属する僕は、やがて総裁選挙に立候補する。内閣総理大臣に選定されるために僕はできうる限りの手段を使い様々な画策をし、そして勝利を掴み取る。

 そうだ。僕は総理大臣になるつもりだ。総理大臣になることができれば、僕はこの国の不条理を叩き壊し、あらゆる腐敗した体制を抜本的に変えることができる。勿論、途方も無い壮大な計画であることは重々承知だ。

 しかし僕はやる。僕は必ず総理大臣になって、本当の自由主義をこの国に取り戻してみせる。何があっても必ず、この壮大な計画を実現させるのだ。

 正面に学校の正門が見えてきた。僕の不条理な日常が再び始まる。しかし僕は希望を失ってはいない。毎日の積み重ねこそが、やがて壮大な計画を達成させるための道筋の開拓に他ならないからだ。

 必ず僕がこの国を変えるんだ。僕はそう固く決意し、学校内に足を踏み入れた。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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