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【ショートショート】コーヒーショップの男たち

 ティムは五十代半ば、白髪混じりの恰幅のいい男で、私に優先して仕事を回してくれる重要な顧客の一人だ。

 我々はいつものように通い慣れたコーヒーショップの店内で、いつものようにビジネスの話をしていた。
サンフランシスコ、ノースビーチの一角にあるイタリア風の古い店だ。

 ティムはカプチーノを一口飲んだ。
そしてジャケットから一枚の写真を取り出し、テーブル越しにそれを私に寄越した。「この男だ」

 私は写真を受け取り、それを眺めた。
正面を向いた、一人の男の顔写真だ。
白人。眼鏡をかけている。茶色の髪は短く、顔は面長で痩せている。眉が少し薄い。年齢は三十代後半といったところか。
これといった特徴がなく、印象を持ちづらい顔立ちだ。

「名前はロバート・カートライト。年は三十七。独身だ」ティムは言った。「普段は証券会社に勤めているビジネスマンだが、裏ではインサイダー取引に手を染め、不当に莫大な利益を稼いでいる」
「なるほど」私は写真をテーブルに置いた。
「五日以内に、自殺か事故死で片付けてくれ。依頼主からの要求だ」

 この男は企業や投資家など、あらゆる方面から恨みを買っているらしい。
彼の存在が不利益となっている人間が大勢いるのだろう。
そしてティムを仲介して、私のところへ仕事が回ってきたということだ。

「お安い御用ですよ」私はエスプレッソを口にした。
「アンディ、私は君を心から信頼しているよ。他の使えない頓痴気と違って、君は一度もしくじったことがない。いつだって完璧にやり遂げる」
「あなたの期待に応えられるように、ベストを尽くします。ティム」私は微笑を浮かべた。
 彼も微小を浮かべた。それは一般的には微小とは呼べない種類の微小だった。「仕事が完了次第、金はいつもの口座に送金する。それで問題ないかな?」
「ええ。構いません」

 その時、私は窓の外から不意に視線を感じた。
だが、その視線の元をたどってはいけないと、直感的に理解した。
私は横目でそれを認めた。ビッグガールだ。

 ビッグガールが窓に張り付き、不敵な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。
ブロンドの髪に、派手な化粧、華美なドレス、煌びやかなアクセサリー、そして巨大な体躯。
全てビッグガールの特徴と一致する。
巨大な顔が我々のすぐ間近まで迫り、凝視していた。

「ティム」私は咄嗟に言った。
 だが、僅かに遅かった。ティムは窓の外のビッグガールを、直視してしまった。
「あ、待て」ティムは呟いた。

 ビッグガールは耳をつんざくような、甲高い笑い声を出した。ティムを嘲笑うかのような、不快な笑い声だった。
彼女の凄まじい発声によって、窓が微かに振動している。

 その瞬間、ティムは消滅した。
バサリ、とティムの衣服のみが椅子の上に落下し、床に崩れ落ちた。
たった今私の正面にいたはずのティムは、跡形もなく消え失せてしまった。

 ビッグガールと目が合ったからだ。
ビッグガールと視線を合わせてしまった男は、例外なく彼女によって体を原子レベルにまで分解され、消滅してしまう。
女には効かない。彼女の恐ろしい魔術は-理不尽にも-男にだけ効果を発揮する。

 ビッグガールは私が彼女の方を見ないことが分かると、最大限の金切り声を上げた。
それは窓が粉砕してもおかしくない程の勢いだった。
それから彼女はもう一度、不愉快な笑い声を出し、そして氷のように溶けてその場からいなくなった。

 店内は騒然となっていた。客も店員も誰もが言葉を失い、ティムが座っていた席を見つめている。

 この街でビッグガールが出没することは、決してありふれたことではない。
ビッグガールは大陸を東に進むにつれて、出現確率が高くなる傾向にある。
だから相対的に、西海岸では彼女に対する警戒心は薄くなる。
ティムは、運が悪かった。

 私はテーブルの上の写真を手に取り、それを眺めた。
「命拾いしたね、ロバート」

 私は写真をスーツのポケットに仕舞い、それからエスプレッソを啜った。

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