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郷に行っては郷に従え

「ヘアピン持ってない?」
スタイリストさんが、女性スタッフに聞いている。

香港で、広告やマーケティングの会社を始めて23年。手掛けたコマーシャルフィルムやスチル撮影の仕事は100本近くになるだろうか。家電、エンタメ、飲料、食品、金融、化粧品、薬品、ヘルスケア。ありがたいことにお客様にもチームメンバーにも恵まれてたくさんの現場を体験している。

僕はこのエージェンシーの代表だ。代表とはいえ、何十人もスタッフを抱えるような会社ではないので、自らマルチタスクでいろいろ携わっている。「営業であり、プロデューサーであり、プランナー」と言う立ち位置だ。

「広告のための映像を制作する」という作業は、クリエイティブのテイストが異なることこそあれ、仕事の内容や手順に大きな違いはない。

それでも毎回、日本なら決して起こらないような出来事が起こる。僕自身は何が起きても、あまり驚かなくなってしまっている。

例えば、冒頭の「ヘアピン持ってない?」という問いかけ。

なんと、持ってくるのを忘れたらしい。スタイリストさんなのに・・・。
そんなのあり?って思いますよね。でも、香港では、普通に起こりうること。

また、撮影が進むうちに、タレントの服がよれよれになっていく。
スチームアイロンは持って来ていないらしい・・・。
こういう場合、僕の方から「懸念」を伝える。まず、制作会社のコーディネーターに伝える。自社のクリエイティブディレクターに伝える。しまいには監督に伝える。
みんな、一応、「なるほど!わかった」と言う。でも、一向に誰かが何かをする気配が無い。

つまり、その程度の(彼らにとって)服のよれよれは問題ではないということ。

撮影の合間に、スタッフがタレントさんと写真を撮りまくる。スタッフさんが撮る。ディレクターが撮る。クライアントも撮る。
時には日本のタレントを起用して、香港で撮影することもある。もちろん、同じようにみんな写真を撮りまくる。

ある時、所属事務所マネージャーさんが血相を変えて聞いてきた。
「みなさんは、その写真、何に使われるおつもりなんですか!!」
みんな、マネージャーさんがなぜ怒っているのかがわからず、きょとんとしている。

香港では、普通に行われている行為だから。

僕たちは「日本の常識」に慣れている。だから、日本の外で仕事をすれば、アクシデントがいろいろと起こる。そのギャップを思い切って楽しんでしまおう!と言いたいところだが、そうとばかりも言っていられない。

どうにも気になって仕方ないから、スタジオの近くのお店にスチームアイロンを買いに行く。あるいは、スナップを撮影していたメンバーから、SNS上や個人でのシェアをしないように念書をもらう。そして、マネージャーさんには根気よく説明して納得していただく。

香港で仕事を始めた頃は、予想外な出来事に対して免疫が無かった。慌てたり、あきれたり、怒りを覚えたり。

こういう時のために、昔の人は僕らに教えてくれる。

「郷に行っては郷に従え」

息を吸って、この言葉を唱えて平常心を取り戻すことができるようになったら、海外での仕事に慣れてきたということ。

大丈夫! 数年経てば、何が起きてもまったく動じなくなるから。ただ、日本に戻って仕事をする時には、きちんと意識の切り替えをしなきゃならないけどね。

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