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「ただ行ってみたくて」ポーランド編⑨

ポーランド旅行記⑨ 「列車の旅は、いつも楽しい」

本日はワルシャワとしばらくお別れする日である。今日から四日間は、300キロ離れている、クラクフという街に行くのだ。


午前中の列車に乗るので、いつまでも寝ていられない。

ホテルで朝食を食べていると、テレビでは昨夜のポーランド対コロンビアの試合のダイジェストを何度も流していた。

画面では、サッカー解説者と思しき男が悲しそうな顔で話している。まるでお通夜だ。仕方がない。頑張って惜しくも負けたという感じではなく、どう考えてもポーランド代表は不甲斐ない負け方をしたのだ。

ご愁傷様です。極東のサッカー辺境国から来た僕に言って欲しくないとは思いますが、それいじょうの言葉が見つかりませんでした。

さて、本日はワルシャワとしばらくお別れする。今日から四日間は、300キロ離れている、クラクフという街に行くのだ。

このクラクフという街は、日本人には馴染み薄いが、十六世紀まではポーランドの首都だったところだ。戦火を逃れた中世の街並みがそのまま残っている美しい所らしい。ヨーロッパでは有名な街で年間に一千万人の観光客があるそうだ。

確かにガイドブックを見るとワルシャワの旧市街がちゃちに見えるほどクラクフの街は荘厳で素晴らしい。歴史の重みが違うのだろう。

確か、飛行機の中で話をした年配の女性は、このクラクフにだけ行くと言っていた。首都であるワルシャワよりも観光客にとって魅力的な街なのかもしれない。

ワルシャワ~クラクフ間は、列車で二時間半ほどだ。

僕は事前にインターネットで切符を手配していた。いい時代である。ポーランドの国鉄は二週間前に予約すると割引があり、僕らのキップは日本円で二千五百円ほどだった。これで特急列車なのだから、ポーランドの物価の安さがわかる。

寒さに震えながら、ホテルを出てワルシャワ中央駅に向かった。事前に調べてあるので、地下にホームがあるのはわかっている。

二つほどしかない切符売り場には、観光客と思しき人たちで長蛇の列ができていた。

よかった、事前に買っておいて。待っている人を横目に地下のホームに降りて行く。

ホームも人で溢れている。十時四十五分発のクラクフ行きの列車に乗る人たちだ。六月で、まだバケーションには早い時期だ。これだと七月や八月はどうなってしまうのだろうか。

さて、列車の確認だ。EPI 1305の四号車だ。だが、モニターを見ると、車両番号が1305ではなく1306になっている。

クラクフ行きの十時四十五分はこの列車しかない。いったいどうなっているのだろか。

「車両番号が変更になったんじゃないの?」
と妻が言う。

日本でなら考えられないことだが、ここはポーランドだ。5 が 6になるくらいの変更は、変更のうちに入らないのかもしれない。

次に四号車の位置だ。だが、プラットホームには日本のように番号がふられていない。どこが一番でどこが四番なのかまったくわからない。だからみんなホームの真ん中辺りでたむろっているわけだ。

案の定、ホームに列車が入ってくると、みんな自分の番号の車両を探して、走りだした。

もちろん僕らも乗り遅れてなるものかと重いスーツケースを引っ張って走る。

列車は、ホームと段差があり、必死になってスーツケースを持ち上げなくてはならない。これまた新幹線なら考えられないことだ。

乗ったら今度はスーツケースをどこに置くかだ。座席の上の棚は小さくてとてもスーツケースを載せることができない。車両の入り口付近に、スーツケース置き場があるのだが、前の駅から乗ってきた客の物ですでにうまっていた。

「どうしよう?」

妻が置き場を探すが、どこにも見当たらない。もう仕方がないので扉附近の通路に置くしかなかった。

やれやれである。一汗かいてやっとシートに腰を下ろした。

列車はなんのアナウンスもなくゆっくりと発車した。無言の出発である。なんともヨーロッパらしい。

そして日本と決定的に違うのは、ポーランドではほとんどの列車が後ろ向きのシートのまま走る。まるで列車がバックしているようだ。

後ろに引っ張られる感じがどうも好きではない。慣れるのに時間がかかった。なんだか酔いそう。

走りだしても、自分の席を探している人たちがいた。列車は満席で、もう空いている場所はない。

すると、切符を持った人が、すでに座席に座っている人に何やら言う。どうやら別の場所に座っていたらしい。他にも何組かそんなことがあった。

そこ、俺の場所!おお、そうなの、ごめんね!ええと私の場所はそこだった、といった連鎖的な民族大移動が起こる。

ヨーロッパの人たちはどうしてちゃんと座席番号を確認しないのだろうか。もしかして、空いているから座ってしまえということなのかもしれない。

よく落ち着いて座っていられるものだと感心する。僕なんて、ここが自分の席なのかと三度も確認し、さらにもう一度妻に聞いて、しつこい、と怒られるほどに神経質なのに。

きっとこんな国に生まれたら、もっと 僕は大らかに生きられたのかもしれない。

列車は、ひたすら緑の平原を走って行く。高い建物どころか、山さえない平原だ。確かポーランドというのは、平原の国という意味だと、どこかの本で読んだことがある。なるほど、と感心する。

窓から見える景色は、牧草地か森だ。日本の風景とはまったく違う。

三十分ほどすると、飲み物のサービスがあった。僕はホットのコーヒーを注文した。二等車でもこんなサービスがあることに驚きだ。

一息ついてコーヒーを飲んでいると、今度は検札の時間だ。でっぷりと太ったポーランド国鉄の車掌がやってきて、切符を見せろと言う。

僕は事前にプリントアウトした用紙を渡す。すると、でっぷりと太った車掌は、バーコードを読み取る機械で、何やらチェックして僕の名前を呼んだ。

「イエス!」

僕はにっこりと微笑んで返事をする。するとでっぷりと太った車掌は、僕の顔をじっと見ている。なんのことだろうか、僕にはポーランド人の知り合いなどいないはずだが。

僕は、なんですか、という顔で見返す。するとでっぷりと太った車掌は、笑いながら、パスポート、プリーズ、と言った。

なんだ、身元を確認したいわけか、それならそうと早く言ってよ、とばかりに僕はカバンからパスポートを出して渡した。

でっぷりと太った車掌は、パスポートを確認すると、サンキューと言って次の乗客のところへ向かった。

いろいろあるが、列車の旅とはいいものである。僕はバスに乗るのは窮屈で苦手だが、列車に乗るのは好きだった。

トイレに行くついでに、列車内を見て回ることにした。どうやら僕らの乗っている二等車は満員だが、個室になっている一等車は空いているようだ。途中には食堂車があった。とはいえ、座って食事をするわけではなく、立食のようだ。スナックやサンドイッチのような軽食とコーヒーなどの飲料が売られている。

しばらく車内を散歩して帰ってくると、妻は眠っていた。窓の外を見ると、雲の切れ目から青空がのぞいている。クラクフはワルシャワと違って天気がいいのかもしれない。

次第に窓の外には建物が増えてきた。街が近付いているのだ。古都クラクフでは、どんなことが待っているのだろうか、楽しみでならなかった。

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