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『奇妙な友情』のバランスの妙が光る/マンガ「カラオケ行こ!」【ネタバレあり感想】

【注意事項】
※ややぼかしてはいますが、作品のネタバレを所々含みます。
※若干BL作品についての言及や見解あり。
苦手な方は閲覧非推奨です。

「カラオケ行こ!」のあらすじ

カラオケがうまくなりたいヤクザの成田狂児と、美声を持ちながらも変声期を迎えるという悩みを抱える男子中学生の岡聡実。住む世界のまったく異なる二人の奇妙な交流を描く、極道カラオケコメディ。和山やまが同人誌で発表した作品で、2020年9月12日にKADOKAWAよりコミックスが発売。刊行にあたり描き下ろしのエピソードが追加されている。「このマンガがすごい!2021」オンナ編で第5位を獲得。2024年1月実写映画化。

https://mangapedia.com/カラオケ行こ!-ti4nt9slk

今回読了した「カラオケ行こ!」(以下「カ!」と記述)の作者・和山やま先生の別作品「女の園の星」を読んだ時にも感じたことですが、ブロマンスとBLの境界線上でのストーリー展開や表現のさじ加減が非常に巧みでいらっしゃる。
「女の園の星」を例にとると、シュールギャグ色が濃く一見普通の学園コメディ作品にも映るのだけれど、主人公である星先生の同僚・小林先生の言動の端々に、星先生への矢印が薄らと見えなくもなかったりするんですね。
ただ、『必要に応じてスパイスを足せる味付けの余地』と形容するのがふさわしいでしょうか、
深く考えずそのまま味わうも良し、手持ちのスパイスで味を足すも良し、といった読み手側の裁量で『作品の味変』が出来る自由さが残されている点が魅力であり、
『あれやこれやと考えてニヤニヤしたいタイプの層』にはたまらなくうってつけな作風と言えるかと思われます。

一方、「カ!」は聡実くんに対する狂児の身体的距離感の詰め方や言動に、作品元来が持つ”味”をやや強く感じる描写が見受けられるものの、いわゆる『ヤクザの人たらし術』として説明がつく範疇ではあるかなと。
“デキるヤクザ”ほど人心掌握術に長けているでしょうし、上の地位に登り詰めるには地頭の良さは必要不可欠。まして四代目祭林組において若頭補佐を務める狂児からすれば、中学生の”子犬ちゃん”を手懐けるなんて造作もないこと。(自己紹介の時の「よろぴく」は計算なのか素なのか、地味に気になりますが)
聡実くんのみならず、読者の我々の警戒心をも知らぬ間に解いていく手練手管の鮮やかさには、若頭補佐の貫禄と末恐ろしさを禁じ得ません。
作中でのその筋の方々の描かれ方は当然と言えば当然ながら、まあまあ優しげな雰囲気でフィクション然としているものの、
前述した狂児の立ち居振る舞いがそこに上手くリアリティを添えているように感じました。

余談ですが私、読み終わる頃にはすっかり成田狂児という男の虜になっておりました…令和のいい男像とは異なる、ひと昔前のノスタルジーを醸す漢くさいギラギラした色気に惹かれてしまうものがありましたね。あと顔が強い
目の奥に底知れぬ昏さが宿る作り笑顔に背筋の凍る思いがしたかと思いきや、大口を開けて無邪気に笑う姿に人間味を感じ、思わずホッとさせられたり。
「中学生にタバコの匂いつけて家に帰らすわけにはいかんなぁ」「肘ついて食うなよ」なんて、随所に普通の大人の倫理観を見せてくる所もさることながら、
聡実くんがいちご狩りに参加できなかった詫びと”レッスン代”を兼ねて、帰り際に寄ったスーパーで段ボール箱に4パック入ったいちごを、サラッと買って寄越すシーンなんてもう…ほんまに狡い男ですわ。大抵のことは許されてしまいそうな顔の強さも非常に狡い。(二回目)

では、聡実くんは狂児の掌の上で転がされっぱなしの気弱な子なのかと問われれば、決してそんなことはないのがまた面白い。
出会った当初こそヤクザの狂児に怯えていたものの、レッスンに来た組員達に意外と火の玉ストレートなご指導をして差し上げたり、狂児相手に激情のままに啖呵を切るなど、
純朴で大人しそうな外見とは裏腹の、本来彼に備わっている割と豪胆で意志の強い面が伺えて、とても見どころのある子。
狂児曰く「怒るとフリーザみたい」に口が悪くなる所も、ちゃんとお年頃の少年らしい。
「組長に全身うんこの刺青彫られたらええねん!」はいくら本気で怒っている大人でもヤクザ相手にはなかなか言えたものではないし、咄嗟にそのワードがチョイスできるのは貶しスキルが割と高めなのでは。
物語終盤、とある事故現場を目撃したショックから中学生最後の合唱祭へと足が向かず、聡実くんは単身祭林組恒例カラオケ大会の会場『スナックカツ子』に乗り込みます。
そこで狂児の為の『鎮魂歌』を彼が歌い上げるシーンは、紙面から聡実くんの絶唱が聴こえてくるんじゃないかと錯覚するほど真に迫っていて、グッと来ましたね。組長が泣くのも納得。
あらすじにもあったように、変声期真っ只中の聡実くんにとって何より大切だった”声”。それを決して長いとは言えない期間の中で、『奇妙な友情』の縁を結んだ相手の弔いに捧げるなんて…ラスト大サビのこのシークエンス、味わい深すぎるし、味付けが捗りすぎるのよ。白米泥棒ってレベルじゃねえ…
時系列が前後してしまいますが、「カ!」巻末に収録されている描き下ろしマンガの中に描かれている、
「この二十年間、いつかどこかで歯車が狂うんちゃうかと思いながら生きてきた」と胸中で独白する狂児と彼の名前の由縁から察するに、
彼は物心がついた時からどこか、自己暗示のようなものを背負いながら生きてきたように思えます。
自らの人生を狂わせ、極道の世界へ足を踏み入れてからは他人の人生を狂わせ、それを当然のことだと特に疑問に思わず息をしてきた。
そんな大人が、穢れを知らない少年から全身全霊の絶唱をぶつけられて、一切内面の変化が生じないものでしょうか。ここも味付け捗りポイントですよ皆様…(小声)
ちなみにこちらの描き下ろしの結末も綺麗に本編へと繋がっています。

そして物語のラスト、締め方もまたとても粋でして作品のタイトルでもある「カラオケ行こ!」という狂児の誘いから始まり、終わりも同じく「カラオケ行こ!」の台詞で幕を閉じる。
まるで落語を一席拝聴した後のような、爽快な読後感が胸に残りました。私が大好きなドラマの一つ、「タイガー&ドラゴン」を観た時とまさに同じ感覚。作中で狂児がカラオケレッスンの際、ドラマの主題歌を歌っていたのは何かしらのオマージュだったら嬉しい。

前述したような軽妙洒脱なストーリー展開、そして主役二人は言うまでもなく、モブキャラに至るまで愛着が湧くほど各々に溢れる個性。
漫画という媒体に限らず、ゲームや映画にも言えるのですが、
『”今まで”と”その先”が知りたくなる』キャラクターや作品は、ほぼどハマりしてしまいますね。
それは続編や前日譚への願望と同時に、彼らの地続きの人生にもっと触れたい、想像したいという願望でもあります。
当然、既刊の続編「ファミレス行こ。」を手に取るまでに時間はかかりませんでした。
(こちらの感想も後ほど投稿予定です。)
既に終了してしまったコラボカフェやグッズ展開等を見るにつけ、
「ああ…もっと早く『カ!』と出会っていれば…」と悔やむ気持ちに襲われはするものの、
この名作を知らずに素通りしなかった事自体が何よりの幸運なのだと、
虚勢ではなく心の底から思える程に胸許あたりまでどっぷりと沼に浸かりながら、愉悦の笑みを浮かべております。

この感想文をきっかけに「カ!」に興味を持って下さった未読勢の方々がいらっしゃいましたら、是非「カラオケ行こ!」読も!


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