現代落語「とりぷる」

(出囃子)

お集まり頂きありがとうございます。しばらくの間お付き合いのお願いを申し上げます。
えー、顔と土地は広ければ広いほど良いとはよく言ったもんでして、今日はその顔の広さを見誤ってしまった男の噺を一席。
世の中には酒が好きという方が数多くいらっしゃってまして、酒のおかげで得をした人もいれば、酒のせいで損をしたという人も沢山いるわけでございます。
男の名前を浦田直也といってこれがまた例によって大の酒好き、そのくせ酒癖がかなり悪い。よせばいいのにその日も酒をしこたま飲んで、気分良く千鳥足で街をうろついていたわけであります。
さて、浦田が一軒のコンビニに立ち寄った時、目を奪われるほどの美女を見かけました。
えー、酒で気が大きくなっていたせいか、浦田はその女性に声をかけたわけであります。
「ヨッ、おめぇさん、何してんだいこんなところで」
酒くさい男に突然話しかけられた女性は、面倒くさいような、困ったような顔をしております。
「はあ…買い物ですけれど…」
「買い物、するってぇとアレかい? 酒も買うのかい? いやぁ俺も丁度飲み直したいと思ってたところで、おめぇさんみたいな綺麗な人と一緒に飲めたらこんなに嬉しいこたぁねぇ」
「お酒はちょっと…あなたも飲みすぎてるようですし」
「何を景気の悪いこと言ってんだい、まだ腹八分目よ。ところでおめぇさん、俺の顔、どっかで見たことねぇかい? ほら!」
「いや…」
「知らねえとは言わせねぇぞ、テレビで観たことあるだろ? な? わかるだろ、浦田直也だよ浦田直也」
 なんのことはございません、浦田は酒に酔っており、更には有名人である自分にも酔っていた次第でございます。
 えー、ところがその女性は浦田のことを本当に知らないようでした。これに浦田は激怒し、あろうことか出会ったばかりのその女性の顔に平手打ちを食らわせたのであります。
当然浦田はお巡りさんにとっつかまり、翌日にはそのニュースがたちまち日本全国に知れ渡ることとなりました。悪事千里を走る、とはよく言ったもんで、これまで浦田のことを知らなかった者にも、その名は瞬く間に認知されてゆきました。謝罪会見の場で報道陣のフラッシュに目を細めながら浦田は
「あぁこれが有名になるってことか」
と、ひとり自嘲気味ににやついたのでした。
 結局浦田の正体は何だったのか、ですって?
それは私がこの噺の中で「えー」と言った数を見てもらえれば一目瞭然でございます。

お後がよろしいようで。

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