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正しく出しゃばるということ

10代~20代の頃の僕は、よく人と自分を比べては、勝てる道を模索していました。ある種の値踏みもしていたでしょうし、今思うと申し訳ねぇです。

ひたすらに承認欲求が高く、自己評価も甘く、他人より自分が優っていることを推進力にしていました。
その分、負けず嫌いレベルも高かったので、内心「負けてるやん」と思ったら泣くほど悔しかった。

そんな時期があったからこそ、若手アーティストを見ていて感じることもあります。
今日はエンタメ業界ではあるあるだけど、印象深かったお話を。


とある有名な劇場での現場でキャスティングをさせてもらった時の話。

当時は僕も歌手としてガンガン歌いつつ企画や運営もやるという、プレイングマネージャー的な動きをしていました。

アーティストを尊重しつつ、現場の方にも失礼の無いよう進めることを第一に心がけていました。


無事イベント本番も終わり、アーティスト達が楽屋に戻ってきます。
礼儀正しく関係者の皆さんに挨拶をして、評判も上々でした。

そろそろ着替えて帰りの支度をしようとしたタイミングで、MCをつとめていた芸人さんが汗だくで楽屋(共同で大部屋)に駆け込んできました。

「誰か即興でサライ歌える人おらん?!」

突然のことと勢いに、その場にいた10組近くのアーティストは唖然。
かろうじて一組の女性アーティストが反応して、

「オケとかありますか?アカペラですか?なんのための?」

と質問をしたところで、芸人さんは舞台スタッフさんとヘッドセットでやり取りをしていて応答する余裕はありません。

僕はとりあえず「いけますよ!○○ちゃん、とりあえずいこうか!」とだけ伝え、サライを歌えそうなその一人のアーティストだけ連れ、僕自身もステージに出られるようスマホでサライのオケを探してスタッフさんに渡し、アーティストの子には歌詞をスマホで用意しておくように伝えてステージに向かいました。

キャスティングしたアーティスト達には楽屋で15分だけ待機してもらい、その間に着替えや身支度を済ませてもらうよう伝えました。


ステージに出ると、MCの芸人さんが汗だくになって会場の爆笑を繋いでいました。

のちに聞いたところ、この日、近隣の交通機関が大雪の影響でストップし、一度退場したお客さんが立ち往生していたとのこと。
劇場、舞台、音響、照明のスタッフの皆さんの機転で、30分だけ劇場を開放しておくことにしたそうです。

そんな経緯があって、MCの芸人さんはお客さんを楽しませるために一人で舞台に残っていたのです。
「アーティストにはそういうことを強要できないし、後で巨額の請求されても困るんで。笑」とも言っていました。

僕と女性アーティストは、その芸人さんのトークにしばし巻き込まれ、ネタの最後の方でサライが流れ始めた時にようやく「ああ、なるほど。ネタの中にあったんだ。」と悟りました。

しっかり本気で歌い上げると、会場からは拍手と、MCの芸人さんからは
「いや上手すぎるやろ!」
「次このネタやる時どうしてくれんの!」
「え、二番も歌うの?」
と笑いを上乗せするチャチャを入れてくれました。


そんなヒリヒリするステージを終えて楽屋に戻ると、アーティストのみなさんは帰り支度もバッチリで、僕としては何事もなくイベントが終えられたことに安堵。

その時、MCの芸人さんが遠慮がちに話し始めました。

「んー・・・あのね、みなさんは若いからキラキラした世界だけを見ているかもしらんけど、僕らみたいな芸人は一人でもお客さんがいたら死ぬほどありがたいんですわ。やったー!見てくれる人おるー!って。」

「でな、このお兄さんとお姉さんはな、きっとそういう経験があったり、有難さを知ってると思うんよ。」

「いや、用意もなく無茶ブリした僕がご迷惑をおかけしただけの話なんやけど、僕がお願いに走ってきた時、そんで2~3分後にはスッとステージに立ってくれた時、この二人は僕にとっての救世主になったんよ。」

「それが本当に嬉しくて、どうかこのお二人のようなアーティストになってください。僕は本当に感動しました!」


涙ぐんだ汗だくの30代後半のおっさんの言葉。
表現者としては大先輩だけど、当時はめちゃくちゃ有名だったわけでもなく、若手アーティストのみんなにどう響いたかは分かりません。

僕は現場を一瞬でも離れてしまったので、
「出しゃばってごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。」
と言うと、あるアーティストからこんな言葉が出ました。

「僕らも出しゃばっちゃいけないと思って。あはは。」

僕は彼らの立場としてはそれでいいと思っていたので、「だよねー」とか言って笑っていました。


帰り支度をしていたMCの芸人さんは、ちょっと怒るような口調でこう言いました。

「君らが言う出しゃばりは、悪目立ちのことやろ。正しい出しゃばりはしていかなあかんよ。」

「今日出た10組くらいの中の一人のことを、どれだけの人が覚えてくれると思う?最後の2人に全部持っていかれたと思った方がええよ。笑ってる場合と違うよ。」

「どんなに出しゃばったところで、僕はMCやから絶対に受け止めるし、オイシくする。それにちょっとやそっとの出しゃばりは、僕らの世界では目立ちもしない。こいつ出しゃばってんな~って思わせられたら逆に大したもんやで。」

「僕もそうやけど、みんなは誰のおかげでこのステージに立ててるのか分かってる?スタッフの皆さんもそうやけど、一番頭下げて走り回ってくれてるのは、このお兄さんやろ。その人に自分らができたかもしれん仕事させた、というか取られてんで。仕事なくなんで。」


その後はもちろんフォローしてくれて明るい雰囲気で終わりましたが、僕にとってこの言葉はとても大切な言葉として残っています。

エンターテイメントの世界では、自分の中での評価軸や価値観を捨て去らなければ突破できないい壁がいくつもあります。

殻だと思っていたものが殻でもなかったと思うくらい、何度も何度も脱皮して成長していく世界です。

この芸人さんは、今ではテレビで頻繁に見るようになりましたし、あの時の女性アーティストはその芸人さんの事務所に入って、今もアーティストや講師として活躍しています。

あの時の動き、言葉、意識が一過性のものでは無かったからこそ、実を結んでいるのだと思います。

自分の中の価値観を壊せるチャンスには、なかなか出会えるものではないです。

思い切って飛び込むこと、チャンスを見逃さず仕留めること。

そんな意識をしてみるといいと思います。


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ガリバー宇田川(アーティスト専門家)
メジャー経験のある現役シンガーで日本アーティスト協会代表理事。
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