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博多駅前ストーカー殺害事件で分かったこと

内澤旬子と申します。ノンフィクションやエッセイを書いています。
ストーカー被害に遭ったことをきっかけに、被害者が守られるため、救われるための法整備、制度について考えるようになりました。自分の体験については『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文春文庫)にまとめてあります。


博多駅前で起きたストーカー殺人事件について。
新聞報道で明らかになったことなどを元に、
加害者治療を義務化してほしい理由を書きました。
多くの方に読んでいただくことを願っております。


2月2日付の読売新聞の記事で、福岡県警は寺内容疑者にカウンセリングの受講を勧めていなかったことが判明しました。衝撃を受けています。


記事には「精神疾患が疑われる言動がなかった」(捜査関係者)とありました。誰がどのように判断したのでしょう。


警察庁では平成28年度(2016)から各地域の医療機関との連携を進め、加害者に治療を勧めることを開始しています。


開始から五年目に当たる令和2(2021)年、ストーカー規制法は三度目の改正で国会審議がありました。そこで治療がどこまで実行されてきているのか、問われました。

ストーカー相談件数は全国で年間およそ20000件前後で、大きな変化なく推移しています。それに対して令和元(2020)年に治療を勧めた人数は822人。さらに説得を受けて実際に受診した加害者の数は124人しかいないという現状が明らかになりました。

五年(正確には四年目)もやってきてこの数字はどうなのか(少なすぎる)と多くの野党議員から疑問が呈されていました。


立憲民主党の西村ちなみ議員は治療を勧めることへの予算と執行金額を質問してくださいました。

令和元年度の警察庁予算1151万円、都道府県警754万円が予算措置され、執行金額はたったの160万円だったことが明らかになっています。全国でこの金額です。各都道府県単位で分けたらいくらにもならない。これでよく「やってます」と言い切れたものだなと、国会審議を聴きながら呆然としました。


多くの野党議員の問題提起によって、改正ストーカー規制法の付帯決議に、加害者治療及び更生の支援、加害者及びその家族からの相談窓口の拡充 という文言が入りました。

 今後治療者数は増えていくのだろうか。治療義務化を望んできた私としては、半信半疑の心持ちで聞いておりました。とはいえ付帯決議についたのだからと自分に言い聞かせ納得させました。


 私がストーカー被害に遭い、二度目の逮捕後に警察官や検察官と話をした時(2017年)には、なぜ被害者が加害者の治療を望むのか、全く理解していただけませんでした。特に私は不起訴を望まず、起訴・処罰と治療の両方を望んだため、「あり得ない」とも言われました。確かに現在の刑法、刑事裁判のあり方では難しいのかも知れませんが、被害者としてはどちらかを諦める方があり得ないと思っています。

友人知人からも「相手の治療を望むなんて優しい」と言われることもありました。加害者治療を望むのは自分が安全に暮らしていくためです。ストーカーは一生刑務所に入れておけ、などというコメントが刑事事件が起きるたびにネット上に飛び交いますが、それこそ不可能です。もし服役期間があったとしても、いずれは社会のどこかで加害者も被害者も生きていかねばならないのですから、被害者への執着を解いてもらいたい。それを知らせていただきたい。そうでないと被害者はずっと不安を抱えて生きていかねばならなくなります。


読売新聞の記事によると福岡県警は平成30年(2018)年に県精神保健福祉協会と協定を締結。原則として無償で3回まで精神保健福祉士のカウンセリングを受けられるようにした。2022年1月から10月で84人にカウンセリングを勧め、39人が受講したそうです。

 

カウンセリングなので治療の一歩手前の段階ではあるけれど、まあまあ高確率で受講させることができていた。こちらの記事(https://www.yomiuri.co.jp/national/20221201-OYT1T50036/2/)によれば、福岡県警は熱心にストカー事案の相談にも取り組んでいたようです。



ところが、今回の寺内容疑者にはカウンセリングの必要ないと判断して受講を勧めなかった。そして悲劇は起きてしまった。


何を変えていけば防げたのか。

まずはカウンセリング受講を勧めるか放置するかの判断基準を具体的に細かく明らかにして、見直さねばならないでしょう。

しかし私は現場の警察官がストーカーの危険度、カウンセリングや治療が必要かどうかの判断すること自体がもう無理なのではないかと思っています。


加害者に受講や治療を勧めることも含め、専門家にやっていただきたいのです。

各県警にカウンセラーを常駐配備してくだされば、加害者へ病識をつける説得はもちろんのこと、放置、取り残されがちな被害者への心理的なケアなども期待できます。私はあまり詳しくありませんがDV事案対応も可能でしょう。


そしてまずは禁止命令を出すレベルの加害者のカウンセリングを一回だけでもいいから義務化してほしいのです。


記事にもあるように、禁止命令を出した直後は加害者がとても不安定で危険な状態です。にもかかわらず、加害者が暴言も吐かず被害者への付き纏い行為をしなければ、警察は何もすることができません。その間加害者はひとりで怒りと恨みを抱え込み殺意を育てているのかもしれなくても、誰にもわからないのです。


わからないから被害者は怖くて不安で仕方がないし、避難していたとしてもいつ止めればいいのかもわからない。もういいのかと思っても今回の事件のように一ヶ月以上何事もなくていきなり殺しに来るのかも知れない。

 もし禁止命令が出た翌日と一週間後に加害者がカウンセラーと面談できれば、危険度を測ることはできるのではないでしょうか。加害者の中での歪んだ被害意識や怒りなどを吐き出すことで暴発を事前に止められる確率も高まるのではないでしょうか。被害者としては、加害者を放置せずに様子を見てくれる専門家がいるというだけで、何倍もマシです。


カウンセリングや治療の効果、警察からカウンセリング治療を勧められたストーカーのその後の再犯率については、取材している記者の方々がいらっしゃいますのでいずれ記事になった時に書き込みます。


禁止命令後の被害者を守るために、加害者治療は絶対に必要なのです。


ストーカー規制法は、被害者の犠牲を受けて成立し、改正を重ねてきています。人柱のようでやりきれません。私は被害者として法律や制度に助けられた部分と改正前で助けてもらえなかった部分と両方経験しています。法律の一文一句の重さを思い知らされました。

だからこそ、誰かが死ぬ前に治療義務化、法整備を進めたいと思って二年前の法改正審議の時に声を上げたのです。


2021年、加害者への働きかけは993人に微増して、実際の受診者は164人でした。七年もやってきて、この数字ってなんなのでしょうか。限界ってことですよ。頑張って警察官に研修受けさせたりして加害者を説得する技術を磨いている自治体もあるので言い切るのは申し訳ないのだけれど、加害者受診説得は警察官だけでは無理です。

予算と執行金額を増やして根本的にやり方を変えないと、被害者を守ることはできないのではないでしょうか。

もし、禁止命令後の受診が義務で、寺内容疑者が一度でもカウンセリングを受けていたら。彼の中に育っていた殺意に気づけたかもしれなくて、本当に本当に残念でならないし、辛いです。

 福岡県では昨年十二月にもストーカーが禁止命令を出された翌日に被害者女性を刺すという殺人未遂事件が起きています。https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20221225-OYTNT50002/

こちらの加害者にカウンセリング受診を勧めたのかどうかも気になるところですが、勧めていたとしても、禁止命令の翌日に犯行に及んでいるので受診できてなかった可能性が高そうです。

こうした事件が続くと、被害者は恐ろしくて禁止命令を出してもらうのに躊躇してしまいそうです。

 理想は、禁止命令を出す時に被害者は安全な場所に必ず避難(費用を支援)、禁止命令後に加害者はカウンセラーか精神科医と面談を義務付け、面談するまでは被害者は避難を続ける。面談時の様子や危険度を被害者に知らせる。これでも被害者を守り切れるのかどうかはわかりませんが、今の状態よりは安心です。


それから被害者が避難転居転職を警察から促されても応じなかった件について。お子さんがいらっしゃるので余計に築き上げた暮らしを根本から崩すことへの抵抗は強かったのではないかと思います。被害者の人生を壊してやりたいという加害者の欲求を叶えてやってるようで悔しいという気持ちもあります。

 それにたまたま事件が続きましたが全体の割合からすると、禁止命令後に沈静化するストーカーの方が多数なのです。生活を壊したくないあまりに大丈夫な方に賭けたくなる気持ちもわからなくもないです。

一時的な避難はまだしも、転居と転職はそう簡単にはできないと思います。負担がものすごく大きい。すごく良くしてくださってる学童の先生だとか学校のお友達などの人間関係はお金では買えません。そういう関係を全部壊して新しい生活を別の場所で始めるのは本当に難しい。私も自費で避難と引っ越しをしましたがなぜ被害を受けた側が生活変容を迫られるのか、やりきれない気持ちで一杯でした。

被害者の負担を減らすには、弁護士の上谷さくらさんがおっしゃっているGPSを被害者と加害者双方に埋め込んで一定距離まで近づいたら警察と被害者にお知らせアラートがいくというシステムも有効だと思っています。治療を義務化しても効果がどうしても上がらない、という場合にはもうこれしか被害者を守る手段はないのではと思います。


 国会審議で当時国家公安委員長だった小此木八郎氏は、何度も何度も「被害者等の安全確保を最優先にした対策を推進していく」と口にしています。小此木氏は引退されましたが、警察庁の方針なのですから、どうか法整備と予算の増額をお願いします。



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