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不登校の兄と年中弟。年度末のとりとめのない話

いつのまにか桜が満開になっていて。
兄の小学二年生。弟の年中さんが終わった。いよいよ兄は小学三年生で、弟は年長さんだ。なんだかあっけない一年だったなぁと思う。

手のかかる兄が集団生活をしていた頃。そう、保育園の頃は親と先生の結びつきが強くて。強くならざるを得なくて。何度も面談したり話し合ったり謝罪したり。年度末なんて、担任の先生とねぎらい合ってお互い号泣するって言うね。別に卒業するわけでもない、明日も普通に会うのに、なんで私達泣いてるんだろう?って言いながら一年を振り返り頑張ったよねって泣いてたなぁ(笑)

兄が不登校を選んで、学校との結びつきはずいぶんとあっさりしたものになった。寂しくないと言えばウソかもしれないけれど。もともと人と接することがそこまで好きではない私にとっては気が楽になった気もする。

何度思い出してみても、理解のある保育園だった。理解のある先生に恵まれていた。だけど、だからと言って気楽に楽しく通えていたわけではない。

兄は保育園からいきしぶりがあった。更に他害もあったからもろもろやっぱり大変だった。兄が起こすトラブルに迅速に対応できるように。クラスメイトの名前と顔はすべて覚えた。何かあったときにちゃんと謝罪できるように。子どもたちの人間関係も把握した。兄の爪は忘れず深めに切る。お友達に傷をつくらないように。お友達が兄のしでかしたことを伝えるために私に話しかけてきたときは、必ずしっかり傾聴する。その子の心にわだかまりを残さないように。できるだけ笑顔で園に行く。他のクラスの先生の名前も覚える。先生同士の人間関係も把握する。先生の話はしっかり傾聴する。ありがとうを忘れない。第一声はすみません、申し訳ありません。
ただでさえ手のかかる兄の立場が、私の態度のせいで悪くならないように。ずっと気を張って過ごした兄の集団生活時代。私のそんな考えは偏っていたのかもしれないけれど。それが当時の私の精一杯だった。私なりによく頑張ったと思う。

だから弟の集団生活は驚くことばかりだ。いつでも友達に囲まれていて。笑顔で通い、笑顔で帰る。活動には必ず参加するし、制作もする(兄はこういうのも大変だった)発表会、運動会、行事大好き。(兄の時は行事は地獄)
一度も、他害の謝罪をしたこともなければ。特別な面談時間をとったこともない。お友達から弟の告げ口をきくこともない。
兄の時はいつも今日何しでかしたかと緊張しながら迎えに行ったものだが、弟にはそんなことも一度もない。そのおかげで年長になるというのにお友達の名前と顔が一致しないし、担任の先生以外は園長先生くらいしかわからない。元々私は人の顔と名前を覚えることがとても苦手なのですごく楽だ。

年度末の兄は毎年不安定になって対応が大変だった。新学期のクラス発表も担任発表も1年の暮らしに大きく影響を与えるので私も緊張して落ち着かなかった。
ところが、弟は誰と一緒だろうが誰が担任だろうが対応可能。絶対大丈夫って確信があるので緊張すらしない・・・。そういえば明日から年長さんだねぇなんて感じで。
いやーこんなあっけない年度末があるなんて。子どもによる振れ幅ってなかなかすごいなぁ。

兄は来年度も不登校を貫くそうなので。家庭内で学習から何から何まで見てるのは大変って言えば大変だけど。学校との繋がりもそう深くする必要もない。だから外部との繋がりによる私の気苦労は少なくてすみそうで正直少しホッとしてる。

保育園年長さん初日。弟は元気よく登園していった。
兄は今月から週に一度、不登校の子の集まりに行くことになった。

ゆっくりゆっくり変化していく日々。
新しい1年。どんな一年になるのだろうね。


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