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逆マズローの法則(2) 【マズローの5段階は降りるもの。登るでなく】仮説続


マズローのピラミッドはさかさまに解釈した方がためになるのではないか

マズローのピラミッドはさかさまに解釈した方がためになるのではないかな。つまり、自己実現を目指すための積み重ね、でなく、まず天辺の「大いなるワンネスとつながった自己肯定承認YES」から始めること=安全安心LOVE から始めて、下へ全レベルを満たし、それを循環させていくことで、自己実現~世界創造に膨らんでいくほうが楽しいんじゃないか!ってこと。

下から上への解釈

①一番左。現代は下から自力で積み上げる。
現在の危険性。コミュニティによる孵化~羽化がないために抑圧的なマズロー運用。

市場原理主義的な、自己責任でやってください世界では、マズロー法則は抑圧的に運用される。しかし、大量生産大量消費な時代はモノ余りの今、すでにその誕生の大義を終わっているので、結果的に魂が搾取されることになる。資本主義は欲望と不安を元にした欲でドライブされている。

生理的レベルでは、まずは食うことが大事。稼げなければ一人前ではない。働かざるもの食うべからず。まずは自分の能力で最低限の研修でがんばって仕事させてもらう。お前は不完全だ。多少のことは仕事なんだから我慢して頑張れ。頑張るしかしょうがない。このご時世、その中でどう成長して、どういう未来が描けるのかはわからない。未来は希望が持てない。不安。

安全レベル。食えたら(これ実はキリがない。未来まで貯蓄し安心しようとする。結果が環境破壊)、次は例えば安心して住める場所。そんなところに住めたなら幸運だ。それを手放したくはない。失う不安、失う恐れ。持つことは失う不安を伴う。

社会レベル。家なりマンションなり、何かを所有することで社会的に認められる気がする。何を持っているか、何を身に着けているか、外からどう見えるか、ブランドで武装する。でもハリボテだから、罪悪感を久ませたり、依存したり、比較におぼれたりする。

承認レベル。持つこと、形にすることで人に認められたり、承認されたらとっても嬉しい。でもそれが肩書だったり、地位だったり、収入だったり、自分自身以外のものだったら。自信は自分のラベルや過去の積み上げが根拠だから、虚ろで実は自信を持てない。自己嫌悪がセットになる。

自己実現レベル。人に認められることで自信が持てた。としても、常に自分を評価し続け、他者と比較を続け、裁き続ける。

自己超越レベル。そんな風に積み上げてきたら、社会貢献ではなく、社会を裁き、弱者を自己責任論でつぶすばかりだ。社会貢献ブランディングも利己的なもの。ただし、ここまでくれば、自覚ができて変容するかもしれない。

自然生態系は、不安と依存をベースとした限りない安心安定欲求で、未来まで担保に取られ、地球が何個あっても足りないことになる。資本主義は無限大の欲望または無限の不安によってドライブされている。結果、本来の安心安全のベースである母なる地球は奪われ続け、ゴミも人間の存在が小さい頃は自然が面倒みてくれたが、スピードも量も地球を超える人新世においては、気候も変動、未知のウイルスも増えて、さらに人間側も人工システムに依存して自己治癒力も不足して、内外ともに弱体化。ピラミッドの最下層の土や水や細胞は、元金まで食いつぶされて持続不可能。

しかし、人間がコズミックな存在だと自覚するチャンスでもある。

元々はコミュニティがあったから

②真ん中。昔はコミュニティが育んでくれた

もともとはコミュニティが、人間が生まれ育つ間を守ってくれて、自己肯定感を育んでくれていた。生まれてすぐはおっぱいや体温、抱きしめて祝福してくれる親や家族。そしてお家(そんなに立派でなくていい)。地域の子どもコミュニティや寺子屋や祭りなどの年齢縦断コミュニティで社会的に認められ、個性に応じた役割などもあったりして、いっちょ前に承認されたりする。元服をもって、独立することになるが、このイニシエーションでは、守ってくれたコミュニティがなくなり(実際は見守られている)、裸の自然・死と生・聖なる次元に触れる。そこでコズミックな存在として生まれ変わり、名をもらい、コミュニティにギフトと持って戻ってくる。そこからは命と繋がった自己実現であり、コミュニティにも物質的含め貢献する形になり、子孫を残し、長老としてコーチ的にコミュニティに尽くし、次世代にバトンタッチして、命が廻る。長期的には拡大傾向ながらスピードが遅かったり、地域が限られていたので、産業革命までは循環社会も多かった。(イースター島はじめ、そうではないケースも多い。江戸はどちらかといえばうまくいってたケースと言っていいだろう。)


これからは上から下。でもって循環。

③これから まず上から始めよ!

しかし現代はコミュニティがあちこち崩壊しており、自分たちで再構築する必要がある。下からではなく、上から考える。つまり、元服以降の自己肯定から始め、降りていく。実際には核家族、コミュニティ、多様な部族、自分たちで作る学校のような場で。可能なら誕生以前からその意識で育てる。


自己超越レベル。私たちはひとつのイノチだと知る。ここから、自分の命、部族・親族、友やコミュニティ、多様な生命、他者への祝福、尊敬が生まれる。つながりあって生きている。いのちがわたしをあなたを生きている・生きてきた・生きていく。

自己実現レベル。自分も生かされてる意味がある。育てていただいて、感謝しかない。それは何だろう。何がギフトなんだろう。何をいっしょに創造するのだろう。

承認レベル。お互いが異なり、それぞれがそれぞれのギフト、悩み、体験、タイプをもっている。そうして生まれてきて、そうしてそれぞれ育ってきた。だから人とも認めあえる。承認しあえる。だから、お互いに、人に与え、人に頼り、助けを求め、助けあう。仕事もあげるし、くれる。

社会レベル。コミュニティや社会に居場所が、仕事ができる。社会に認められる。恩返しも共同創造もやっている。自分の所有もしていい。

安全レベル。助けあっていること、認め合っていることが最大の安心だ。家や住まいや、道具も一緒に作ったり、融通しあう。のびのび生きれる。困ったりしても逃げ場所があったり、変わった性癖があっても排除されない。持ちすぎればGIVEすればいい。休んでもいい。

生理的レベル。だから食うには困らない。できれば、少し(0.1-1ha)の土地や海を利用させてくれたらいい(所有ではなく利用する権利(持続させる義務を伴う)コモンズ)。身土不二、近くのもの、自分で育てたもの、自分たちの歌で育ったもの が一番いい。身体は自己治癒力を持ち、第6感以上も持つだろう。

自然生態系。は元気であり、人にも恵みをわけてくれるだろう。

そういう環境があれば、胎内から体が育ち、意志が育まれ、そこに豊かな感覚が育ち、感情が生まれ、認識と知性と思考が育ち、健全な自我が生まれ、超越していけるだろう。そんな世代循環・関係性が持続できるだろう。

おまけ

現代において、富裕層は右のようなことができるかもしれない。しかし、私たちの超自我はそのアンバランスを知っている。そこには大きな罪悪感か不快感か欠落感か影も生まれてしまうだろう。(宇宙に行こうとするのも、月から振り返って地球を見て、自覚したいということなのか?)

だから格差社会の是正は、環境破壊の是正につながり、多様性の認め合いにつながり、経済システムのリセッションに繋がり、それらは一体なのだ。
その出発点は、自身の自覚と自分たちの存在の肯定からだ。

左から右への変容のカギは、多様な人間の対話だろうと思われる。他者にたくさん深く出逢うことだろう。コロナで分断が進められ、管理も進められているが、私たちの内面は管理できない。お互いが繋がった大いなる生命だと認識することで突破できるだろう。それは人類としての(左①の)死を経由しての再生となるだろう。

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冬至に"いのち"と つながりなおしました❤️‍🔥
尊い存在としての私から始める


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