僕はどうして家で勉強や仕事ができないのだろうか?
勉強や仕事をするとき僕は図書館やコーヒショップにいる。
不思議だった家だと全く、自分を「成長させる何か」に取り組めないのだ。
コーヒーショップなら必ず勉強や仕事をできる自信はあるのに・・・
その不思議が今日昼寝から覚めたときにパッと気づいた。
「もしかして誰かに見られていないと行動意欲が起きないのでは?」
人はこれを承認欲求と呼ぶだろうし、実際にそうだと思う。
でも過去の記憶と照らし合わせてたときに
学生時代に一切宿題や勉強を家でしたことがなかったことも原因の一つだと感じる。
もっと踏み込めば、家で宿題や勉強を両手で数えれる程度にはやったことがある気がするが、その結果たいして報われなかった記憶がある。
つまるとこ、僕はバカチンだったのでテストのできが悪かった。
そうなると家で勉強する意味が無い、そのように無意識で考えてしまっても仕方がない。
ですが流石に大人になって家で勉強や仕事ができないってのは、非常にまずい。
なぜなら、コーヒーショップに行く移動時間やそこで支払うお金は無駄だと思うし、
家の家賃を支払っているのなら、家で勉強や仕事ができた方が気持ちがいいというものだ。
一番のメリットは、家で努力出来るようになれば、最強のジムを手に入れたようなものだ。
とにかく無駄がない、朝起きて勉強・昼飯後に勉強・夕食後も勉強
考えてみればすぐにわかることなのだが、
学校教育に馴染めず、勉強嫌いな僕はこの真実に気付けなかった。
ではどうすれば、家で勉強や仕事を取り組めるのか?ということだが
まぁそんなことは分からない。でもなぜ取り組めなかったのか、その理由に気付けたことは、大きな一歩だと私は思う。
そしてこのnoteを家で書いている私は、一歩前進だと思うのだ
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